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儚き焔   作者: 鈴音あき
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舞は人力車に勝手に乗り込み匠も座らせて、しっかりとシートベルトを絞めてしまった。


「え、ええの?」


「ええの!」


思わず車夫が匠に同意を求めるが、舞が先に応えてしまう。


「お、お兄さん?」


本当に良いのか確認してきた。


「わ、わかった……もう好きにして」


そしてまた、匠は諦めさせられた。


「やったー!」


匠の財布から千円札が四枚飛んで行った。


この状態に、本当にため息しか出てこない。


「では出発さしてもらいます…。えーと、武田と申します。どうぞよろしく」


真夏だというのに人力車は軽快に走っていく。


匠は、ふと…また視線を感じた。


前方から景色が流れて後方へと過ぎていくのにずっと見られている。


そちらを振り向くと晴明神社ですれ違ったかもしれないが、直ぐに忘れて覚えていないのに覚えている、奇妙な存在の男が立っていた。


栗色の長髪を後ろに一つに括り、濃紺の作務衣に黒の雪駄を履いた男が明らかに匠を見ている。


(俺あの人に何か失礼なことしたんかな…)


そう思って、車を引いてくれている武田さんに止めてくれるように頼んだ。


匠は止まった車を降りて作務衣の男に近づいていく。


男はただ、匠が近寄って来るのを待っていた。


「あの、すいませんけど」


「……」


「俺なんか失礼なことした?」


男の正面に立ち話し掛けた。


「たしか晴明神社でも目が合ったと思うねんけど」


「…そうだな。目が合ったよ」


「やっぱり!」


「でも君は何も失礼なことはしていない。今日は少し君たちの行動を監視させてもらっていた」


表情も変わらずに淡々と応えてくれたが。


「え、もしかして舞のストーカー…?」


「妹さんが可愛いのは認めるがストーカーではない」


蒸し暑さなんてこの人には感じないらしい涼やかな表情、低い声だが聞き苦しいこともなく、優しい声質だった。


「じゃあ何で俺たちの後を付けて……じゃない?……先回り?……どうやって?っていうか、あれ?何で行き先がわかってるんや?ほぼ舞のミステリーツアーのはず」


「言っても多分まだ実感できないだろうからいいんだ。ただ、これからは充分気を付けてって忠告したかっただけだから」


「は?……何のこと言うてんのか全然分からんけど」


「取り敢えずこちらの連絡先のコード渡しておく。困った時は必ず連絡すること。いいね?」


「え、あの」


小さな紙を強引に握らされた。


どうして自分の周りは強引な人が多いのか。


「お兄ちゃん?!」


全く話がかみ合わなくて理解に苦しみ立ち尽くす匠。


「俺、何が何やらわけわからん…」


握らされた紙を広げて眺めて……途方に暮れる。


「わたしの方がわからんわ。急に人力車から飛び降りたら危ないやん。道の端に行って何するんかと見守ってたら電柱に話し掛けてるし…。めっちゃ怖いわ」


すぐ後ろから舞が心配そうに声をかけてきた。


「……電柱?」


「でしょ。これが電柱じゃなくて何に見える?ポスト?木?看板?」


ペチペチと叩いているのは確かに電柱だ。


「あれ?」


作務衣の男がいない。


忽然と消えていた。


清水寺で雷に撃たれ時と同じように、匠はまた幻を見ていたらしい。


「……また幻?紙も消えた?」


確かに持っていたはずの紙も男と同じようになくなっていた。


「変なお兄ちゃん。…それより早く戻ろ」


「……うーん?」


二人は人力車に戻り八坂神社を目指した。


八坂神社の鳥居前で降ろしてもらった時、車夫の武田さんが感想を求めてきた。


「初めて乗ったけど面白かったです。目線が高くなって気持ちよかった!」


「人力車は結構高いんですわ。一台の値段もそれなりにするし、料金もかかりますけど、何と言っても景色が良うなります。二メートルの高さはええ感じやったでしょ?」


「ホンマに良かったです。今度は絶対にコースをまわる!」


「それは母さんと相談して行ってくれ」


「お兄さんはどうでした?」


「俺は……確かに最初はちょっと恥ずかしいかもって思ったけど、慣れてきたら乗り心地も良かったし気持ち良かった」


「やった!」


この暑さで汗がキラキラと光らせている


「でも、もう俺はええ感じかな」


「あれ?」


武田さんがガッカリして肩をおとした。


「そんなこと言わんと、デートに使うてくれたら嬉しいなあ」


「予定ないし」


バッサリと話を切って二人は四条通で買い物に行き、母親から頼まれていた品物を買って帰宅した。


リビングでテーブルの上に荷物を出していると小さく折りたたまれたメモが入り込んでいるのに気付いた。


確か、作務衣の男が手渡してきたのもこんな大きさの紙だった。


しかしあれは幻だったし、気付いたら手に持っていなかった。


なのになぜ今ここに存在しているのか不思議だった。


気になったので簡単に四つ折りにされていた紙を開いてみると、スマートフォンの読み取りコードがプリントされている。


試しにコードを自分のスマホに読ませてみた。


「なんやねん、これ?……藤原政信?個人情報全部入ってるやん。キモっ……」


藤原政信という人物のあらゆるデータが匠のスマホにインプットされた。


「この藤原政信って、作務衣の人か?もし違ったら怖い。いや、本人やったとしてもめっちゃホラーやし。ってゆーか、今日一日で何回も変な事が起こるんて、どうなってるんやろ…」


何らかの特別な力が働いたせいなのかもしれない。


「まあええわ…。舞の相手で疲れすぎておかしなってるかも。…俺が変やったのは舞のせいにしてやろか……」


取り敢えず、匠は藤原政信という人の連絡先は何故か消さないでおくことにした。

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