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「なあ、彬…」
円座に座るなり話しかけられた。
「は、何用にございましょうか。清宗様」
「お前は良い男だな…」
「は?……あの?」
「歳は…いくつになったのだったかな」
「は、十六でございますが」
「そうか。もう十六か」
「清宗様?一体どうなさったのですか?」
衣冠姿の、まだ青年とは言い切れない少し幼さの残る顔立ちの日下部彬は困惑しながら、突然左兵衛府に現れた内大臣、藤原清宗に伺う。
清宗は口元を笏で隠してコロコロと笑った。
「いやいや。良い男だと思っての。文武に優れているのは良いことじゃ。また素直で正直なのも良い。歌も楽も良い感性を持っているし宮仕えも真面目」
随分と褒めちぎってくる。
「わ、私はまだまだ修行不足にございます!ですから」
そこに清宗の側近であり彬の父親の日下部忠則が顔を出す。
「おお、清宗様。こちらにいらっしゃいましたか。お探ししておりました」
「父上」
「我が息子と会われましたか」
「なんだ忠則。急用か」
「は。中宮様がお会いできまいか、とのことです」
「鈴香が?」
「は」
忠則が笑顔で答える。
「また何か強請るつもりだな。分かった。参る」
清宗はため息をついて腰をあげた。
「彬よ。唯のことを覚えておるか?」
彬にそう問いかけ、彬が応えるのも聞かずに去っていった。
「は?」
清宗の残していった言葉で、また混乱している。
「清宗様、何がしたかったのだろう」
「何のことだ、彬?」
彬の前に座った忠則は不思議に思った。
「はあ…。それが何が何やら……。あれ、父上はお供につかなくて良かったのですか」
「ああ。中宮様が人払いなさったからな」
忠則は笏を手持ち無沙汰に遊び、眉間を指で掻きながら微笑んでいる。
「どうしたのです?」
「うむ。何かの珍しい品を催促するくらいなら、わざわざ人払いなどする方ではないのだよ。鈴香様は」
「となると?」
「良き事のご報告と、私は思っておる」
満面の笑みを浮かべた忠則はまるで恵比寿様のようだ。
「え……えっ!?」
「うむ。きっとご懐妊だろうな。父上様に一番に御子様の報告がしいと思われたんじゃないかな。……ところで、清宗様はなぜお前の所に?」
「それが私にもさっぱり。ただ私を過剰に褒めてくださって」
「ふーむ」
「頻りに良い男だとばかりで、何をおっしゃりたいのか分かりませんでした。そして最後に、三の姫様を覚えているかと…」
まるで暗号を解くような難しい顔になっていく彬に、忠則は「え?」と口からこぼし、険しい表情に変えた。
「父上は清宗様のお考えがわかりますか?」
「い、いや、ああ。多分なあ…」
忠則は生返事をして考え込み、退出しようと立ち上がってしまった。
「父上?分かったのなら教えてください」
「いや、とにかく清宗様に確認してからだ。もしそうであるならば……。この件についてはきちんとお前に話すから、待っていなさい。誰にも言わないように。良いな?」
そう言って出ていった。
遠ざかっていく足音が速い。
平常ではない様子が聞き取れた。
彬より先に気付いたのは父親の忠則であるが、元服からまだ一年しか経っておらず、人生経験が浅い彼にとっては詮無いことだった。