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政信も僅かに唇を動かし調伏の念を次々と飛ばしてゆく手を阻む邪魔者を排除しながら目的地へと歩いて行く。
二人の後ろにはいつもの四条通が訪れていた。
途中、都路里が視界に入った。
政信はチラリと流し見ると、匠が教えた結界はきちんと出来ている。
それを見て軽く微笑んだ。
「よう酒なんか用意できたなー」
と、匠は感心していた。
神社の境内に入ると、参拝客には聞こえていないのだろう、境内を守っている樹々がギシギシと悲鳴を上げている。
「……ここ。何を祀っているのか知ってる?」
「え、知らん」
「素戔嗚尊、櫛稲田姫命、八柱御子神。聞いたことがあるんじゃないか?」
「スサノオノミコトは聞いたことあるわ。神話のヤマタノオロチを倒した人!」
「神話で登場する神様だ」
「あ、神様や。……でも、神社襲って何するんや?」
「瘴気は社殿からだろうな。行くぞ」
二人は瘴気が噴出している社殿へと急いだ。
本殿にたどり着き、中に上がり込むと礼堂に神官と巫女が数名倒れているのを見つけた。
邪気を祓う力が弱かったのか、邪気が強すぎたのか、みんな昏睡状態に陥っている。
彼らも気になるが、先に邪気を止めなければ。
二人が先へと進むと政信は突然立ち止まった。
「どないしたん?」
匠が政信の背後から覗き込んだ。
「え……あれって?」
焼け焦げてしまった木像らしきものが八体。
「八柱御子神が消された……」
「あの消し炭?」
「消し炭って言うな。……ああ、厄介だな」
「そんなに強大な力なんか」
「そういうことだ。……進むぞ。素戔嗚尊と櫛稲田姫命が気になる」
「……」
奥へと続く神域。
邪気がまた一段と濃くなっている。
その中に二つの気配。
匠はその気配が邪気に抵抗し争っているのを感じた。
「もしかして、あの二つの気配がスサノオとクシイナダ?」
「そうだ。だが、弱くなっている。それだけこの邪気が強いってことだ」
「これの正体って何や?」
眉間に皺を刻み、匠の瞳が輝いた。
「八岐大蛇……。素戔嗚尊と櫛稲田姫命に対する怨念が執拗だ。闇の帝の力で蘇ってしまったんだろう」
「ヤマタノオロチって日本神話の……」
「酒好きの疫病神。素戔嗚尊が酔わせて退治した、あのお話」
「ってことは、酒が無かったら勝たれへんのか?それくらい強いってことか?」
ニヤリと笑んだ匠は政信を流し見る。
「厄介なヤツを蘇らせてくれたなぁ」
政信は頭を搔いて呟いた。
「飲ませたらええやん」
「実体がないのにどうやって?」
「あ、そうか」
「真っ向から勝負するしかないってことだ」
ボソリと言うと政信は黙り込んだ。
何か考えている。
が、時間にしてほんの二、三秒で、策を思いついたらしく匠に向き直った。
「匠、囮になってくれるか?召喚呪文を使うから俺は無防備な状態になってしまう。暫くの間、時間稼ぎしてくれ」
「……また?」
「また……」
「分かった。……で、何を出してくるん?」
「神様。……やっぱりアレに対抗できるのは神様でしょ。素戔嗚尊よりも力のある神様となると天照大神と月読尊」
「うわー。オーバーキル……やな?」
「しょうがないさ!」
「ふーん。ま、ええわ。出来るだけ早うしてくれ?」
言い終える前に匠は青い光を放出して邪気を追い散らす。
政信は目を閉じて素早く印を組み呪を唱える。
政信の霊気を纏った身をふわりと浮かせた。
そしてまた次の印を組み呪を唱える。
今までの陰鬱な雰囲気が和らぐ。
ふと、目を開けた政信の瞳は先程までのそれと少し変化していた。
瞳には政信の霊力ではなく、神々しく、力強く、そして穏やかに全てを慈しむ神力の光。
『素戔嗚尊、櫛稲田姫命、我等共に戦わん』
政信の声を通して何者かが言い放つ。
弱っていた二つの気配が政信の瞳に吸い寄せられ、混ざり合い、その瞳の力強い神力の光の中に入り込んだ。
政信の瞳の輝きは真昼の太陽のようだ。




