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「ん?」
「四条で霊が溢れてるって、神田さんが」
匠の隣にいた和人は心配そうに見守っているのを見て小声で教えた。
「なんで神田?」
「バイト先なんやけど、神田さん霊感あるらしいわ……」
「え?ホンマに?」
≪もしもし?笹原くん?聞いてくれてんの!?笹原くんやったら何か対処法知ってる?どうしたらええ?なにしたらこっちに霊こーへんようになる?ああぁ怖いー。助けて……何とかして……≫
「何とかして……って」
≪イヤ、店の中まで入って来てしまいそうや……!どうしたらええのっ!?≫
パニックになりそうな彼女の声。
普段は冷静な判断のできる神田だが、夥しい数の霊を目の当たりにして動揺してしまっている。
「落ち着いてっ神田さん!それってどれくらいの人に見えてんの?」
≪え……?えっと……まだ私しか見えてへんと思うけど。……あ、あの人ちょっと感づいてるかも?窓の外見て変な表情や……≫
「ちょっとそのまま待っててや」
≪もしもし!待つってどれくらいやのっ!?≫
電話の声はひっくり返って、神田がどんな顔をしているのか分かってしまうほど取り乱している。
「俺より詳しい人に聞いてみるから。その間、神田さんは落ち着いて、怖がらんと、心の中で来るなって言うとって。思てるだけで霊は近づいてきたりはせェへんから」
説得にもなっていない説明の後、匠はスマホを手に取って、子機を和人に押し付けた。
「俺の代わりに神田さん宥めてくれ。政信さんに電話する」
押し付けられた和人も真剣な面持ちで子機を受け取った。
「わ、分かった」
いつもより三割増しの優しい声音で、怯えて震えている電話の向こう側に話しかけた。
「おーい。神田?オレが分かるか?上田やけど……」
≪え、え……あ、上田……?上田くん?≫
「そうや。実はオレも昨日匠と一緒に円山公園におったんや」
≪あ、そ、そう…なん?≫
突然上田に変わってしまった電話の相手に途惑っているのだろう。
「実はオレ、一昨日までそういう霊ってやつを全然信じてへんかったんやけど、匠にちょっと巻き込まれてな、信じさせられたんや。で、オレも一日経った今、かなりビビってる。だから神田の今の気持ち分からんでもないねん。けどな、匠の知ってる人、その霊のことやらが何でも分かっててめちゃ強いんやわ。もう敵なしのプロやった。そん時のオレは何かの霊に憑りつかれてたらしくて、全く記憶にないんやけど助けてくれてな……」
≪あ、あそこに上田くんもおったん?≫
気を紛らわせるために神田はその話を詳しく聞くことにした。
「そうやねん。オレもおったんや。何や結構強い霊やったんやて。けど、匠とその知り合いの人がオレを助けてくれてなぁ。でもまだその後遺症みたいなんが残ってて、幽霊が見えたりするんやわ……こんなことに巻き込まれるって分かってたら匠とは友達になってなかったかもしれへん、ってちょーっとだけ思ったわ。……あ、これ匠にはいわんといてな?」
≪えー、……そんなん言うたら笹原くん可哀想やん。……それにしても凄いな。上田くん憑りつかれるやなんて≫
「やろ?……でもオレは覚えてへんねん」
前日の出来事を詳しく話して、今の恐怖から少しでも引き離そうと喋り続けている和人は、匠を見つめていた。
政信と連絡がついたのか瞳に明るさが戻り、何事かを確認してからスマホの通話を切った。
「お、匠に電話変わるで?」
≪うん……≫
匠に子機を渡すと和人は二人のやり取りに耳を澄ます。
「もしもし?神田さん待たせてごめんな?外はどんな感じ?」
≪……ふうぅ。大丈夫みたい?外歩いてる人も、まだ気付いてない人の方が多い≫
一度深呼吸をして神田は落ち着いて匠に今の四条通を教える。
「そう。良かった。じゃあ、今からそっちに行って原因を探してみるわ。で、神田さんは取り敢えず店の中に霊が入らんように結界を張ってもらうで?盛り塩と清めの酒を撒いといたらええねんけど、やり方は知ってる?」
≪分かった。やり方は知ってる。大丈夫。お塩はお店の中にあるはず。お酒は分からんから社員さんに聞いてみるわ≫




