28
二人のいる部屋に暫くの間、沈黙が降りる。
「……」
「……」
悠裔は、自棄飲みに飽きたのか匠と和人を静かに見守っている。
が、それも退屈になった。
匠の膝の上に戻ってきて寝息を立て始めた。
「……普通の猫と変わらんねんなァ」
ポツリと、和人は悠裔の行動の感想を素直に呟いた。
「あ?……あぁ、そうやな。そのくせに世話好き」
「はあ?世話好き?何それ……」
「そのまんまや。俺の世話を焼きたがる」
「……例えば?」
匠の瞳は優し気に悠裔を見つめている。
「朝は目覚まし時計が鳴る直前に起こされる。宿題しろってうるさいし。早く着替えろと急かされて。風呂に入って綺麗にしろってニャーニャー鳴くんや」
「ぶふっ!……母親!?」
「そのものや。あ、それ以上か……。でも姿は猫。俺はお前の子どもちゃうんやで?主従関係でおまえは俺に従う立場やろうがって思ってるトコ。別に毒も吐かへんし害もない。飯の心配もトイレの躾もせんでええ。そもそも妖やから食事することがない。エサ代とかトイレの始末はいらんし、病気もせん。安心してくれ」
「じゃあ、オレは化け猫やなくて匠の母猫やと思っとくわ。何か変な感じやけどな……。あ、でもオレの前におる時はちゃんと普通に猫の姿でおってくれ。半透明のままやったらまた、変なモン、て言うてまうかもしれへんし……」
『ナーン』
「ん。悠裔がそうしておいてやるって言うてるわ」
「寝てると思ったら起きてたんかい」
『にゃう』
「和人にはちゃんと見えるようにして他の人には見えないように気を付ける……?そんなんできるんか?器用やな……」
『……なー』
「そうか。じゃ、頼むわ。和人、家族には悠裔の事は話してないし、悠裔の方は見んようにな」
「努力する」
和人は少し微笑んだ。
「うまく、いかなかった……」
少年は心底がっかりして、ベッドに潜り込んだ。
でもその顔はとても楽しそうであり、瞳は笑っていた。
「また明日、別の遊び方があるからいいや……。またあしたー」
呟くと彼は眠りについた。
無邪気に楽しい夢の世界は、地獄の中で深い闇の中へと沈んでいく。
翌日の朝から、匠の部屋に和人が遊びに来ていた。
部活は午前中は休みらしい。
トントンとノックの音と共に「お兄ちゃん」と舞が部屋に入ってきた。
「何や舞。お前いつも言うてるやろ。返事を聞いてから入れって……」
「なに?見られて困るモンがあるん?」
「ないけど!着替えてるかもしれへんやろ」
「え、お兄ちゃんの裸なんか見ても価値ないし。それより電話」
電話の子機を突き出された。
「クラスメイトの神田さんだって」
「神田さん?」
子機を舞から受け取って耳にあてると恐怖に震える声で≪笹原くん、早くー……≫と繰り返している。
「神田って……神田美保?あのメガネ女?根暗の神田が何で電話?」
和人は匠に不思議そうな目を向けた。
匠もそんな表情だ。
「電話、早くしてあげな可哀想やで。めちゃ急いでるみたいやし。それじゃ、上田さん、ごゆっくり」
匠には無愛想に、和人には笑顔を投げかけて舞は部屋を出て行った。
一度ため息をついて匠は神田からかかってきた電話に出た。
「もしもし?神田さん?どないしたん?」
≪もしもし笹原くん?ごめんね私、笹原くんの連絡先…っ家のしか知らんから。あの、どうしたらええのか……≫
今にも泣き出してしまいそうな切羽詰まっている声は何かに怯えているように聞こえた。
「神田さん?落ち着いて……」
≪昨日、笹原くん円山公園に行ってたやろ?≫
「え、何でそれ?」
≪私、都路里でバイト始めた初日で、それで笹原くん見かけて。……私、実は霊感強い方なんよ。それで笹原くんの雰囲気がちょっと普通の人と違うなって、それで公園に凄い顔で向かって行ってたから気になってて。……でな?今、街が変やねん。気がついたら霊がいっぱい溢れてて……めっちゃ怖いねん≫
「な……」
匠は絶句した。




