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「ただいまぁ……」
疲れ切った声音で匠は家に帰り着いた。
「お帰り、アニキ」
真二が玄関に顔を出す。
「お邪魔します。真二、久しぶりやな。……お前、背ェ伸びたなー」
和人が匠の後ろから真二に挨拶する。
「あ、上田先輩!お久しぶりっス。背ェ伸びました!ちょっとだけですけど……」
後頭部を搔きながら笑顔で答える。
「このままやったらお前、アニキの頭が肘置きに出来るんちゃうか?匠は全然
背ェ伸びへんしー」
「人が気にしてる事をサラッと言うな!」
「それで、受験勉強がんばってるんか?」
真二の受験生活に気遣っているのか、心配そうに聞いてきた。
「まぁ、何とか……」
中学のバスケットボール部の先輩と後輩の間柄である二人は高身長で百八十センチを超えて、百六十五センチの匠の頭の上で会話をしている。
「チッ……。人の頭の上で何和んでんねんっ。和人は俺の部屋に入って待っといてくれ。お茶の用意してくるから!」
「おう。じゃ、またな真二」
「はい。先輩ごゆっくり」
「お前は大人しく勉強してくれ。学業成就の御守りは受験の手伝いはしてくれへんねんで?」
「そんなことちゃんと分かってるって」
笑顔で吞気に手を振っている真二の尻を叩いて、廊下の進行方向を塞いでいるデカい図体を端に追いやり和人を自室へと促した。
「可愛い弟のケツ叩かんでもええやんか」
「アホか。可愛いヤツってゆーのは俺より小っちゃい奴のことを言うねん。ほら、さっさと勉強しろ受験生!お前の分のアイスコーヒーも持って来てやるから」
「うぅ……今さっき休憩に降りてきたのに」
「お前は休憩が多い!真面目にやってんのか!?」
和人は階段を上がりながら兄弟の話を聞いてクスクスと笑って、匠の部屋に入ると遠慮なしにベッドに腰を下ろした。
そして長い、長いため息をついた。
それから、無表情になり……頭を抱えた。
「…………あいつらの言うてること、全然分からん。でも、オレ昨日の夕方からの記憶が全くないしなァ……」
開けっ放しにしたままのドアから、ふと、視線を感じて、和人はそちらに目を向けた。
「……?」
何もない。
しかし、気配を感じる。
見えないけど何かを強く、強く感じる。
暫くの間、その気配を睨んでいると、冷えているらしい麦茶が入ったグラスが二つと、ペット用の餌皿を盆にのせた匠が部屋に入ってきた。
和人は餌皿に興味を持った。
視線で匠を見守る。
「ほれ、お茶」
「……ああ」
差し出されたグラスを受け取ったが、気のない返事をするだけだ。
「おい、匠?変な気配があるんやけど」
「ああ、そうやな」
和人の疑問には構わず「お前はこれな」と言って、匠は水の入った餌皿をフローリングの床に静かに置いた。
「……何それ」
「あ、気にせんでええから」
「気にすんなって言われても……。気になるんやけど?いつから動物飼ってるん?犬?猫?何処におるん?」
「いろいろ事情があってやなァ……」
「色々?何やねん。早う見せてくれ」
和人はワクワクしている。
「動物そんなに好きやったか?」
「ウチ飼われへんから」
「動物アレルギー?」
「母さんがな!」
『ニャーう』
姿は見えないが椅子に座った匠の足元から鳴き声がしっかりと聞き取れた。
「え、猫?どこ!」
「なーんや、声まで聴こえてるやん」
「はぁ?なぁどこに隠してんねん。見たい!三毛?アメショー?ミックス?」
「普通の人間やったら絶対に聞き取られへんのに。悠裔、出てこい」
匠に言われて姿を現したのは白猫だった。
普通に生きている猫ならば、その辺を横切ったり、物陰からトコトコ出てきたり、どこかの家具の上から降ってきたりするのだが、悠裔という猫は違っていた。
ボウ……っと光り始めて半透明になって向こう側が透き通って見える。
中途半端に姿を現したまま、和人に歩み寄る。
「……っ!」
異様な空気を漂わせている部屋の中、悠裔も警戒しながら和人の座るベッドに飛び乗り、和人の膝に前足を恐る恐る乗せた。
「ヒッ……っ!」
半透明の悠裔の体重を足に感じて、声にならない悲鳴をあげた。
「大丈夫かっ?和人!悠裔もうええ。離れてやってくれ」
匠の言葉で悠裔は、素直に和人からすぐに離れて匠の足元に寄り添った。
今度はしっかりとその姿を現して、主人に甘えた声で鳴いた。




