24
「アホなこと言うてんと、何とかしてくれ。俺には浄化能力ないって分かってて……っ」
「んー?……今やってるよ?」
黒の作務衣のポケットから小瓶を取り出し、政信は中の液体を口に含んだ。
静かに目を伏せて両手を合わせ、素早く指を複雑に絡ませて印を組み、カッと目を見開くと瞳は金色に煌めいた。
その瞬間、闇に渦巻いていた円山公園は政信を起点にして日常の風景に戻った。
が、所々は地面をえぐり、あちこちの木々は枝が折れ、燃えあがり黒い煙が立ち昇る。
「あー……。闇を払っただけじゃやっぱり駄目かァ元に戻せないな」
「これ、全部和人の仕業やからなっ!?」
「…………たくみくんがよけなきゃここまでひどいじょうきょうにはならなかったとおもうよ」
全く心の込められていないセリフにイラッとした。
「…俺を殺す気か?」
「バカ?バレーボールみたいにレシーブしたり、程々に上手に避ければいいのにってこと」
「あんなぁ!そんな器用なこと出来へんって!」
『儂に従い帝に忠誠を誓え』
「…っと!」
和人の攻撃が続いている。
「和人君だっけ?…………まだ、全然、元気だねえっ。ったく。誰に操られているんだか……っ」
攻撃を躱しながら政信は呟いた。
「和人、鬼羅の生まれ変わりかも知れへん」
「え、鬼羅?君の昔の親友?」
「そう。なんや鬼羅を蘇らせてその力を操ってる雑魚がおるんやけど、まだ正体までは判らへん。多分、俺も知ってる小物?」
『儂に従い帝に忠誠を誓え』
和人が呟く。
「ずっとアレの繰り返しや。あの雑魚、調伏してくれへんか?」
「分かった。ふう……。少し時間がかかるぞ」
政信は呼吸を整えて、またすぐに集中し低い声で祝詞を唱え、和人の妖気を探る。
「りょーかい…。でもできるだけ早くしてや?キャッチボールくらいの威力でも攻撃受けるんばっかりはちょっとイヤやし……。バレーボールのレシーブ……?やってみるか?」
これ以上公園を壊されないように飛んでくる紅い光を防御しながら受け流して調伏の準備が整うのを待った。
好き放題に繰り返される攻撃を受けている匠を信頼し、政信は調伏の作法を進めていく。
複雑な印を組んでいく指は政信の胸の前で踊り、唇を動かさずに祝詞を唱え終えた。
心を空にして、和人を操る悪霊の正体を見極めたらしい。
瞼をゆっくりと上げるとその瞳は力強い。
唇を大きく開いて叫んだ。
「火王!!」
ビクッと、それまで匠を襲っていた和人の身体は固まった。
「火王であろう!」
「かおう……?」
和人に憑りついていた雑魚霊は名を明かされて見る間に力を失っていく。
「元は盗賊だ。盗みに入った家を放火する癖のあった小者だ」
「ふーん。そうやったんか。そんな名前のやつがおったような気がするわ。あんまり覚えてないけどやっぱし小物……。あぁ、……小鬼の群れのリーダーやったかな?」
「よし。調伏するぞ」
「やっとか。……っ、はァっ!」
匠の放った光が和人の身体を包み込み動きを封じ、その間に政信は念を火王に送り浄化を促す。
しかしなかなか火王の気配は消えない。
「全然消えへんやんっ!何で?」
「……鬼羅と同化してしまっているのか?…………だったら!」
更に強く念じてみる。
その強さの分だけ政信の瞳も輝きが増していく。
和人の身体が微かに跳ねた。
政信の浄化作用に反応し始めたようだ。
和人の口元から火王の気配が引き出されると、それまで浮いていた体が地面に着いた。
「……これで大丈夫だな。火王。もうこの世に出てきてはならんぞ」
政信が呟いた。
と、同時に匠の全身に纏っていた蒼の気も消える。
膝から崩れ、ゆっくりと倒れていく和人の身体を、匠は駆け寄りしっかりと抱き止めると、頬を叩いて心配そうに名を呼んだ。
「和人っ……和人!」
「う……」
「政信さんっ、聖水!」
呼び寄せる匠に「はいよ」とマイペースに返事をして、小瓶を渡すと和人の唇に一滴の雫を落としてやった。
口内に滑り込んだたった一滴の水は、和人の身体の穢れを払い除ける。
やがて、苦しそうだった呼吸も元に戻り、和人は目を開けた。
が、匠の知っている彼の瞳の色ではなかった。
だからといって、記憶にないわけでもないのだ。
遠い日の、でも、昨日のように思い出せるその色は、鬼羅の紫色……。
「え、……鬼羅?」




