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悠裔が匠の足元から低い唸り声を発している。
確かに和人の声なのだ。
しかし、明らかに和人の口調ではなかった。
誰かが和人の声を真似ているような、そして言葉の切れ間から別の声が割り込み、【殺す】と繰り返していた。
とにかく、和人本人が悪ふざけでやっているのかそうでないのかは、明日、円山公園に行けば分かる。
と言っても、十中八九で敵の仕業でありことに間違いはないのだが。
確かめなければ。
和人が巻き込まれているのかどうか。
「……悠裔。大丈夫や。静かに、落ち着いて……」
「ヴヴヴウウ……うう……。……ナー。……」
落ち着いては自分に言い聞かせていた。
「ふう……。心配ない、大丈夫や。和人は大丈夫やって信じる……。明日、円山公園や」
「なーう」
匠の足に悠裔が頭を擦りつけてきた。
彼なりの心配の表現だ。
「あー、ほら。姿が見えてるで?お前妖力が強いから、何かあったらすぐ見えるってわかってるんか?家族に見つかったらめっっちゃ怒られるって……」
「なう?」
優しく頭を撫でてやるとふわっと姿を消した。
その直後に、匠の部屋に真二がドアをノックして入ってきた。
「何やったん?」
「え……、あ、ああっ、ええと…、そうや。明日、映画に誘われたから行ってくる!前売り券貰ったらしいねんっ」
「ふーん。ええなぁアニキ……」
自分は受験勉強があるからと、羨ましい目を匠に向ける。
「来年やったらお前も遊べるやんか。今は我慢。頑張れ」
「うん。ありがとお。……ちょっとジュース飲んで来るわ」
疲れている真二を見て匠は驚いた。
真二の肩に七年前に病死した匠たちの祖母が見えた。
(なんでばあちゃんが?……もしかして真二を心配して出てきたんやろか……?)
悠裔は匠のそばで控えているが何の反応も示さない。
祖母は真二の肩から匠を見て、ふわふわと微笑んでいた。
優しい笑顔で匠の意識に直接話しかけてきた。
この子は大丈夫、と。
(ばあちゃん、真二を見守ってくれてるん?)
『そうや。遅くまで勉強してるけど、おばあちゃんが真二を守ってるから、匠は自分のせなあかんことをしっかりやるんえ。真二のことは気にせんでええから。アンタはこの世をしっかり守りや……』
(え、俺のこと、分かってたん?)
素直な心の呼びかけを祖母に伝えた。
『そりゃ分かるわ。アンタのお婆ちゃんやし。……匠、明日は気いつけてな……』
(え?)
『電話の子ォ、巻き込まれてるから、救ってあげなあかんえ?』
(やっぱり和人……。分かった。婆ちゃん教えてくれてありがとぉ。じゃあ婆ちゃんは真二をよろしく頼むわ……)
『任しとき。じゃあな……ムリはしたらあかんよ?……』
微笑んだまま、祖母はふっと姿を消した。
「アニキ?」
真二の声が匠を呼んだ。
「え、あ、何?」
「大丈夫か?どこ見てんの?」
不思議そうに匠の視線を追って何があるのか確かめようとしていた。
「あ、別に、……えと。明日が楽しみやなーて、思っただけや。勉強頑張れ、じゃあなっ」
まさか死んだ祖母と喋ってたなんて言えず慌てて誤魔化してみたが、弟が兄に向ける目とは思えなくてそそくさと自室のドアを閉めて逃げた。
悠裔も心配そうに大きな瞳で匠を見上げていた。
「なーう」
「大丈夫やって。お前は心配しすぎ。っと、取り敢えず政信さんに連絡しといた方がええなあ……」
翌朝の九時。
匠は四条大橋で政信を待った。
「ちょっと早かったか?」
観光地の朝九時前は人も少ない。
店が開けば買い物客や観光客でごった返して賑やかになるのだが、開店前は人通りが少ない。
そんな橋の袂で匠は政信と待ち合わせた。
すると、いつの間に現れたのかサラリーマンが匠の前を通り過ぎた。
目が虚ろで気になった。




