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儚き焔   作者: 鈴音あき


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時の結界から出る時も悠裔は匠から離れようとはしなかった。


主従の契りを交わしても、外界に出て異形が暮らしてゆくには困難な事が多いのだと、政信から聞いて知っていた。


とにかく結界の中の空気と外の世界のそれとの透明度が極端に違いすぎるのだ。


早苗が良い例になる。


彼女は透明で静謐な空気の中でしか生きられない。


一度だけ試しに結界の外に連れ出してやったのだが、すぐに体調を崩してしまい結界の中に戻された。


精霊たちが住むには外の世界の空気は恐ろしく汚れていた……。


彼女たちにとっては毒でしかないのだ。


それでも外に出たいと怒って拗ねて駄々をこねて政信を困らせていた。


悠裔もきっと、外界では体調を崩すと思っていたのだが……。


悠裔の強情さに諦めて外の空気に触れさせて、駄目だった場合は力ずくで結界に閉じ込めてやればいいと。


だが、悠裔は何ともなく、元気に飛び跳ねていたのだった。


早苗が羨ましそうに見ている前を横切った悠裔を、仕方なく外界に連れ出すことに決めた匠は、頻りに早苗に謝っていた。


しかし。


外界への扉の前で、とうとう早苗はその大きな瞳から更に大粒の涙を滝のように流した。


匠や政信、金泉も必死になって彼女を宥め、やっとのことで結界から出てこられた。


時間の経過感覚は日付もなく日数も数えていなかったので麻痺しているが、大体一年くらいは滞在していたと思っている。


結界の中異形たちも協力的に、力を貸してくれたし仲間のように扱ってくれた。


悠裔との出会いは、小鬼との縄張り争いから喧嘩がエスカレートしている所に匠が通りかかったのだった。


悠裔との出会いの前に小鬼たちとは親しくなっていたので、何とか事は収まったのだが、化け猫は匠に警戒心を剝き出しにしてなかなか近寄ってきてくれなかった。


普通の猫と同じようにエサや玩具で友達になろうとした匠だったが、そう生易しい工程ではかった。


主従の関係に発展したのはそれから数十日がたった時。


悠裔が川で溺れたのを匠が飛び込んで助けた。


化け猫の唯一の弱点、水に弱いのだ。


そして匠の腕に抱かれ、気を失っていた猫は予知夢を見た。


匠と自分の未来を。


前々からその予知夢を見て知っていたのだが、俺様王様気質の意地が邪魔をして素直になれなかった。


だが助けられてそのまま無視するのは例え猫でも許される行為ではないと、齢三百の頭で考えた。


契りを結んでこそ、自分の力が発揮されることも認めて、予知夢では運命らしい匠に歩み寄ることにした。


今では匠から片時も離れず、姿を隠したり現したりしながら、主人に控えて守り続けている。


主人の部屋の、主人の寝床で、主人と同じように眠りの世界を楽しんでいる、化け猫は無邪気な寝顔を晒している。


「アニキ。……アニキ起きて。電話」


眠っていた匠を揺すり起こして弟の真二が部屋に入ってきて電話がかかってきていることを教えてくれた。


「……電話?」


目を擦りながらむくりと起き上がった。


悠裔は一緒に起きて姿を消した。


「上田さんから」


「ん。分かった。スマホ頂戴」


部屋のドアを開けてスマホを受け取る。


どこに行こうとしても匠について来る悠裔は例え部屋のドアまでであってもくっついてくる。


心配性にしては度が過ぎるのだが。


それに慣れた匠は、悠裔が何をしようともう構わなくなり、自分のペースで歩くことにした。


今は真二に貸し出していたスマホが気になるのか匠にべったりと足元に纏わりついてくる。


「もしもし?和人、どうしたん?」


≪……明日、時間はあるか≫


いつもの間延びした和人の口調ではない。


ふだんからは想像もつかない、上田和人の声音だった。


喉が酷く嗄れ、抑揚のない、まるで和人であって和人ではないそれ。


姿を隠したままの悠裔がスマホを見据えた。


≪明日、時間はあるか……≫


(和人の声やけど違う。アイツやったらまず始めに馬鹿話をする……)


≪明日……じかん、は…あるカ……≫


言葉が途切れがちに小さく、聞き取りにくくなる。


匠は、耳を澄ませた。


悠裔が唸り声を上げ始めるが、黙らせる。


≪あす……、コロス……時間…ハ……あ……――コロス……≫


(何やこの電話は…?何で殺すなんて聞こえ……っ)


ハッと気が付き、匠は閉め切っていたカーテンを乱暴に引き開けた。


黒いカラスが向かいの家の屋根に立ち、こちらを見ている。


そのカラスはぼやけて見える。


黒い体の周りに更に深い闇の色の靄を纏わせていた。


また一羽、同じようなカラスがやってきてこちらを眺める。


≪笹原匠……あす、……円山公園、で……マッテ……っいる・・・。……殺ス……≫


ブツッと通話が一方的に切られてしまい、匠の背中を悪寒が走った。


「和人……!」


急いで和人に電話をかけ直すが出てくれない。


「何でやねん……っ!噓であってくれ……」


心の中で何度も祈った。


しかし、留守番電話に接続されてしまうのだった。

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