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ぼやけている猫に気付きもせず、真二は鼻息荒く匠の転がっているベッドの上にどっかりと胡坐で座り込む。
「な、何やねん……?俺めちゃ疲れてんねんけど」
「そんなん関係ないわ!オレ受験生やのにっ、勉強してるのに!舞が邪魔して来んねんっ!」
「なにそれ……?」
真二は半泣きだ。
「邪魔て……?何してんねん」
「あいつ、アニキがおらんからってオレに八つ当たりしてきたんや。受験失敗したら舞の所為やー!」
頭を掻き毟っている真二を見て、正直に言ってノイローゼになったのではないかと、匠は不安になった。
「八つ当たりって?……原因は?俺がおらんかった、たったの一晩で何があったんや?」
「龍太郎の出演するライブチケットが取れんかったって、……言うてたと思う」
「は?」
舞のミーハーにはうんざりしている兄と弟なのだ。
匠は疲れているところに更に頭を悩ませねばならないのかとげんなりとした。
「そんなもんのために……。それで被害は?……見たところお前に怪我はないみたいやけど」
「電子辞書とスマホと数学の問題集を浴槽に投げ込まれて使い物にならへん……。そん時オレちょうど気分転換にコンビニに行ってて」
……確かに受験の邪魔にしかなってない。
「あー……。頭痛いなあ。何考えてんねや、あのアホ……」
「アニキが悪いねん……。アニキが甘やかすからあんな癇癪持ちができるんや。何とかして……」
「……すまん。なんでスマホを家に置いてでかけた?」
どちらかと言うと自分も被害者なのだがここは謝っておかなければならないのだろうかと、つい謝ってしまう。
「あーあ、この世にホンマに神様がおるんやったら、オレの受験が終わるまでアイツどっかに閉じ込めといてほしいわー……。オレの電子辞書、小学生の時からの愛用品がー……」
匠の疑問は綺麗にスルーされ、真二の言葉はとても冗談とは思えないくらいに真剣だった。
「取り敢えず俺のスマホで良ければ貸すからそれで何とか我慢して、電子辞書は…母さんたちに相談。問題集は……明日一緒に本屋に行こか。とにかく俺も今すごい疲れてて今日はムリや……。ちょっと寝かしてくれ……?」
「……うん。分かった。明日絶対やで?」
「んー……」
もう匠は目を閉じてしまう。
「寺の掃除を手伝ってきたんやっけ?ごめん。オレもう頭に血が上ってて。……スマホ、ホンマに借りてってええの?」
「見られて困るような使い方してないから構へん。持っていき。大丈夫や。……俺の、そこに置いてる荷物の中から取ってってー…。あと、寺じゃなくて神社や……」
「寺も神社も同じようなモンやん。じゃあ遠慮なく借りとく。ありがと」
「おう。頑張りやー。あ、母さんに帰ってること連絡しといてくれたら嬉しいねんけど……」
「うん。分かった」
真二は匠の着替えの入ったままのカバンの中からスマホを探し出して自室に戻っていった。
「…………」
『……』
台風一過?
匠は大きくため息をつく。
それに反応して悠裔が緊張を解いた。
半透明だった猫は、より確実に姿を現し一見普通のただの白猫にしか見えないようになった。
『……ナー』
自分も匠と同じふかふかな所で眠ってみたいと、匠の転がっているすぐ脇で丸くなり目を閉じた。
「あ、こら…」
悠裔は薄く瞼を開けたがそのまま目を閉じてしまう。
気が抜けて透けてくる悠裔に、家族に見つかったりしないように上からタオルを掛けて匠も眠りにつく。
悠裔とは化け猫である。
匠と時の結界の中で出会い、主従の契りを交わしてからこちらの世界に連れて来た。
結界内でかなりの時間、能力のレベルアップのためにいろんな異形と戦い、金泉ともいい勝負にまで高めることができた匠である。
その戦った相手の内の一匹が悠裔だった。
他の異形たちは仲間程度に親しくなれたのだが、この化け猫だけ、妙に匠に懐いた。
化け猫はよく勘が働く異形で、その第六感が匠の中から何かを感じ取ったのだろう。
匠に気付かれないように気配を殺し、いつでも彼を守るため、片時も側を離れようとはしなかったのだ。
最初に根負けしたのは政信だ。
いくら追い払ってもいつの間にか主人に控えるように匠に目が届く範囲に戻ってくるのだった。
政信の次に諦めたのが金泉。
異形同士、烈しく威嚇したり、時には力ずくで悠裔を巣に返したりしていたのだが、全くの効果がなかった。
匠はそんな悠裔を見ていても、何故そこまで自分に拘るのか不思議に思った。
ただ一緒にいたいだけではないように思えた。
悠裔は異形だが金泉のように人の言葉で意思を伝えることは出来ないのだが、何かを感じ取ったのだろう。
匠は悠裔を側におくことにした。




