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儚き焔   作者: 鈴音あき


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漆黒の髪は腰までとどき艶やかで、うなじの少し下で一つに纏められている。


金糸で刺繡された蜻蛉柄の汗衫かざみ姿が愛らしい。


精霊の気配をさせる早苗という童女は、とことこと政信に近づき、無言のまま小さな頭を振った。


『…………』


可愛らしい丸い頬っぺたをぷっくりと膨らませて上目使いで政信を睨んだ。


不機嫌そうだ。


「…………まだ、拗ねているのか?」


こくりと童女は頷く。


「そんなに俺の世界に行きたいのか?」


『だって。行ってみたかったんだもーん』


小さな唇を懸命に尖らせて訴えた。


政信の隣で二人のやり取りを見ていた匠は(可愛い生き物がいる……)と暢気なことを思っていた。


上目使いのままちらりと横に突っ立っている匠を見た。


「お?」


『その者は人間?異形?…どっち?』


尖らせた唇のままで問われる。


やっぱり可愛い。


可愛いものは何をしても可愛いものなのだろうか?


幼女が可愛いからなんでも可愛いのか?


匠は可愛いもののせいで頭の中がおかしな思考に一瞬だけ耽ってしまった。


「ああ。彼は笹原匠君。人間だ」


『……?でも、人間じゃない匂いがする……?』


「……人間じゃない匂い?」


匠はしゃがみ込んで童女の視線に合わせてニッと笑顔を見せた。


「俺はな、鬼の記憶を持ってるんや。人間なんやけど鬼の力も持ってる……なんや変な存在やねん。よろしくな」


『ふうん……。私、早苗。ここのお手伝いをしている精霊なの。よろしく』


「精霊?」


『私の名前、早苗。稲なの』


「そうなんや。稲なんかー……。えーと……」


稲の精霊と言われてもどんな事ができるのか想像も出来ないので匠は会話のキャッチボールを諦めた。


「……そんで?何で怒ってるん?」


『政信が約束破った』


早苗は思い出して涙ぐみ、あっという間にポロポロと涙を零した。


「え?あっ、あの。早苗ちゃん……?」


匠は突然の涙に狼狽えた。


『私、いい子にしていたのに……。外に連れていってくれなかった……』


溢れた涙を拭おうともせず、愛らしい唇をきゅっと引き結ぶ。


その可愛くも意地らしい早苗を見て匠は、彼女を慰めようと手を差し伸べようとした。


「匠。荷物を置いたらすぐに出かけるよ」


政信が匠を引き止め促す。


「え……」


「早苗、これから俺たちの身の回りのことを頼む。良いな?」


『ゔー……プンっ!』


柔らかそうなほっぺをぷっくりと膨らませ、そっぽを向く。


その怒った顔は、匠の妹の舞よりも可愛い、などと思ってしまった。


何しろ舞は本気で怒れば、手が先に飛んでくるのではない、足が手よりも早く飛んでくる。


顔で怒りを表すのではなく笑顔で蹴り飛ばしてから凄むのだ。


地味に痛いし、美少女が凄むと例え家族あっても怖いものは怖い。


予測のつかない地雷だから匠は舞を恐れて苦手意識が強くなる。


しかし、早苗は起こっていても可愛い。


和んでしまう。


幼い容姿だからなのか保護したくなる。


「一体何やって怒らせたんや?」


政信にこそっと聞いてみた。


『だって酷いんだもんッ!この結界の外に連れて行ってくれるって言ったのに!出してくれなかったんだもんッ!』


匠の小声は早苗にも聞こえた。


「出してやろうとしたじゃないか……」


『違うもん…。神社の外に出てみたいんだもん………』


「空気が汚くて倒れたんだ。お前には外の世界は危険なんだよ」


『でも行きたいー!外の世界を見たいのー!」


何だかまるっきり聞き分けのない駄々をこねる子供と、困り切っている母親のように見える……匠には一瞬そう見えた。


『早苗はそんなに怒ったり拗ねたりしないのだが、今回は相当縺れそうだな』


いつの間にか金泉が匠の側に来ていて傍観している。


『そなたは先に荷物を置いてきなさい。場所はどこでも好きな所を使ってかまわない』


「金泉……。分かった。いつまでも二人の見物してるわけにいかんな」


屋敷の中に入ってみると、建材の檜の香りが心地よく匠の鼻を擽る。


簀子縁から廂の間に上がる。


「ええ匂いやな……。歴史で習う寝殿造りがこんな感じの建物なんかな。……え?そういえば壁がない?」


『ああ。外の世界のような季節はここにはない。そこに住む妖によって暑い所や寒い所がある。ここは人間が心地よいと思うような暑くも寒くもないようにされているから風邪をひかぬ故に風を遮る壁は必要ない』


「へえ。便利やん……」


『開放的ではあるが落ち着かぬなら几帳を用意させるぞ』


「几帳ってあの雅な感じの……」


滞在するのに良さそうな部屋に数日分の着替えが入った荷物を適当に放り込んだ。


『あ』


どさりとカバンが落ちた。


「ん?」


すると、床が悲鳴をあげた。


文字通り『痛い』と。


「え?]


匠は驚いて部屋を凝視した。


金泉ではない別の声だ。


性別いうと女の人の声のようだ。


『痛いではありませんか。荷物は静かに置いてくださいませっ。貴方って見かけによらず乱暴な人なのですねっ』


「っ?」


その苦言の声は直接脳に響く。


人間と同じように手があるのならば、恐らく痛い所を擦っているような感。


「びびった……。床が喋ったんかー?」


目を見開いて綺麗な木目の床を恐る恐る触ってみる。


『謝って頂けないのでしょうかっ。こちらは踏まれるのは当たり前ですから構いませんけれども、乱暴なことをされるのは許せません。痛いものは痛いのですよっ』


「あ、それは済まんかった。ごめん。ごめんなさい。これからは気を付けるから……」


『……分かってくださるならばそれで宜しいのです。私共のような物にも心があるということを…」


「うん。物を大事にすること忘れたらあかんわ。ホンマに気ィつけるからな」


放り投げた所まで行って荷物を持ち上げ、落ちた場所に凹みがないかを心配して撫でた。


「俺の名前は匠。笹原匠です。これから暫くの間、世話になる。よろしゅうな」


『……はい、こちらこそ。私はこの屋敷の付喪神です。屋敷に住まう者を雨風から守るのが仕事です。さ、早く金泉殿のもとへ。お待ちになってます』


「あ、うん。ありがと」


床をもう一度撫でてお礼を言って廂で待ってくれている金泉の元に戻る。

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