14
南都の九条大路の西の果て、深く寂れた片隅に鬼は廃材を巧く使って小さな小屋を建ててひっそりと隠れ住んでいた。
異形になって、もう数年間が過ぎようとしていた。
雨がしとしとと降る日、戸口で物音がした。
鬼は様子を見に戸を開けてみる。
殆どの人間はこの辺りまでやってくることはない。
ここでは孤独に生きてゆける、そんなところだった。
外を見ると小屋の壁に泥まみれの男が俯せに倒れこんでいた。
「もし?……どうしたのですか?」
鬼は傍に寄り男の顔色を見ようと、仰向けにさせるべくそろりと身体を返した。
「う……」
「っ!」
鬼は息をのんだ。
男の額には二本、人間にはないはずの物が生えていた。
全身が泥だらけで、着ているものは解れて破れている。
あちこちに赤黒いシミがある、血痕だろうか。
「……鬼?」
鬼は切れ長の目を見開いて、同じ異形の者が近くに居たことに驚いた。
取り敢えずこれ以上雨に濡れさせるわけにはいかないと、急いで小屋の中に運び込み、濡れて冷えた体を温めてやった。
どうやら酷く疲労し体力が衰えているらしい。
息が浅い。
拾った鬼が目を開けたのは、翌々日の昼過ぎだった。
「……ここは?」
掠れた声で呟いたが目を薄っすら開けただけで、まだぼんやりとして頭が動いていないらしい。
「南都の九条大路の西側です」
「ワシは…なんで………」
「一昨日、ここで倒れていました」
「……そうだったか。南都の九条大路か……」
「見たところ、人ではないようで」
「っ!だったら何だ?ワシを殺すというのか……!」
急いで起き上がろうとして失敗した。
腕に力が入らず床に落ちた。
疲労で身体がいうことを聞かないようだ。
「くそっ!」
「そうではありません。何があったのかと、興味があります」
「何を馬鹿なことを言うか!お前を食らってもよいのか?!」
鬼は微笑んだ。
それから目を閉じた。
「……私も、人ではないのですよ……」
鬼の身体が蒼白く光りだし、額に角が浮かび上がる。
「えっ?……」
息を飲み、目を輝かせて鬼を見た。
「喰われる前に、私が貴方を殺してしまう。かもしれませんね」
「お前、……鬼だったのか」
「ええ。数年前に人間であることを棄ててしまいました……」
「名は?」
「名などありません。鬼になったとき、それも棄てましたので。……貴方は?」
「ワシは親が異形だったから生まれた時から鬼だ。名は鬼羅。一族の頭領が……つけてくれた」
「鬼羅殿ですね」
「なに?その話し方。お前、貴族だったのか」
「ええ」
「どおりで、身なりがいいと思ってたんだ」
鬼は貴族の衣装である狩衣を身にまとい庶民にはない上品な雰囲気があるが、髷は結わずに下して烏帽子をつけていない。
ここでは烏帽子は邪魔なのか、訪ねてくる者がそもそもいないので不要なのか。
「……ある方に面倒を見て頂いています。私など捨て置いても構わないと何度ももうしましたが」
「貴族の衣装を用意するとは、そのある方という人物が何を考えているのやらワシは理解できんな。ワシの事は鬼羅と呼んでくれていいぞ」
「そうですか」
「ああ。……そうだ、お前、名がないと不便だ。何って呼ばれたい?」
人懐こい笑顔で鬼に聞いてくる。
「特には。もう恨みは消えて、ひっそりとここで一生一人で暮らせれば良いと思っているので」
鬼は穏やかな表情で鬼羅に言った。
「恨みって?」
「人を沢山殺しました。…………たくさんね」
「殺したい程の恨みか……」
「ええ。守りたいものを守れず、あまりにも素直で甘過ぎた自分を悔やみました。そして、鬼になり、恨みのままに人を殺し、血を浴びて、復讐して……復讐が終わった後、虚しくなった。鬼になった己が悲しくなりました……」
「…………………………」
「鬼羅…は、何故ここで倒れていたのですか?衰弱して二日も眠り続けていましたが」
「へへっ。一族と喧嘩してな。村からたたき出された。まあ、自分から出ていくつもりでいたから構わんのだ」
照れを含めた笑みで鬼羅は頭をかく。
「何が原因か聞いても?」
「聞くだけ損だから言わねえ」
床で仰向けのままケラケラと笑った。
それから思いついたように鬼に目を向けた。
「なあ。お前の名、ワシがつけてやる」
鬼は鬼羅を見返した。
「多くの魂で多魂ってのはどうだ?」
「タキ……?」
「おう。魂は当て字だけど。ほら、魂って字は鬼が入ってるからキとも読んでもいいと思わんか?ガキん頃に頭領に教えられたから字は知ってるんだ。多くの人間を殺して悲しんでいるお前にはピッタリだと思わんか?その人間たちの魂を背負って生きていくんだ。決まりだ。今日からお前は多魂と名乗れ」
「……」
鬼は鬼羅を凝視した。
「良いな?多魂」
「わ……分かり…ました」
不思議である。
強引で無邪気な笑顔の鬼羅に少し救われた気がした。
数年間、だれからも隠れるように暮らしていた鬼は、一度も声を発する無かった。
久しぶりに会話をした自分がとても気持ちが安らいでいるのを感じた。
多魂はニコリと微笑んだ。
「さ、もう少し休んでください。あまり話しすぎると体に障ります」
「ああ…。そうする……」
鬼羅はまた眠りに落ちていった。




