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廂に異様な気配。
高見らに緊張が走った。
母屋と廂の間にある御簾が蒼い炎に焼かれ始めた。
よく燃えるものなので、直ぐに焼け落ち、次第に鬼の姿が見えてくる。
鬼の衣は返り血で染まってから時間が経って黒いのか、元から黒かったのか判らないが衣冠姿。
貴族が鬼になっている。
右手に持った刀からは誰の物かは分からない鮮血が滴り落ち、左手には高見が連れてきた三人の従者の内の一人の首を掴んでいた。
頭に冠をつけているが額から突き出た長い角が蒼白く光り輝いている。
冷たく白い顔をして、瞳は角と同じように輝かせて、高見と従者を見た。
高見を視界に入れた鬼の目が揺らいだ。
御簾が焼かれている蒼の炎は、激情の緋色に変化した。
鬼の感情と共感しているのだろうか。
「……兄………上……………」
鬼が彬の声で高見を兄と呼ぶ。
「…兄上………………………」
鬼の目から零れ頬を伝って落ちたのは透明な涙ではなく真っ赤な血。
「…っ!お前は…まさか、彬か?」
顔は歪に引きつり醜いが、鬼の声を聞いて高見は狼狽えた。
「…兄上!」
恨みに満ちた声音で鬼は高見に躙り寄る。
持っていた首を投げ捨て、飛び掛かった。
「わあっ!」
余りにも恐ろしい形相で飛び掛かられて、瞼をギュッと閉じて咄嗟に太刀を振り回してしまった。
ズバッという手応えを感じたので恐る恐る目を開けたら、鬼の左肩から深く袈裟切りにしていた。
鬼は、…………………………立ち尽くしていた。
「兄上……」
「え……」
鬼は痛みを感じないようで、高見は茫然として腰を抜かしてどさりと尻餅をついた。
兄と呼んだ男の行動に感情を無くし、手入れもされず血糊のつけすぎで漆黒の太刀になってしまっているそれで、高見を見下ろし無表情で首を跳ねた。
切れ味が劣っているにも拘わらず一太刀で頭と胴体を切り離してしまった。
鬼の襲来を知らせに来た家人は隠れていた几帳の陰から目撃してしまい光景に失神してしまいそうだ。
鬼は高見と一緒にいる見慣れた従者を見る。
あまりにも一方的な斬殺に言葉も出ず、フラフラと揺れる従者に胸倉を掴み乱暴に揺さぶって凝視した。
「あ、あ、あ…彬様なのですか?!あの彬様が何故鬼に!」
「……」
鬼と従者の顔が鼻先がついてしまうほど近づけて言い放つ。
「お前も知っていたのだろう?あの夜の出来事を……」
目を見開き従者を脅す。
「あの夜とは?それに、君は本当に日下部彬殿なのか?」
几帳に隠れていた源友幸が這い出てきて鬼に尋ねる。
「友幸様……。貴方は蛍の穴場とやらをご存知ですか?」
鬼が尋ね返すが
「何のことだ?蛍の穴場?私は歌や笛が得意で自然を愛する風流人だと言われているが、実は虫だけはどうにも好まぬ……故に蛍の穴場と言われても知らないし知りたくないし行きたいとも思わぬ。これは家の者しか知らぬことではあるが……」
友幸は首を横に振り眉をひそめる。
鬼は友幸を暫く見つめると、深いため息をついた。
「何も、知らなかったようですね」
「日下部彬は病で急死したと聞いたのだが。鬼になってしまうほどの恨みがあったのか?」
「この屋敷に来る前に、七条松宮の屋敷で兄上の北の方も手にかけてきた……」
「どういうことだ?」
「あ、……彬様!」
恐怖に震える従者は涙を零し、友幸に縋りついて話し始めた。
「友幸様!本当は…彬様は…病死ではないのです!殺されてしまったので…ございます!……そして、私も…この策略に加担っ、してしまいました!……あの夜、彬様のお文を預かりっ、内大臣家の、唯姫様へ、お届けするように…言付かった小太郎もっ闇討ちに、しました!……私は、小太郎からお文を…盗りました」
小心者だったらしい従者は身を縮めて嗚咽を漏らして真実を打ち明けた。
「何故、小太郎?とやらまで……?」
友幸が問う。
「……っ、……小太郎が…羨ましかった…のです。……私と違って、…小太の主人の彬様は、とても……立派な方だから……。私の主である高見様は、いつも彬様の陰口を言ってばかりで、……決して自分から努力をなさらず。……そんな主人に仕えている私が……馬鹿らしくって、…………小太郎が羨ましく思えてきて。……そんな風に考えていたら、高見様が仰ったんです。小太郎が邪魔だから殺せと……。詳しいことは聞きませんでした……。ただ、小太が…この世から消えれば、私はそれで良いと。…あの時の私はそのことだけしか、考えておりませんでした……」
「そういえば。大宮大路付近で少年の死体が見つかったと聞いていたな。内裏と内大臣家の間の目立たない小路だな。……それが小太郎なのか?……しかし、彬殿は病死だと」
「亡骸が見つからなかったのです。高見様と遙和様は、彬様を殺して遺体をそのまま放置されてきたと。お二人は見つかっていない彬様の体は野犬にでも喰われたのだと思っておられました。……内大臣様は、随分と探されたようですが、可愛がっていた婿殿が失踪したと、世間に知られては体裁が悪くなると考えられたみたいで、急病で亡くなったと届け出たと……」
「私は……恨みの鬼として蘇ったのです。……どうしても兄たちを許せなかったのです。今まで積み重ねてきた私の努力を妬んでいるとは、……微かに感じ取ってはおりましたが、……実の兄に殺されて許せるほど、私は器は大きくはありません。……それに、それに顔見知りのお前に殺された小太も、魂がこの世に残り恨みが渦巻いている……」
鬼となってしまった彬が胸倉を掴んだままの従者から目を逸らし己の右肩を見る。
ちょうど生前の彬の肩の位置に、小太の顔があった、そのあたりだ。
彬の視線には彬よりは劣るが小さく蒼白い焔が浮いて揺れている。
焔が彬の持つ太刀に纏わりついて、そして、従者に振り下ろされた。
「ぐあっ!……」




