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儚き焔   作者: 鈴音あき


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「驚いたな…。覚醒し始めて力の暴走を心配していたのに、その能力の抑え方が解っている……」


とあるマンションの一室、印を組んでいた指を解いて、男は静かにゆっくりと目を開けた。


「明日の夕方くらいかな。来てくれるのは……」


使い込まれた古い鏡の前から立ち上がって浄めに使った清酒を飲み干した。


「寝るか。今日と明日でどれ位思い出してくれるのかな……」


男は欠伸をしながら寝室に足を向けた。


占いでは一か月後、世界の全てが変わってしまうかもしれない、不吉の相が出ている。


その

れを解決できるカギを持っている人物が、占った本人と笹原匠だというのだ。



翌日の夕方、匠は堀川一条の晴明神社が見えるマンションにいた。


昨日から続いている幻が原因だ。


あれから何度も作務衣の男も現れた。


そして毎回メモを手に握らせると煙のように、ふつと消える。


現れた付近には必ず四つ折りの紙が落ちている。


匠の目にとまったところに必ずいる男と、現実の物として現れる四つ折りの紙。


その内、四つ折りの紙は時と場所も関係なく数を殖やして雪のように降らせてくる?とも考えてしまうほどだ。


不気味なのだが、同時に何かが始まっているらしい予感は感じていた。


深夜に身体が発光してからまる一日で、匠は奇妙な出来事に諦めをつけた。


匠はとにかく諦めるのが早いと自分でも分かっている。


これは妹の舞のわがままに慣らされた所為でもあるのだが、自分の力ではどうにもないならそのまま流されてしまったほうが楽だと悟った。


匠の考え方は離岸流に例えられるかもしれない。


離岸流に捕まり流され、必死になって無理に岸に戻ろうとしても、体力を奪われ続けて溺れてしまう。


対処方法は、流されながらも楽に岸に戻れるように、岸を見失わずに浮いて少しずつでも岸と平行に泳ぐことだろう。


だから今回のような、信じたこともなかったオカルト的な体験も、流されていくことにした。


清水寺から八坂神社までの人力車に乗っていたときの最初の一枚から、数えてみたら二十三枚。


全て同じ内容の読み取りコードの模様だ。


これはもう、ここへ来いと強制されている。


仕方がないので読み取ったデータの住所のマンションにやってきたのだが、たぶん初対面で、いきなり知らない人の家に訪ねることが初めての匠はチャイムを鳴らすのに一瞬躊躇した。


大きく息を吐き、改めて呼び鈴を押そうとした。


「やあ。待ってたよ」


ボタンを押すより先に、匠の背後から男の声が呼びかけた。


「だ、誰やっ!?」


ビクッと驚いて振り向くと男は笑った。


「そのメモの送り主、藤原政信だ。

まだ少し時間があると思ってコンビニに行ってたんだけど、君は今来たとこかな」


「はぁ……」


藤原政信と名乗る男は幻で見ていた時のまま、作務衣に栗色の髪を一つにまとめていた。


「とにかく中に入って。詳しいことを話しておきたい」


そう言ってオートロックを開けて匠を中に促す。


藤原に背中を押された時、何かを思い出す感覚に襲われ、匠は一瞬身を震わせた。


「…っ」


「あ、悪いね。何か感じ取れたかな…?」


「いや、別に」


「そう?」


「っ!」


ハッとして藤原に振り向く。


その顔を見た途端に、郷愁…。


昔、何か、大切なことがあった筈だ。


思い出せ。


思い出せっ。


思い出さなければ…。


何年か前ではない。


…そう。


千年も前の事だ………



「ぎゃあああああぁぁぁァー………っ!」


野太い異常な悲鳴が、屋敷中に木霊した。


源友幸の家人の声だった。


そして慌ただしい物音も。


「お、…おにっ!鬼だぁ…うっ!鬼が出たっ!ひいいいっー!」


そう叫びながら主人のいる母屋に血塗れで駆け込んだ。


「何だ騒々しい。折角の高見との楽合わせが台無しではないか」


呑気に友幸が叱る。


「ですが、鬼がっ……!」


庭を歩く足音がこちらに近づいてくる。


「ひっ…ひイー!早く!お逃げ下さいっ」


「はっはっは!なあに、鬼など俺が切って捨ててやる。友幸様、どうぞ見物していてください。刀はありますか?」


豪快に笑い飛ばして高見は自信満々で友幸を見た。


「高見様は武術も得意としてますから、きっと鬼も高見様の太刀筋に恐れをなして逃げて行きましょう!」


高見がいつも連れている従者が、主の株を上げようと持ち上げる。


「そこに飾り太刀ならある。貸してやろう」


友幸が指差した刀を従者が両手に持って高見に差し出す。


「お、お願いします!高見様が鬼を退治してくださるなら屋敷の武器を全て出してきますー!友幸様よろしゅうございますか!?」


友幸の家人は怯えており、主人と一緒に居れば助かると思い傍に控えることにした。


「それは構わぬ。…が、最近よく出没する鬼であろうから、決して無理な事はするでないよ?高見。二日前に君の弟の遙和が殺されたのだろう?」


「ええそうです。本当ならば喪中で出歩いてはならないのが決まりなのですが、弟が聞きたがっていた友幸様の笛を、私が代わりに聞いてやれば遙和への手向けになるだろうと思って押しかけてしまいました。現れた鬼が弟を殺したというのならば、私が敵討ちをせねば気が済みませぬ!友幸様は危のうございますので、几帳の影に隠れていてください」


「分かった。気をつけて」


友幸は家人と共に几帳に隠れることにした。


「ええ、ありがとうございます」


高見は綺羅びやかな飾りのついた、決して実用向きではない太刀を手に取り、刀身を鞘から抜いて鬼がやってくるのを待った。

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