第2楽章 48節目
「まさか初戦がお前らのクラスとはなぁ」
そう言って笑う長身の荒石に並び、小柄な風間、更にはバスケ部キャプテンである板東がコートの向かい側にいるのに、和樹は頭を抱えたい気持ちから乾いた笑いをしながら頷いていた。
「いやいや、決勝どころじゃねぇわ。何だ初戦からこの組み合わせ……」
「先日はどうも……というか先輩方はサッカー部なのにフットサルじゃないんですか?」
和樹の呟きに対して、こちらは笑いながら声をかけるハジメ。
「まぁ、そっちでも良かったんだけどな。板東がせっかくなら勝ちたいからって誘われてな。部活でやってることじゃないのをやるのもまぁいいかなってな」
「嘘つけ荒石。お前、石澤と佐藤と当たれるかもってだいぶ乗り気だったじゃねぇかよ」
そう答える荒石をからかうように、風間が言う。
照れている様子から、それが本当のところなのだろう。
荒石先輩はハジメのファンっぽかったしな。と和樹は思いつつも、この運動神経抜群で体格もいい相手にはバスケに来てほしくなかったと思った。
「まぁそういうわけだ。お前らには悪いが。こちらとしても三年の威厳を見せたいからな、全力で行かせてもらうぞ」
そして、その後ろから体格のいい荒石を更に超える体格の板東が野太い声で告げる。
だが、それにも風間と荒石は茶々を入れた。それが余裕の表れのようで、少し緊張気味な和樹は羨ましくもあった。
「いや、そんな事言ってこいつあれだから、勝ち進んだら彼女に良いとこ見せれるから張り切ってるだけだからな。騙されるなよお前ら」
「あはは、そういう意味だと僕も同じなので、簡単には負けませんよ?」
しかし、こういう時に飄々と気圧されることもなく返せるのがハジメなのだ。
社会人だとか大学生相手に毎週バスケをしているハジメからすれば、同じ高校生の上級生に対する緊張などないのだろう。
だが、これは例外、と和樹は思う。他のメンバーを見やると、体格も良く、声も大きく自信もある先輩に対して腰が引けている同級生が多かったのだから、それは間違っていないはずだ。
「……ほう、やはり普段と違ってコートの中では強気な男だな。なら俺たちが勝ったら今度こそバスケ部に入ってもらおうか」
「いやいや、何でそうなるんすか。何度言われても入りませんよ? ……まぁもちろん負ける気も、無いですけどね」
板東に対してのハジメのセリフに、くすっと笑ったのは和樹の隣にいた同じクラスの山田だった。
普段はその少し大きな身体を縮こまるようにしてハジメと千夏の間に挟まれている彼は、実は中学の時にバスケ部の経験があったらしく、クラスの競技決めの時にハジメが是非にとスカウトしたのだった。
「なぁ、山田もやっぱおかしいと思うよな? ハジメのこのメンタル」
「ふふ、そうだねぇ。普段も大人しい感じで南野さんを穏やかに見守っている感じなのに、ここで先輩相手にあんなにポンポンと言葉が出るのは凄いよねぇ」
大きな身体の割に、とても穏やかに話す彼の空気が、和樹は結構好きだった。
「まぁ負けたくないのはその通りなんだけどな。山田も期待してるぜ?」
「うーん、成長痛で辞めちゃってから二年位ブランクもあるから、本当期待しないでね……」
中学の後半で、元々大きかったところから更に伸びたらしい彼は、膝の痛みで部活を辞めたのだと聞いていた。でも、簡単に練習で合わせた感じでは、大きいのに上手い、といった印象だったので、和樹は密かに期待していた。
他には、帰宅部の面々が揃っていて、運動音痴ではないけれど、やる気もほどほどといったメンバーだった。交代もしながらのため、どこまでやれるか、一応この中で唯一のバスケ部としては、頑張らなければいけないところだったが。
(よりによって荒石先輩に風間先輩、板東先輩かぁ)
尊敬している先輩に対して、変な意味での負け犬根性ではないが、どこか勝てる気がしていないのも事実だった。
そして、そんな和樹の心境とは裏腹に、順調に試合が始まる。
五分ハーフを三クオーター。
それが時間的な問題と体力的な問題から設定された試合時間だった。
今いる体育館では、フットサルとバスケットコートは半々で使用しているため、待ち時間のクラスの男子達が観衆のように見ている。
その中で、サッカー部のエースにバスケ部のキャプテンまでいる三年のクラスが勝つだろうという予想が多いのは聞こえていた。
だが――――。
◇◆
「和樹!!!」
その言葉と共に飛んでくるハジメからのパスを受けて、和樹はマークに来ていた風間を抜いてそのままドリブルで切れ込んだ。
ダム!!!!!!!!
「おおおお……!!」
「また行った!!」
周囲の声から意外さが無くなったのは、第二クオーター位だったろうか。
それほどまで、何度も和樹はこうしてドリブルで相手を抜き去っていた。
しかし軽々と抜いているように見えるが、これはハジメのパスのおかげなことも和樹には分かっている。和樹は元々シューターで、自分でドリブルで切れ込むタイプではないのだ。
だが今はドリブルもできるように見られている。
それはひとえに、運動神経が良いからこそ反応してしまうのを見越して、触れられないように、それでいて和樹がゴールに向かいやすい方向でハジメがパスをくれているからだった。
ミスも勿論あるが、正直バスケ部員からもらうパスよりも余程精度が高い。
勿論相手が素人であるというのは大きいが、反射神経と運動神経に優れた先輩を相手にこんなに自分のプレーができる程の才能は本来和樹には無いのだ。
だが、最初からのいくつかの抜いたという事実が、和樹に対する警戒を呼び起こし、それは緊張となり、より和樹にとって抜きやすい状態を作る。
(そりゃ、板東先輩もイッチーも勧誘するわな。中学の都大会ベスト4か……)
「……行かせんっ!!!」
そこに、カバーに入ってきた板東が両手を広げて、和樹の視界からゴールを隠した。ポジショニングとしては流石の一言。
だが、この場合はそれは悪手。
普段とは違うのだ。ポジショニングを変えたら連動してくれる味方はいない。
ハジメに荒石がついて、風間と板東が和樹に寄ってしまうと、もう一人経験者が空いている。
「山田、頼む!」
「……ナイスパス」
和樹からの浮かせたパスに、中に切り込んだハジメと和樹に呼応するようにして少し外に開いていた山田が反応して受けた。
ノーマークではないものの、相対する先輩は未経験者な上に、身長も山田の方が大きい。ディフェンスについているその先輩が緊張したように動いた。
それに対して、ボールを受け取ったまま、山田はフェイントを一つ入れる。それは目の前の相手に対してのフェイントではなくて。
キュッ!!
反応してしまったのは、ある意味視野が広いからこそと言える荒石だった。
運動神経が良いからこそ、そしてバスケ経験がないからこそ、踏みとどまる事が難しい。ここまでよくあるパターンだった。
「佐藤くん!」
「ありがとう」
荒石の背を抜けた先、足元にバウンドで山田からのパスが再びハジメに入った。
そして――。
バシュッ!!!
気持ちのいい音とともに、ハジメのレイアップシュートが決まる。
ピィー!!!!
そして、試合終了の笛が鳴った。
最終スコアは32―20。
普通に和樹達の完勝と言って良い。
和樹達の初戦は、そうして、番狂わせを起こしたクラスとして少し話題に上がる走り出しを見せることとなった。
いつもお読み頂き、ありがとうございます!
活動報告の方でも書かせていただきましたがこちらでも失礼します。
この度、二番目な僕と一番の彼女の、ファンタジア文庫様の特設ページが公開されました。
書影も完成し、そして、千夏だけではなく。
ハジメも、真司も、カナさんも公開されております!
凄くキレイなので、是非、見て頂けたら嬉しいなと思いますので、宜しければ二番目な僕と一番の彼女で検索してみてください!
また、略称があったほうが良いですよねぇと考えていて。決まりました。
#ふたぼく
として、今後略称として告知などX(旧Twitter)などで行ってまいりますので、宜しければ応援の程、お願い致します。




