第2楽章 43節目
和樹はポジションを取りながら、マークをずらすように少し動きつつゴールの先の壁にある時計を見た。
後数秒がとんでもなく短いようで、でも物凄く引き延ばされたように感じることもある。
真司とイッチーに囲まれながら、ハジメが外に開きながらキープしていた。止まって、またドリブルで動く。比較的小柄なハジメが長身の二人を相手にしているのは何度見ても見応えがあった。
一瞬、マーカーも含めて自分への視線を向けている人間が誰もいなくなったことを感じ取り、和樹はそっとポジションを取る。
『……何か今日は調子がいいみたいだからさ、空いたと思ったら和樹のタイミングで行って。こっちを見なくてもいい。合わせてボール送るから』
そんな言葉を聞いた時はマジかよ、と思ったが既に何本もそういうパスを貰っていた。
メンタルお化けと評したのは真司だったか。ハジメは自分でも決められるから、いざ味方にするとこんなに頼もしいやつはいなかった。
今も――――。
まるで見えているかのように、ハジメから、アイコンタクトですらないパスが来た。
和樹がシュートモーションに入りやすい高さで、取りやすいスピンで、ここしか無いというタイミングで。
そのパスにシュートを撃たされているように、和樹は自然とモーションに入る。
不思議なものだった。あのハジメと、こうしてパス交換をして、阿吽の呼吸のようなプレーが出来るようになるとは。
頑張ったつもりはあったよ、でも、本当にこんな日が来るとは思わなかったんだ。
和樹がそう思うのもおかしなことではないだろうし、自分が一番信じられない。ただ、いまここにその結果があって。
シュッ――――。
ハジメへのケアをしながら、イッチーが相変わらずの速さで反応してくる前に、和樹はシュートを放っていた。
ピー!!!!
審判をしている上木が、試合終了の笛を吹いた。決まれば勝ち、外れれば負けだ。
ボールの軌道を無言で見送る。打った瞬間に入るという確信なんて、和樹には持てない。
祈るだけ。
そして、ボールは弧を描いて――――。
◇◆
窓が開けられた教室では、纏められたカーテンが揺れている。
和樹は、先日の月初めの席替えで偶然窓際で前後の席となった早紀と休み時間に喋っていた。
「ねぇ、今度のクラス対抗戦って、あんたらはバスケでしょ?」
「ああ、流石にハジメも俺も今更フットサルに行くのもなぁ。女子は創作ダンスだよな?」
何気なく質問してきた早紀に頷き、あんたらと言われたもう一方に目を向ける。
ちなみに席替えの結果、ハジメと千夏は和樹たちの席からは少し離れた廊下側で、一人の男子生徒を挟んで左右に位置している。
運悪く二人の間に入ることになった山田くんは、授業中は交わされるアイコンタクトの中間で居た堪れない状態となっていて少し気の毒だった。カップルに挟まれたというのは、視力以外に席替えの理由にはしてあげられないだろうか。
和樹と絡みは少ないが、大人しくても気遣いのできる良いやつではあるので、今、その大きめな身体を小さくするようにして座席から立って、別の友人のところに行っているのはハジメの席で何やら話している千夏に気を遣ったのだろう。
「あの二人は相変わらずね。何で女子は創作ダンスなんだろうね。私もバスケが良かった」
「そんなこといいながら、結構張り切って楽しんでそうじゃん。それに…………」
せっかくだから見てみたい、そう続けようと思って、流石にキモいかと口ごもる。
「それに? その間は何よ?」
だが、案の定早紀は見逃してはくれなくて、和樹は誤魔化すように笑った。
メッセージだと少し考えたり練れても、会話だとボロが出るのはありがちだ。わかっていても、そうそう性格は直らない。
「いや、ちょっと考えちゃっただけで、何でもないことにしてくれ。ってかイッチーと真司もバスケなんだよな、割とバスケ部のメンツはバラけてはいるけど、あいつらと当たらなければいいとこまではいけるな」
「……強引だけどまぁいいわ、でもそうね。普通なら三年生の方が強いんだろうけど、男子バスケに関して言えば二年生が主力だもんね」
和樹たちの学校では、秋に文化祭や修学旅行があるのだが、6月に体育祭というほどでもないが、体育の授業の延長として、学年を超えてのクラス対抗がある。
男子はバスケにフットサル、女子は創作ダンスと、要は夏の梅雨の時期に室内で行える競技のイベントだ。
一年生は少し慣れた高校生活の共同感を。
二年生はテストとテストの間のイベントとして
三年生も受験前の最後のクラス対抗として。
随分と前に授業が一新されたタイミングで、当時の生徒会も絡んで作ったイベントなのだとか。
名目上の公平を期して、その時は存在しなかった部活が競技として選定されたらしいが、バスケ同好会が部活になってもそれは変わらず、そもそもサッカー部はあるのにフットサルはということからも、室内で交代が容易、かつ、全員参加出来るちょうどいい人数の競技だったのだろうと先輩から聞いた。
女子の創作ダンスは昔からずっとあるものの引き継ぎだ。
女子はあるのに男子は無い、というのも無理矢理にイベントを作った原因らしいとは、これまた部活の顧問に聞いた話。
「そうだな、キャプテンの板東さんのクラスには、サッカー部の頃の先輩もいるんだけど、何でかフットサルに行かないらしいからそこは強そうだ。でも本命はイッチーと真司のクラスだろうな」
イッチーがエースなのはともかく、和樹が背番号を貰えていることからもわかるが、男子のバスケ部は三年生は元々そこまで強豪ではないし人数も少ない。
対して、ハジメと真司は部活ではないとはいえ、社会人や大学生と週二くらいはバスケをしているし、実力はよく知っている。尤も、ストリートで偶にやるときも、ハジメと和樹、イッチーと真司で組むことは身長の問題であまりないのだが。
「正直……勝てんの? って思う私もいるけど、同じクラスの誼で応援してあげるから、頑張んなさいよ」
「おおよ! って言っても俺もあの二人組むのは反則じゃねぇかと思わなくもないけど。うちのクラスも運動神経良い系はいるし、いい勝負にはなんじゃないかと思ってるし、ちゃんと本気で楽しんで頑張るつもり」
そう言って笑う。それに少しだけ、早紀が驚いた顔をした。少しだけそういう顔をされるのもわかる。
ただ、先日、サッカー部だった頃の先輩にも褒められ、ハジメの誕生日で、少しだけ泣いているハジメを見て、何だかより身近に感じたことが原因なのだろうか。
最近の和樹は不思議な充足感を感じつつ、日々を過ごしているのだった。




