閑話7-10
「何というか、物凄くいい二人だったね…………自分があのくらいの年の時に、ああいう立ち振舞が出来たかどうか。いや、絶対に出来ていないね」
「そうね、葵の相手を嫌がらずにしてくれたし、だから葵もあんなに短期間で懐いたんでしょうね。私が高校生の頃なんて、親戚の子供の相手も面倒だった気がするんだけれど」
御礼を言って、目的の龍泉洞の前でこちらに向けて深々とお辞儀をしている彼らの後ろ姿を見ながら、望と慶子はどちらからともなく呟いた。
正直、東京から電車で弘前公園に来て、その次の目的地が車に乗れる年齢でもないのに龍泉洞と聞いた時には、何故そんなルートで、と思ったが、聞けば、亡くなった父母の想い出の場所だからなのだという。
その、どこか少しだけ照れたようなハジメくんの表情には、高校生という若さで両親を亡くしたと聞いて咄嗟に感じてしまう不幸さは全く無くて、それにも望は少し驚いた。
千夏ちゃんも、詳しくは聞いていないが父親が居ないと聞いたし、それをお互いが自然と支え合っているように望には感じられた。
望も慶子も、両親ともに存命で、葵も生まれたことで甘い祖父母となり自分たちとの仲もより良好となっている。
そのため、彼等の素直さと、そしてどこかでふとした拍子に感じる寂寥感のようなものが、年齢が下の子達に感じるには不思議な、きちんとした大人に相対する感覚を覚えていた。
「お父さん、お母さんまた会えるかな? 本当はあおいも一緒に行きたかったんだけど」
「そうねぇ。昨日のデートも邪魔しちゃったし、バスで宿まで行くルートは元々調べていたみたいだからあまりお邪魔するのもね…………でも少しでも時間短縮になったなら良かったかしら。後、来年からお引越ししたら、もしかしたら会えるかもしれないわね」
「まぁあの二人なら鈍行でも楽しんで旅をしそうだけれどね。少しだけ羨ましくなってしまうな」
バックミラーの中で、こちらを見送っていた少年と少女がそっと手を取り合いながら背を向けて歩いていく。年を経て、いつか少年少女ではなくなっても、彼らはああして寄り添っている、そんな気がした。
◇◆
車に乗って3時間程、お昼前の時間で目的地に着くことが出来たのは本当にありがたいことだった。
本当は、わざわざこちらに足を伸ばさなくても良かったのかもしれない。
『いいじゃん、旅行なんて何回でも行けるんだしさ。今回は無理にだったとしても、ハジメがこうして行ってみたいってところ両方行こうよ。うちも興味あるしさ』
でも、そんな事を考えて、少し迷っていた僕を、引っ張るように、背中を押すようにして進ませてくれるのは千夏だった。
鞄から数枚の写真を取り出して見る。
そのうちの一枚、若き頃の母が並んで映っている『歓迎 龍泉洞』と書かれた看板は今目の前にあるものだった。
元々、本当に思いつきだったのだ。桜と鍾乳洞という言葉も、記憶の片隅に残っていた程度。
そこから色々とネットで千夏とあれこれとここかな、と予定を立てていたのだけれど、何かそれっぽいお土産品でもなかったかと、物持ちの良かった母親の遺品を改めて整理していた時に見つけたカメラ。
まだ、スマホは無く、ガラケーと呼ばれる携帯電話が主流だった頃。
今の僕らはカメラなんてものをあまり使ったことが無いのだけれど、当時は『写ルンです』というカメラがよく使われていたそうで、僕と千夏は初めてそれを見た。
――まぁ、見たこと無いと言ったら涼夏さんが何か衝撃を受けていたけれど。
それはそれとして、ネットで調べてみたら、意外と現像ができるらしいことが分かった僕らは、そのカメラを持って行って現像の依頼をしてみた。そして驚くほど荒い画素と、旧いからこそ少し黄色く現像された写真に、若き頃の両親が訪れた場所を知ったのだ。
ただの感傷でしかない。
でも、何となく。本当に何となくだけれど。
ぼんやりとしか映っていない写真のその場所で。
あの母さんが照れた顔で映っていたり、父さんと母さんが仲の良い両親というより仲睦まじい恋人のように見える写真を見て、行ってみたいと思ったのだった。
それがまさか、初日では迷子の女の子と一緒に巡ることになって、更にそのご両親にこうして車で送ってまで貰えるとは思っていなかったのだけれど。
「さ、まずは荷物ロッカーに預けて、その後写真の場所巡り、だよね? 龍泉洞の中は何か暗くて写真じゃわからなかったけど、いくつか外の写真もあったし、後さ、恋人の聖地みたいなのもあるらしいよ? せっかくだから行くでしょ」
僕が写真を見て看板を見ていると、千夏がそう行って早く行こうと急かしてくる。
そんな千夏を見て、ふふ、ッと笑って、ふと言いたくなって僕は口を開いた。
「うん、いくつかあるから……改めてありがとうね、千夏――――って何するのさ?」
だが、そんな御礼を言うと、千夏が少しむっとしたように、指先でつついてきた。
何か怒らせるようなこと言っただろうか?
「もう、その少し申し訳無さそうな、ごめんみたいなありがとうは禁止! あのね、何回も言うけど、うちはハジメに気を遣って行こうって言ったんじゃなくて、ハジメと一緒にハジメの両親が行った場所に来てみたかったんだから」
「…………咄嗟に謝らなくなっただけ成長したと思うんだけどなぁ」
ポツリとそう言いながら、そう怒ってくれる千夏に対して嬉しいと思う気持ちを込めて、続ける。
「千夏、一緒に来たいと思ってくれてありがと」
「うん、よろしい」
そう言って、にっと笑う千夏はやはり、どうしようも無く可愛くて。
「じゃあ、行こっか」
僕はそっと手を取って歩き出す。
20年前だかの父と母がどうだったかはわからないけれど、写真の母親と同じくらいには、照れた顔をしているだろうことを自覚しながら。




