閑話7-4
(まさか旅行初日からこんな事になるとは)
千夏は、内心でそんなことを考えながら、しゃがみこんで目を合わせることで、より喋ってくれるようになったあおいと名乗った女の子と二人、建物の中でハジメを待っていた。
「……あのねあのね、一緒にりょこーに来てて、凄い仲良しそうなお兄ちゃんとお姉ちゃんは、ふーふなの?」
先程までは、幼稚園の友人の女の子の話、そしてちょっかいをかけてくる男の子をやっつける話を聞いていたのだが、今度は千夏たちへの好奇心が表に出てきたようだ。
「え? ううん、そうじゃないけれど、お兄ちゃんはお姉ちゃんにとっては一番何よりも大事な人って意味だとおんなじかなぁ。あおいちゃんのお父さんとお母さんも仲良いのかな?」
あおいの着ている服や言葉遣いなどで、大切に育てられていることはわかる。
聞けば幼稚園の年長さんだというし、ハジメに対して警戒した後、考えていた様子から見ても、きちんと躾けも受けていれば、話を理解する能力も高い女の子だった。
「うん、仲良しだよ! でね、あおいも仲良しなんだけど、今度ね、おとうさんはいなくなっちゃうって言ってて、あおいも一緒に行くか考えてるんだけど、幼稚園があるから行かないと思うの」
「え?」
「でもね、おとうさんは一人でも行っちゃうって言ってて、時々おかあさんと喧嘩もしてて、こまったなぁって思ってたら猫ちゃんがいてね、追いかけてたらおとうさんとおかあさんがいなくなってたの!」
「……そうなんだ」
取り止めもないようで、この年にしてはかなり論理だって話をしてくれているあおいの言葉によって、千夏の脳裏に父親のことが浮かぶ。
「お父さんとお母さんのこと、好き?」
ふと、千夏はそう聞いていた。
「うん! お姉ちゃんは?」
それに、あおいはにこにこしながら答えてくれる。
「うーん、そうだね。お姉ちゃんもあおいちゃんくらいの頃はそうだったかな?」
「ふーん、今は違うの?」
「そうだねぇ、今は感謝……えっと、ありがとうの気持ちかな?」
そんな話をしている内に、事情を話しに受付に行っていたハジメが婦警さんと一緒に戻ってきた。
あの後店の中で確認してもらったものの、残念ながらあおいの両親は居なかった。
そのため、一番近くの警察署を調べて、一緒に着いてきてくれると言ってくれたあおいと共に、三人でここを訪れたのだった。
「こんにちは、あなたがあおいちゃんね。私はここで生活安全課をやっている西です。えっと、お父さんとお母さんときていて、はぐれちゃったってことでいいのかな?」
そう言ってあおいに話しかける西と名乗った女性警官は、どこか柔和な感じのする雰囲気をまとった少しふくよかな女性だった。
だが、その優しげな雰囲気よりも、言葉の中の一つがあおいにとって気に入らなかったようで。
「……ちがうもん!」
「え? 違うっていうのは?」
そう怪訝そうな顔をして、千夏とハジメにも目を向ける西さんだったが、それに千夏たちが答える前に、あおいが言葉を続けた。
「あおいがはぐれたんじゃなくて、お父さんとお母さんがはぐれたんだもん!」
それを見て、千夏は随分と昔、自分も迷子になったことがあったのを思い出す。
そう言えばあの時は、迷子という言葉と、自分がそうなってしまったことが恥ずかしい気がしたのだったか。
「あおいちゃん、大丈夫だよ、うちも分かってるからさ。お父さんとお母さんを探してあげないとね」
そして、千夏が笑顔を作ってそう話しかけると、あおいは千夏の方を見て頷いた。
「すみません、僕がもう少しニュアンスを伝えられていたら良かったんですけれど」
その様子を見て、ハジメが少し申し訳無さそうに西さんに謝る。
「いえいえ、私が迂闊でした、彼女さんには感謝ですね…………えっと、あおいちゃん。おばちゃんが勘違いしちゃってごめんね。その、お父さんとお母さんを探すために、色々と質問させてほしいんだけど、いいかな?」
ハジメの言葉に西さんはとんでもないと首を振って、そしてあおいに対して謝罪の後で尋ねた。
「……お姉ちゃんとお兄ちゃんも一緒?」
それに、あおいが少し不安そうな顔で見上げてくる。
「ハジメ」
「勿論。あ、西さん、決まりでダメとかで無ければ、僕ら付き添います」
名前を呼ぶだけで、すぐに伝わってそう言ってくれるところが、やはりハジメだった。
迷子の子なんて放っておいて、旅行の続きをとはならないし、心配こそすれ、面倒とも思ってい無さそうなところが改めて誇らしかった。
「いいんですか? デートの最中でしょう?」
西さんがどこか申し訳無さそうに言うが、それにはっとしたようにあおいがこちらを向いたのに、努めて首を振ってみせる。
「いえ、せっかくこうしてあおいちゃんとも会えたから、もう少しお話もしたいしね? ハジメ」
「そうそう、時間はまだまだあるから。じゃああおいちゃん、一緒に行こうか?」
そうして、あおいの話を聞くことになったのだったが、思いの外すぐに見つかるわけではないことがわかった。
苗字はわかる。お父さんとお母さんの名前もわかる。
しかし、電話番号はわからない。
車で来ていて、車のナンバー4桁はわかる。青い車らしいが車種まではわからない。
ひらがなとどこの県のナンバーかは不明。おそらくは近隣と思われるが、朝から寝ている間に着いたので時間も不明。
「ひとまず、この番号で照会をかけて、そこから登録されている連絡先を探してみます。それに、ご両親も探すとなれば警察にも連絡してくれるでしょうし…………あおいちゃん、ちょっとお父さんとお母さんを探す間、ここで待っていてくれるかな?」
「……ここで? お兄ちゃんとお姉ちゃんも?」
「うーん、二人は流石に一緒じゃないかな?」
「いや」
西さんの言葉に、ばっさりと意思を告げるあおい。
入りが悪かったからか、どうにも西さんに対して当たりが強いようだった。
「……あの、もしよかったら、あおいちゃんも一緒に街を回るかい? 西さん、迷子にならないようにとかは気をつけますし、僕らの電話番号とかも置いていくので、それでどうでしょうか?」
「……本当は良くないのだけど、二人はいい子そうで身元もさっきちゃんと書いてもらって確認できたし。実を言うと、今日は連休の混雑で他にも迷子や事故が多くて人手が足りていなくてね。申し訳ないのだけど、お願いしてもいいのかしら」
確かに、人の多さの割に応対している人が足りていない気はしていた。
「ええ、乗りかかった船ですし。千夏も、勝手に決めちゃったけどいいよね?」
「うん、勿論! ……ねぇあおいちゃん、じゃあせっかくだから、お姉ちゃん達と一緒にお城とか見ながら移動しよっか? 歩けるかな?」
「大丈夫! あおいね、幼稚園に行く時もいつもちゃんと抱っこって言わずに歩けるんだよ?」
ハジメと千夏に向かってえへんと言うあおいに、千夏はくすりと笑う。
「そっかそっか、じゃあ大丈夫だね! まぁ疲れちゃったら休めばいいし、きっとお兄ちゃんもおんぶとかしてくれるからさ」
「あはは、まぁそうだね……じゃあ西さん、もし見つかったらすぐに連れてきますし、そこの城と公園を回るつもりだったので、遠くには行かないですので」
そう言って、千夏とハジメはあおいと共に再び警察署を出て城の方向へと向かうのだった。




