閑話7-1
朝日がようやく顔を出し、薄い影が長く伸びる時間帯は僕以外に誰も歩く人は居ない。
季節も5月を迎え、桜の散った花びらすらもう道には残っていない頃に、僕は初めて自分で全てを用意したキャリーバッグをガラガラと引きながら、駅までの道を歩いていた。
今年はいい具合に祝日と土日が連なり連休となってくれたGWだが、その分流石に全てをバイト休みというわけにはいかず、学校からのちょっとした課題も出ていたため、前半の僕らは二人、お互いバイトに勉強にと頑張っていた。
そのため少しばかり会えない前半だったものの、そのおかげもあってこうして何の障害もなく後半を迎えられている。
歩を進めながら、頭の中で今日の予定を確認していく。昨日の夜も何度も思い返した日程は、スマホを見なくても時刻まで思い起こせた。
駅で待ち合わせて、東京駅まで電車で。そこからは東北新幹線で北に、一泊だと少しゆっくりも出来ないよねと、奮発して二泊三日の旅行の予定だ。
元々旅行というイベント自体が目的のようなもので、二人であればどこでも良かった。
ただ、いざどこかに行こうかという案を二人で話していた時に、家にある時計を見て、ふと思い出す記憶があった。
『これはなぁ、父さんと母さんが初めて旅行に行った時に買った時計なんだ。ハジメより長生きしてるんだぞ?』
『そうねぇ、桜に鍾乳洞にと、中々良かったわ。貴方たちがもう少し大きくなったら、お父さんと二人でまた行っても良いかもしれないわね』
その頃から変わった生活の中で、変わらず家のリビングで時を刻み続けているその時計を見ながら、両親からかつて聞いたことのあった場所を彼女に告げると、調べる前にそこに行こうと言ってくれたのだった。
正直、親のかつての旅行なんて話半分にしか聞いていなかったのをまさか後悔する事があるとは思っても居なかったのだけれど。でも、ネットで調べながら、ぼんやりとした記憶を辿って予定を立てるというのも、凄く楽しい時間だった。
勿論、共にいて心地よい相手が一緒だからなのだろうけれど。
そう、予定から思考がそれていると、ポケットの中でスマホが震えた。
慣れた手付きでメッセージアプリを開くと、予想通りの相手からの、予定通り家を出て電車にも乗れそうという連絡だった。
それに僕も問題なく家を出てるよと返して、スマホを再びしまう。
(彼女と旅行かぁ、何ていうか、我ながらリア充になったもんだよね)
ただの名前、されど名前というべきか。
和樹と呼び始めて、より気安くなった気がする友人に、呆れたように、それでいてかつてのような厭味も全くない揶揄を受ける時は苦笑して否定しているが、まぁ自分でもそうだよなぁと思う。
高校二年生に上がり二度目のGW。そこに、彼氏としての贔屓目が入るのは避けられないが、学年どころか学校でも一番可愛いのではないかという彼女がいるのだ。
残念ながら、物語と違ってうちの学校にはミスコンなんてものは無いから実際のところはわからないけれど、後輩からも可愛い先輩がいると噂されていると聞いたし、先輩からは言わずもがな。
まぁ同時に、どうやらイッチーとのバスケ勝負とその後の抱き合っているシーンもしっかりと出回っているらしいので、僕もセットで見られたりするのだけれど。
そんな事を考えながら歩いていると、駅が見えてきた。
何度も、一人でも二人でも歩いた道のりだけれど、家から駅までのちょっとした道にさえ、いくつも思い出が貼り付いている。
もう少しで会える。
精々三日ほど会わなかっただけで、会えるのが嬉しいと思うのは、未だに浮かれているからだろうか。
落ち着いているとか、安心感があるとか言われるけれど、何のことはない。
ちょっとばかり他の人よりも、そういう心を誤魔化すのがうまいだけだ。
だって今、こうして鼓動も、歩を進める足も早まっているのだから。
一緒に暮らしたこともあるし、今でも家も行き来すれば泊まることも多々ある仲だ。
遠出という意味では、色々と勢いだったとは言え、長野にも一緒に行ったこともある。
お互いの保護者の理解がありすぎる結果として、随分と高校生という立場の割には濃い関係を紡がせてもらっているのだけれど、こうして改めて二人で予定を立てて、二人で旅行に行くとなるとまた違うようだった。
いや、もしかしたら、いつまで経っても僕は慣れるなんてことは無いのかもしれない。そして、慣れなくてもいいのかなとも感じる。
それは、いつまでもデートだと言いながら仲睦まじくしていた両親の影響もあるのかもしれないし、自分の中にそう言った何か受け継いでいるものがあればいいなと思ったりもしていた。
少し待って、予定通り、滑り込んでくるようにホームに入ってきて、扉が開いた電車に乗り込む。
車両は間違っていないはず。探し人はすぐに見つかった。そしてきっと、僕もすぐ見つけられている。
その証拠に、目が合って同時に華が咲くように、という比喩では足りないほどの笑顔で、彼女が朝を告げる挨拶をくれたのだから。
「おはよう、ハジメ」
「うん、おはよう、千夏」
これはちょっとした、僕と彼女の初めての旅行の話。




