第1楽章 3節目
(何でこいつらは個々人だと凄いやつのはずなのに、二人揃うと会話が馬鹿みたいになるんだろうかな)
真司はそんな事を思いながら、放課後の学校で、二人の佐藤、ハジメとイッチーが会話するのを聞いていた。
元はと言えば、昼休みにはハジメの元に、放課後には真司の元にやってきたバスケ部の勧誘に対しての対策として、部活に行く前のイッチーを捕まえたのだが。
「ということで、イッチーにお願いする権利をここで使おうと思います」
「……何でも言うことを聞く権利、とは言ったけど、出来ないことは出来ないよ? 俺、あの先輩尊敬してるしさ、というか止められない」
そんなハジメの言葉に、イッチーが困ったような顔をするのを、真司は見ていた。
確かに、あの先輩は悪意のない暑苦しさと、体は大きいし強面なのに、どこか憎めない変な愛嬌があるせいで邪険に扱いにくいのだ。基本的にドライな真司ですら少しそう思うのだから、根が優しいところのあるハジメは特にそうだろう。
「僕が負けたら入るって話だったのに、勝ったけど勧誘に負けそうなんだけど」
「お、いいじゃん!」
「良くないよ話聞いてた!? イッチーって外から見てたら完璧超人なのに、何か知れば知るほど適当だよね?」
「あー、それもよく言われるんだよなぁ、でもいいとこだって言われるぜ?」
「…………超人だと思ってたら人間味があって欠点が美徳になるやつね、否定はできないけど」
そうじゃなくて、とハジメが頭を抱える。
普段淡々としているハジメがペースを乱すのは、南野以外ではイッチーくらいだろうか。変な波長の合い方をしているからだろうな、と分析しながら、真司はハジメの前の席でどう話に入ればいいか分からなそうにしている男子生徒を見た。
「で、くだらないやり取りはそこまでにして、こいつは何だ? 確か、お前らの勝負の時に絡んで来てたやつだろ……また何か文句でも言われたのか?」
「あ…………いや……そうじゃなくて」
真司が問うような視線を向けると、男子生徒は急に目をそらしておどおどとする。名前は何と言ったか、石崎だったか石川だったか。そんな事を思いながら観察していると、ハジメがとりなすように言った。
「真司、いきなり威嚇すんなって、石澤が固まってるでしょ…………何かさ、二人にも謝りたいんだってさ」
石澤だったか。
「謝る? 何だ? 情勢が変わったから擦り寄る方に転換でもしたのか? まぁ、空気を読めずに陰口を言い続けるよりは随分マシだろうがな」
「謝るって俺にも? 何で?」
真司とイッチーの言葉に、石澤とやらが目を泳がせながら、言葉を探すように口に出した。
「いや……何ていうか、改めて何でって言われるとはっきり言えないんだけど。…………あぁ、あれだ、二人共、佐藤の……えっと、うちのクラスの佐藤の事を俺が貶したから怒ってたじゃん。だから、それをまず謝ろうと思って。佐藤と南野には謝れたから」
話している内に自分が謝りたい気持ちが何かを探し当てたのか、ホッとしたように言う。
随分と普通のやつだった。髪型や雰囲気はともかく、外見から感じる感覚はハジメと大差ないだけに、逆に違和感を覚える。
「ハジメとそうしているってことは、そこのお人好しは許したし、ハードルの高そうな南野にも許しが出たんだろう? なら、俺がどうこういう話じゃあねぇな」
状況を利用した真司としては、良い火種になってくれたことで感謝してやっても良かった。石澤が一生知ることは無いだろうが。
「あぁ、そういうことなら俺もいいよ。逆にそのおかげで俺、ハジメと勝負できたし!」
逆にこいつは真っ直ぐすぎるな、とイッチーのセリフを聞いて真司はため息を付く。
「まぁ、とりあえずこれで謝罪は終わりってことで。……ところで石澤って、板東先輩と知り合いなんでしょ? あの人が諦めるようなネタ無いの?」
「え、俺? …………とは言っても、普通にあの人が中学の時のキャプテンってだけだったからなぁ。あの頃から変わらない感じの人だし、上手くはないけど慕われてて、ただ、猪突猛進タイプというか、一度こうと決めたら他の興味ができるまではそのままというか」
話を振られた石澤が、そう言うのを聞いて、イッチーが反応した。
「あれ? 石澤って先輩の知り合いなの? っていうかキャプテンってことは、バスケ部だったの?」
「……まぁ、レギュラーでも無かったけど、中学三年間はバスケ部だった、かな」
自信なさげに言うその姿で、まぁ、そこまで熱心なわけではなかったのだろう事はわかる。今は続けているわけでもないようだし、いや、待てよ。
そこで少し思考が収束していく。
「へぇ、ポジションは?」
「それは、SGとかSFで出ることが多かったけど」
「試合は? どんくらい出たことある? 成績は?」
「……まぁ、三年になったら補欠なりにそれなりには、最後は地区大会は突破して、その後の西東京の1回戦で負けた、かな」
それを聞いたイッチーが何かを考えていた。
まぁ、短い付き合いでも何となく分かる。だから真司もまた、口を開く。
「おい、お前、石澤だったか」
「え? はい」
「もしも、少しでも何か謝罪とかそういう風に考えているなら、お前バスケ部に入れよ。それでイッチー、俺とハジメは入らなかったが、とりあえず生贄……じゃなくて、経験者の入部希望者が居るって言ってこいつ連れてけ」
「……時間稼ぎと目線逸らしってこと?」
「そういうことだ、で、あとはちょっと位練習に顔を出してお茶を濁すとかは必要かもしれねぇがな」
真司の言葉に、ハジメがそう尋ねる。
当の石澤とやらは、呆けた顔をしているが、どうせ今の部活も中途半端なのだろう、なら役に立ってもらったほうが随分と世界のためである。主に真司の。
「……俺、一応サッカー部なんだけど」
「何だ? お前引き止められる感じなのか?」
「それは正直…………無いと思う」
「対して、ハジメに聞いた話だけだと、今バスケ部に行ったら経験者は歓迎されるんじゃねぇのか? さっきの先輩とも知り合いなんだろ? …………それにだ、今この話を受けりゃあ、今までにあったことは、完全に水に流してやるよ、ハジメもいいよな?」
石澤が気を取り直したように言う言葉は、現実と少しばかりの期待感で黙らせる。
うちの高校のサッカー部は熱量がある部活でもないし、辞めて入り直したからと言って文句がでるほどでもないはずだった。ちゃんと見返り――というか真司にとっては何も変わらないのだが――を言うのも忘れない。
「……まぁ、別にその条件じゃなくてもそこまで気にしてなかったんだけど。……あくまで石澤が良いなら、良いよ。あのさ石澤、僕はさっきの通り許したし、真司は強引だけど、別に無理しないでいいからね?」
「……いや、いいよ。正直さっきちょっとだけ、先輩に言われて揺れてたんだ。佐藤みたいに、ちゃんとしたいと思ったんだけど、何をしたら良いかもわかってなかったから、それならいっそ――――」
ハジメの言葉に、石澤がそう言った。まぁ、絡んできたときとの態度の違いを見るに、思うところもあったのだろう。
「決まりだな」
そして、石澤はイッチーに半ば連れていかれるように教室を後にし、真司とハジメが残った。
とりあえずこれであの先輩の矛先が少し和らぐといいのだが。根回しもなく、ただ純粋な自身の真っ直ぐな思いを伝えて来るだけの人間は少し真司としても苦手だった。
二人を見送ったあと、改めて教室を見ると、いつもよりも人数がまばらな気がする。華が無いのか、と真司は気づいて呟いた。
「そう言えば、今日は南野は一緒じゃねぇのか? というかいつもの女子共も居ないみたいだが」
「あぁ、それはね…………ほら、来週さ、あれが在るじゃん、バレンタインデー」
ハジメがそう言うのに、そう言えばそうだった、と真司は納得する。と同時にニヤリと笑った。
「……ほう、南野が手作りか、色男じゃねぇか、ハジメ」
「だから、お前が言ったら嫌味にしか聞こえないんだよ……それにお前だってカナさんにもらうんだろ?」
揶揄う様に言うと、ハジメは少し嫌そうな顔をして、そう言い返してくる。
「まぁそうだろうな、あいつが手作りという感じかはわからんが…………そうか、となると一ヶ月後には何か返すものを考えると、手配はもうしておいたほうがいいか」
「…………お前のそういうところは凄いと思うよ。参考までに手配って何?」
「ん? ちょうど家から様子を見に行くように言われていた店があってな。せっかくだから、恋人同伴として視察兼で連絡しておこうかと思ってな」
「おお、そういうのを聞くと、お前がいい家の御曹司だって実感するよ」
「いい家には違いねぇな、それで何か変わるか?」
「いや、変わらないけど…………でも真司がいいと思う店で、なおかつ僕でも予約できそうなとこがあったら紹介して」
「くっく、お前も人のことは言えねぇだろうが。まぁわかった、ランク的には少し背伸びしつつ、大学生とか社会人の若手が頑張ったくらいの店で良いんだろ? ピックアップして後で送っておいてやる。予約が埋まってたら、場合によっては俺の紹介って言っていいぜ、出来ることと出来ないことはあるがな」
家の事でも、特に態度が変わるわけでもなく、しかし敢えて気にしないようにするでもなく、考えて、程よい頼み事をしてくる辺りが、ハジメらしかった。