第2楽章 29節目
千夏と普段通り過ごしているところをイッチーと櫻井さんに呆れられた僕らは、そのままどうするかを迷っていた。
そんな時だった。僕のスマホとイッチーのスマホが同時に震えたのは。
イッチーの方は通話がかかってきたようで、出て何事か話し始めたようだ。僕はそれを見ながら、メッセージの内容を確認する。
『(真司)報告しておく、お前らのお陰できちんと前には進めそうだ』
端的だけど、感謝が込められている気がして、僕は少しほっとしてメッセージを返した。
千夏がそんな僕を見て、同じく少しほっとした気配を感じる。
『(ハジメ)それはつまり、千夏には殴られなくて済みそうってことで合ってる?』
『(真司)多分、な。涙は涙でも、悲しい理由じゃなけりゃセーフだろ』
『(ハジメ)とりあえず把握。千夏達は佳奈さんに挨拶くらいはしたそうだけど、どう?』
『(真司)正直邪魔だって言いたいところではあるが、いいぞ』
そんな返信を見て、僕はふっと笑いを漏らした。
まさか、真司がそういう事を送ってくるとは、意外なものだ。そして、邪魔と言いながら、こうしてメッセージを送って来るということは、本当にうまく行ったのだろう。
「相澤から、だよね? うまくいったんだよね?」
千夏がそう言って、櫻井さんも同じように心配そうな顔でこちらを見てきていた。
それに僕は頷いて口を開く。
「うん。ふふ、うまくいったみたいだよ? 正直邪魔だけど来ても良いぞだってさ」
「邪魔って、あぁそういう事。あはは、でも良かった、それならさっと佳奈さんに挨拶だけして帰ろうか。もうすぐ完全に暗くなっちゃうし」
僕の言葉に千夏は一瞬考える素振りをした後、すぐに納得したようにそう笑って隣の櫻井さんと顔を見合わせて言った。
「そうだね、このまま帰っちゃっても良いかもだけど、まぁここにいるし、この後どうしていくのかも少し気にもなるしね」
「そうだよね……相澤と佳奈さんの気持ちがあったとして、問題が解決したわけじゃ全然無いだろうし。どうなるのかな?」
「確かに私も気になる。本人たちの意思だけってわけでもないんだろうし、難しいところだよね」
「どうかな、真司なら何とかしようとしてるとは思うし、僕らで何か役に立つとも思えないけど。でも、ありがとうって言ってたから真司の中で何か役には立ったんだろうから、何か出来るならしたいよね…………後、少しだけ聞いた話の中で気になってるとこがあるっていうか」
少し不安が残る点について口にした千夏と櫻井さんにそう答えていると、電話を終えたらしくイッチーがこちらに戻ってきたのに目をやる。
「いっくん、電話何だったの?」
櫻井さんがそう尋ねるのに、イッチーは少しだけ首を傾げるようににして言った。
「えーとさ、その前に、相澤は何だって?」
「あぁ、それは上手くいったって。なんでちょっと顔を合わせるくらいしてから帰ろうかなって思ってるけど」
「そっか、もしかしたらちょっと顔を合わせるよりも長くなるかも」
イッチーが僕の言葉に頷いて、そう続ける。
「え? なんで? さっきの電話と関係ある?」
「うん、というか俺もなんでかはわからないんだけどさ、石澤からの電話で、藤堂と法乗院さんも来るって……でさ、真司に電話していいか分からなかったから、とりあえず可能なら伝えて欲しいって言われた」
「……どういう状況?」
「さぁ?」
僕はイッチーと顔を見合わせてお互いに首をかしげながら、とりあえず真司にも連絡をすることにしたのだった。
◇◆
「まさか、息子に連続で呼び出されるとは思わなかったよ。それも今度は随分と綺麗なお嬢さん達だと来たものだ」
「いや……まぁ否定はしないし悪いとは思ってるけどさ」
早紀が後部座席に玲奈と並んで座っている車内の中で、石澤が石澤の父親だという運転席の人と助手席で話している。
二本電話してくると言って戻ってきた後、勝手に決めちゃったけどそこまで遠いところじゃないからとりあえず来てくれるか、と早紀と玲奈に告げた。
そして、詳しい説明はともかくとしてハジメ達を追うということと、何故かそこに千夏と優子も居るということを聞く。先程の玲奈の話を聞いて考えるに、どうやら相澤と佳奈さん、そして玲奈の間には、少しばかり複雑そうな間柄であるようだった。
当の玲奈はというと、どこか納得したような表情で、ちょうどいいかもしれませんね、と呟いていた。
「えっと、石澤……じゃなくて和樹くんにはいつもお世話に…………お世話に? うん、なっています」
「藤堂……不自然な間が空いてっから」
早紀が今更ながらに挨拶すると、石澤がどこか照れたように、それを誤魔化すようにして茶化すように言った。
確かに唐突に親に同級生を会わせるのは照れる。そして、お世話になってるかな?と間が空いたのは事実だけれど、仕方ないじゃない。早紀はそう思って石澤を睨むと、こちらを振り向いていた石澤が肩を竦めるようにして前をむいた。
それを聞いて石澤のお父さんがふふ、と笑い、玲奈がくすくすと笑った。
「……少し安心したよ。こういうのを父親に言われると和樹は嫌なんだろうと思うけれど。さっきの子たちにしても、君たちにしても、いい友人関係を築けているようで」
「いや、それはマジで嫌だからやめてくれよ……でも今日は本当に助かった、駅の方に並びに行ってたんだろ? なのにごめんな」
「これでもタクシーの運転手っていうのは時勢に依るとは言っても意外と稼げてね、このくらい何とも無いさ。息子の彼女…………には随分と、いやかなり高望みが過ぎそうだけど、少なくとも気安そうな友人達のために往復するくらいはね」
「……だからさ、そういうからかい方を父親にされると死にたくなるから本当に止めてくれ」
本当に死にそうな表情をする石澤を見て、早紀に自然と笑みが漏れる。
そしてそれを見て微笑んでいた玲奈が口を開いた。
「あら、意外と高望みでもないかもしれませんよ? 勿論私ではありませんが」
「法乗院さぁ……最近知ったけどそういう事も言うのな」
「玲奈、あんたねぇ」
「うふふ、まぁ何事も未来のことはわかりませんけれどね」
「そうかいそうかい、父親としては嬉しい限りだねぇ」
余計なことを口走る玲奈に、石澤と早紀が文句を言って、石澤の父親がにこやかに微笑む。
そんな風にして和やかな空気の中で目的地として到着した場所には、どういう理由なのか、行動をともにすることが多い友人たちが皆揃っていた。
「ではね、この後は予約が入っちゃったからもう来てあげられないけれど、和樹、これ」
車を降りて、石澤の父親がそう言いながら石澤に何かを手渡す。
「お金?」
「そうそう、あまり帰りは遅くならないように、というのは親として言いつつ、そうも言っていられないこともあるだろうから、その時はタクシー捕まえるなりして送っていってあげなさい」
「……ありがとう、受け取っとく」
そうして走り出した車に頭を下げて、早紀は石澤に言った。
「良いお父さんね」
「……だろ? ちょっと一言多いことがあったりはするんだけどな。さて、合流も出来たしこれで少し何があったか喋っていいか聞けるな」
石澤が少し照れたように、でも誇らしそうな顔でそう言って、こちらに近づいてきた佐藤たちに声をかける。
おそらく早紀が一番事情を理解できていないと思うが、この近くに佳奈さんの家があり、相澤が何かを決めようとしていて。そして、玲奈もこの場に居るということで、何かが始まろうとしているのはわかった。
「ようやく、ちゃんとお話が出来ますね。皆さんにも聞いてもらうほうが良いのでしょうから、色んな意味で良い機会でした」
でも、こう言っている友人が微笑んではいる。
だから、恐らく悪いことにはならないのだろうと、そう早紀は思った。




