第2楽章 10節目
イッチーの家は、失礼な言い方をすると少しだけ古さを感じさせる小さな八百屋だった。
だが、店頭には艶やかな野菜が並べられて、そしてイッチーが渋く歳を重ねたような父親と、ぽっちゃりした優しそうな母親がお客さんと仲良さそうにやり取りをしているのを見て。
何故か不思議とここがイッチーの家なんだな、としっくりきたのが印象的だった。
裏手の玄関から二階に上がって部屋に入れてもらって、和樹は腰を下ろす。イッチーは飲み物くらいは出すから座ってて、と部屋から出ていった。
目に入った本棚には色んな漫画やライトノベルが並んでいて、後はNBAのポスターが貼られていて部屋って趣味が出るよなぁと思いながら辺りを眺めていると、下山が和樹に手を出して言った。
「石澤、上着かけとくよ。貸して」
「あ、サンキュ。ってか二人は結構イッチーの家に来るの慣れてんの?」
「まぁ普通に去年の春からつるんでるから何回かね…………ん? あ――――」
クローゼットを開けて上着をかけてくれていた下山が何かに気づいたような声を出して、どうしたのか聞こうと和樹がしていると、ガチャリと部屋のドアが空いてイッチーが飲み物を持って入ってきた。
「とりあえずお茶で、後ポカリはある」
「サンキュ」
和樹がそう言ってお盆ごと受け取って床に置いて、四人で8畳ほどの部屋に座組のように座る。
そこで、それまで黙っていた上木が唐突に口を開いた。
「イッチー。今まで言ってこなかったこの言葉を敢えて送ろう…………ずりぃぞお前!」
「急に何の話だよ?」
それにイッチーが反応するも、苦笑いしている所を見るに、内容は想像出来ているだろう。
というか急に家に行くことになったのも、上木の「イッチーにとうとう彼女が出来た件について聞きたい」という話から始まっているのだから。
「ばっかお前そんなの櫻井さんのことに決まってるでしょうが。彼女が出来ただけでも羨ましいというのに、地味に男子人気が高く、しかも完成されたものをお持ちの」
「おいこら上木、人の彼女をそういう目でみるんじゃない」
「うるせぇこれは嫉妬の魂の叫びなんだよ……くそーイケメン滅びればいいのに、そして相対的に俺がイケメンになれる世界が来ればいいのに!」
「……嫉妬が清々しすぎるわ」
上木が初っ端からテンション高めでうざ絡みしているのを和樹が笑いながら見ていると、上木がふと和樹と下山の方を交互に見て言った。
「さてお前ら、そろそろ前置きは置いておいて尋問の時間だ」
「いや尋問て、部屋に入るなりこえーわ」
イッチーのそんなツッコミを意に介さずに、上木はまるでそういうドラマなどで証拠物件を見つけた時のように、そっと広げたハンカチの上に乗せたそれを和樹達に見せつけるようにする。
「これは先程そちらのベッドで速攻見つけて、ついつい面白そ……じゃなくて重要さを感じて拾い上げてしまったものだ」
髪の毛だった。少しだけ栗色がかっている。そしてイッチーより明らかに長い髪。
ここはイッチーの家で、部屋だ。まず家族という線が浮かぶ。
でも、先程見かけたイッチーの父母は、イッチーと同じく黒髪だったし、イッチーに姉妹はいない。そして何より和樹達はイッチーに出来た彼女の容姿を知っている。
染めているわけではないのだろうが、栗色がかったロングでもショートでも無い長さの少しウェーブがかった髪。
和樹と同じクラスに居る櫻井優子。イッチーの彼女であり、部活でもイッチーの浮かれ具合から先輩にも名前が知られている少女である。
この髪の毛をがイッチーの部屋に落ちているということの意味を考えて、上木のテンションにイッチーに少し味方しようかと思っていた心はどこかに飛んでいった。
下山を見ると、同様の考えなのか髪をまじまじと見ながら何事かを考えている。
「ふむ、確かにこれは尋問の必要があるな。まさかつい二週間ほど前に付き合い始めていながら、もうお部屋デートとは」
「そうだそうだ羨ましいぞ!」
「これは完全に上木と下山に同意」
完全に三対一の構図だったが、イッチーも抵抗すべく言い訳を重ねた。
「いや、幼馴染でもあるから来たことは何回もあるし、こないだうちで映画見ただけだって。しかも恋愛映画とかじゃなくてB級パニックホラーな」
それを聞いた上木が、下山にわざとらしく聞く。
「と、容疑者は申しておりますがどう思われますか下山さん」
そんな上木に向かって、下山が少しの間をおいて、物凄く大事な事を告げるかの様に重々しく口を開いた。
「それがですね…………実は私、先程上着をかけようと開けたクローゼットで決定的な証拠を見つけてしまいました」
自然と上木も和樹も下山に注目してしまう。イッチーは何を言い始めるのかとソワソワしていた。
そんな三人に向けて、下山が両手を使って長細い箱のようなジェスチャーを意味ありげに形作った。
それを見て、和樹がなんだ? と思っていると、流石は付き合いの長いだろう上木がピンときたようで。刑事ドラマの一場面のように口調を変えて言う。
「何だね? …………まさか、オカモトでも見つけたのかね、下山くん?」
「いえ、違います。サガミでした……使用した形跡は見られませんが、この髪の毛と合わせると時間の問題かと思われます」
「ふむ」
そこまで聞いて二人がやっているショートコントのようなものに和樹は吹き出してしまった。
そして容疑者のイッチーはと言うと。
「ふむ、じゃねーっての! そういうのはそっと見逃しとけよ!」
結構マジで顔を赤くしていた。
学校では中々見られない姿だ。それにも和樹は笑いが止まらない。
「……いやーすまんすまん。マジな話わざとじゃねーんだわ。上着をかけさせてもらおうと思ってクローゼット開けたらさ、色付きの袋の中にちょっと見えちゃったっていうか。見えちゃったらもう見てもいいかなっていうか」
「後の方故意になってるじゃん!? ってかあれだからね、その、念のためというか、とりあえずというか、全然そんな雰囲気になれないというか」
あたふたしているイッチーというのも中々珍しいものだった。
でも良かったかもしれない。使用されていたら、ちょっとイッチーと櫻井を見る時に変に目を逸らしてしまいそうなところだ。
ということで、まだイッチーは卒業はしていないことは判明した一日だった。
藤堂を目の前にして、話題を探して最近のイッチーとの思い出がリフレインされたが、色んな意味でネタに出来ないと和樹は口にするのを止めた。




