第2楽章 8節目
(……昔、手ってどうやって繋いでたっけ)
優子と並んで歩きながら、手を伸ばせば届く位置にあるそれをチラチラと見ながら、俺はそんな事を考えていた。
何でも相談し合おうとやり直しを始めても、先程みたいに次のデートでは頑張ったランチじゃないでいいよと言われてそう言える関係がありがたくても、流石に今そんな事を考えているとは言えない。
映画を見て、お昼を食べて、次に向かったのはゲームセンター。改めなくても定番といえば定番だった。
とはいえ定番には定番の理由がある。
バイトしてない身からすると、小遣いの範囲で出費をコントロールしやすくて、楽しめて、時間も潰せるとなると、選択肢がゲームセンターか、後はカラオケか漫画喫茶位になるのは仕方ないと思う。
部活のメンツと外で遊ぶならボウリング、ダーツにビリヤードも選択肢に増えるけど、優子はアクティブなのはそこまで好きじゃない。
カラオケを外したのは何となく。
俺も優子も歌うのは嫌いじゃないし、二人で行くと少しコアなアニソンもいけるから楽しかったりする。ただ、やっぱり密室は少し気になった。
部屋に入れた事もあるのに何をと思われるかも知れないけれど、何だか密室とか二人きりって言葉に昔より反応してしまうのは、中学生と高校生の違いなのか、それとも俺の問題なのかは謎だ。
「あ、いっくんあれやろ?」
結局手は繋げないままに順調にゲームセンターに着いて、入って早々優子が指さしたのはガンシューティングゲームだった。それもゾンビを倒していく系だ。
UFOキャッチャーを巡ってぬいぐるみを見るでもなく、真っ先にガンコンに触れに行く辺りにこれまで培ってきた趣味が垣間見える。
それは当たり前の様に頷いて、立ち位置を確かめる俺もそうだが。
◇◆
「うー、流石に久々でラストステージは無理だったかぁ。それにしてもやっぱり楽しいね! 千夏ちゃん達と行くときはこの辺は出来ないからさ」
家のコントローラーでやるのとは勝手も違うのと、こうして二人で来るのは久しぶりでもあるのでミスもあった事に悔しがりながらも、優子は久々のゲームセンターを楽しんでいた。
「やっぱり女子だけだとこういうゲームしないの? はい、紅茶でいいよな? さっきゲーム代出してくれてるからこっちは奢り」
二戦しつつ、流石に一息とベンチに座ると、いっくんが自動販売機でペットボトルの飲み物を買ってくれる。何も言わないでも好みの飲み物をくれるのは、何だかんだで付き合いが長いから。
きっと本来は必要であろうすり合わせの癖が無かったからの曖昧な一年間だったのだろうけど、自覚した今では気楽さが先にくる。
「うん、ありがと……そうだねぇ、皆が皆しないわけじゃないと思うけど、私達はしないかな。皆あまりゲームしないから。あ、千夏ちゃんは最近ハジメくんの影響でゲーマーになりつつあるけど」
受け取ってキャップを開けながら、千夏の言動に所々ゲーム知識が交じるようになった事も含めてそう答えると、いっくんも思い当たるような表情で頷いた。
「あぁ、ハジメの家でやり込んでそうだな…………何か住んでそうだったし」
「そっか、いっくんはハジメくんの家に行ったことあるんだっけ? どうだった? もしかして愛の巣だった?」
そして、いっくんが何かを思い出すように呟くのに、少し冗談交じりで優子は質問する。
「……否定できないな。その、ハジメの家って一人暮らしじゃん? ご家族の――――」
「うん、それは前に教えてもらってるから知ってる。だからあれだけ料理も上手くてバイトもしてるんだよね。尊敬する」
「あぁ、それは俺も同意なんだけどさ……」
「けど?」
ハジメの家の事情は、千夏がよく泊まりに行っているのがわかった時に、本人の口から軽く聞いている。優子には想像もつかないけれど、それで学業にも影響なくきちんと暮らしていけている時点で、目立たなかったながらにハジメの能力の高さを表しているようで、優子も、きっと他の友人達も尊敬していた。
ただ、いっくんの言葉の濁し方はそれとは別のようで。
「何か誤解を恐れずに言うと、一人暮らしの家って感じじゃなかった。その…………手を洗うために洗面所入らせてもらったら明らかに女性者の髪ゴムとか化粧品とか。多分うがい用のコップとかも二つあって」
「…………おお」
「後これ言ったと思うけど、俺が帰る時、鍵を開けて南野が帰ってきたから」
「…………」
いっくんが何とも言えない表情でそう言うのに、優子は無言になる。
是非一度行ってみたい。何とかして機会を作れないものだろうか。
「部活で、優子とは実は幼馴染で、家が近くて恋人になったって言ったら色々邪推されたけどさ、それより余程あいつらの方が飛び越えてると思うんだよね」
「ふふ、うちに歯磨きでも置いてみる?」
「……ちょっと憧れる」
「あはは、いやでもわかる…………いつか、ね」
「…………」
いたずらっぽく言ってみると、凄く素直な言葉が返ってきて笑ってしまう。
いっくんが赤面しているように見えるのは想像したのだろうか。
――――確かに歯磨きが並んでいるのを考えるのは照れくさかった。
◇◆
夕暮れ、駅で降りて優子と家までの道を歩く。
凄く凄く楽しかったけれど、未だにデートに行く前に自分に課したミッションはクリアできていなかった。
(やべぇ、家に着いちゃうんだけど。中学の時ってどうしてたっけ、いや、でも)
内心で少しばかり焦りながらも、こういう時にスマートに手をつなぐ空気にするスキルはラーニングできていなかった。
そんな俺に、優子が何気ない口調で言う。
「ねぇいっくん、春が来たとは言ってもさ、やっぱまだ寒いよね」
「え? あ、そうだな。暑かったり寒かったりだよなぁ」
今日は風は強いけれどそこまで寒すぎることはないけれど、優子は可愛いスカートだし足が寒いのかなと、後から思えばあまりにも見当外れなことを思いながら俺は返した。
「…………手も結構冷たくなっちゃったよ、ほら」
それに少し不満げな顔をして、でもその後に仕方ないなぁとでも言いたげな表情に変えて優子は告げるて、手を口の前にしてはぁと、息を吹きかけて、差し出してくる。
「え……? あ――――」
そこでようやく、差し出された手に優子の意図が分かった俺は狼狽えてしまう。
でも、身体は勝手に反応して、差し出された手をそっと握った。
「……肝心なところで世話が焼けるんだから」
「面目ない」
「でもそう言うところも含めて、好きだよ? 今日凄く楽しかった、ありがとね」
「……うわー。前までハジメが凄いと思ってたけど、今は俺が一番幸せな気がする」
「あはは、こういう風にさ、ちゃんと言葉にするのが大事ってホントだね。…………さ、帰ろっか」
少し照れて笑い合いながら、しっかりと繋いだ手を離さないように、でもこの時間が少しでも長く続くように心持ちゆっくりとした歩幅で歩く。
先程までは二つだった夕日に照らされて出来た影が、しっかりと一つの影に見えるようになっていた。




