第2楽章 7節目
春休みになり、駅前のショッピングモールと映画が併設されている場所では、俺達と同じ様に休みを満喫している学生がいくつもグループを作っている。
あの日、想いを伝えた結果再び恋人同士になった俺と優子は、改めての関係になって以降初めてのデートに来ていた。
「いっくんさ、どの映画にする? この監督さんの新作アニメもいいよねぇ」
優子が少しそわそわしながら映画館の前の看板を指さしてそう言ってくるのに、思わず笑みが溢れながら俺は告げる。
「くっく、いやそれも勿論みたいけどさ、優子完全にあのB級臭がしすぎてるサメ映画に目が惹かれてるでしょ」
「…………げげ、バレてる。だってさほら、26メートルの古代サメのパニック映画だって、これは惹かれるでしょ! でもさぁ、流石に私としてもこうして恋人に改めてなった初めてのデートのスタートがこれはちょっとまずいんじゃないかと思わなくもないわけですよ」
「あはは、まぁそれでも良いっしょ。大体こうして映画デートは久しぶりだけど、こないだうちに来た時だってB級映画二本見たじゃん」
「あ、あれはまさか2作目があるとは思わなかったから…………っていうかいっくんだって結構好きじゃん!」
「ええ? 優子の趣味の方が強いでしょ?」
「違うっての、大体私がB級映画見るようになったのは元々いっくんのせいだからね!?」
「……そうだっけ?」
「そうだよ、中学の時にめちゃくちゃ笑えるからって言って勧めてきて、一緒に見たでしょ? あれが元で意外と面白いのかもって思って、しかも5作に1作くらい名作が混じってるからハマっちゃったんだよ」
「あはは、俺としては好きな子が自分と一緒にくだらないの笑ってくれるの嬉しいと思うけど」
「…………いっくん、急にその恋人ムーブはずるいからポイントダウン」
「何でだよ!?」
「うるさい、乙女心は複雑なの! ……とまぁそれは置いておいて、そろそろ時間だし実際どっちにするか決めないとねぇ」
そんな風に言い合っていると、優子がふと周りの視線に気づくように無理に話を戻して俺の袖を引くようにして少し近づいた。
くだらないことを言い合いながら笑っている中で気安い幼馴染の距離感から、急に恋人の距離感になった気がして肩と肩が触れるのにドキッとする。
ずるいのはどっちだか。今日はずっと心臓が高鳴りっぱなしなのはこちらだというのに。
不思議だった、そういう関係が疲れたと言われて一度駄目になって、その後幼馴染に戻っても結局出来なかった気安さが今頃戻ってきてる気がして、でもちゃんと恋人同士で。
気安いけどドキドキして、幸せが募っていく。そんな事があるのか、と思った。
去年の春とは違って、随分と嬉しい春休みである事は間違いなかった。
◇◆
結局恋愛ものの、描写が物凄く綺麗で有名な監督の新作のアニメーションを選んだ。
最後まで迷っていたけれど、じゃあまた上映中に来ようよ、といういっくんの言葉に頷いて、優子は初デートは恋愛映画を見たという世間体を取った。
いや、誰に何かを言われるわけでも無いのだけれど。
いっくんが買ってくれたチケットを受け取って暗がりの映画館の中に入る。何だかんだで、身体に響く音質の音楽と共に大きなスクリーンに映し出された物語に引き込まれていった。
「映画、凄い良かった。私泣いちゃったよ、やはり王道は王道でいいねぇ」
「うん、俺もちょっとうるっときた。ふふ、優子も楽しめたなら良かった」
優子が少し目を擦りながら言うと、いっくんが驚くほど優しい声でそう答えてくれる。
見上げた先の瞳はずっと優子の方を見ていて、急に優子は落ち着かなくなった。
さっきまで馬鹿みたいな話をして、肩が触れ合う距離で並んで映画を見て、という時には平気だったのに何故か急に心臓が活動を活発化させる。
会話してる時もそうだ、気安さの中で、さらっと好きとか言ってくるからドキッとさせられる。
後ろに居た人の、カッコいい彼氏いいなぁ、というような声が聞こえてきて、ちょっと袖を掴んでみたりしてしまった自分も自分だった。少し落ち着かないけど嫌ではないふわふわした気分。これが浮かれてるという事だろうか。
「どうかした?」
「ううん、何でもない。良い時間だしお昼行こうよ。どこ行く?」
そんな事を考えていたら、少し視線に心配さを含めて尋ねてくるいっくんに首を振って答えて、優子はお腹をさすりながらそう言った。
「オッケ、実はリサーチしてあるんだよね。優子が好きそうなフルーツ系のスイーツがオススメらしくて」
「おお、流石いっくん! ポイントが高いよ」
「ちなみにそのポイントは貯まるとどうなるの?」
「……それは貯まった時のお楽しみ」
そんな会話をしながら近くのカフェに向かう。
テーブルに着いた後いっくんは、メニューを見ながら何を注文するか悩んでいた。
確かに優子が好きそうなメニューが並んでいる。けど――。
「ねぇいっくん」
「うん?」
「ここの量だと絶対物足りないでしょ? でも、私が好きそうなものばかりでありがとね」
きっと本当に下調べをして、優子のことを優先してくれたのだろう感謝を素直に伝えると、いっくんは照れたように鼻の頭をこする。
「…………いや、うん。どういたしまして」
「ってことでさ、三つ頼んでシェアして食べようよ。ちょっとお金はかかるけど、実はいっくんとデートって言ったらお母さんが軍資金をたんまりくれたんだよね」
そんないっくんに、優子はそう言って鞄の中をポンポンと叩いてえへへと笑って見せた。
実際デザートは優子多め、メインはいっくん多めでちょうど良いだろう。
「ただし、次もそうはいかないから、二人共満足できそうなとこに行くこと。ガストとかサイゼとか」
「……やべぇ、俺の彼女が最高に良い子すぎる。ありがとう、優子」
「でしょでしょ?」
優子は軽くそう言いながら、ぽろっと溢れるように言われた言葉に少し顔が赤くなった気がして頬に手を当てた。
全く、時々ヘタれたり、幼馴染っぽいやり取りをする時は気安い癖に、急にそういう彼氏感を出すのはずるいと思うのだ。




