閑話四
「中々濃いメンツが揃った友達じゃあねぇか」
「まぁね。叔父さんほど濃くは無いけど…………安心した?」
僕は、叔父さんがそう言ってくるのに頷きながら答えて、質問を付け加える。
なんだかんだでずっと、僕が一人では無いかを気にしてくれていた叔父さんに、計らずして皆を紹介出来たのは良いタイミングだった。
「あぁ、これで安心してまた仕事に行けそうだ」
「本当に仕事が趣味と言うか、人生そのものを地で行ってるよね。いつ行くの? 流石に今日は泊まるんでしょ?」
「…………あぁ、明日の便かな。その後は東北伝いで北海道に飛んで、その後はベトナムの方にな。だから確かにタイミングはいいっちゃいいんだがその……先方はいいのかね? こんな急に」
僕の言葉にいつも通り過密なスケジュールを伝えつつ、それでいて珍しく気を遣うようなセリフを吐く叔父さんを珍しそうに見つつ、ただ、気持ちは少し分かるので安心させるように頷いた。
「うん、というか千夏が連絡したら挨拶だけでもって言ってくれたのは涼夏さん――千夏のお母さんの方からだから。いつもお世話になってるし、僕としても叔父さんに紹介できるのは嬉しい。僕の事情を知っているとは言え、保護者に会いたいとは向こうも思っているだろうしね。ただ、叔父さんがそれを聞いて予約までしてくれたのは驚いたけど。でも、ありがとうね」
「……俺が仕込んだとは言え、お前本当に高校生らしくねぇ子供になりやがったなぁ」
少し呆れたような顔で言う叔父さんだが、本当に誰がどの顔でと言ってやりたい。
でも、お陰で今ここに僕はこうしていられるのは確かなので、せっかくだからと言葉にする。
「お陰様でね。それに正直、千夏と出会う前から感謝してたけどさ。料理とかお金のことだけじゃなくて、いつを想定して教えられてるんだ、みたいなちょっとしたレストランの予約とかさ、初対面の大人への接し方とか、千夏と出会ってから色々あったから、感謝してる。本当にありがとう」
「…………大丈夫、だとか、気にしないで、ばかりだったお前が泣かせること言うようになったじゃねぇか。本当に、千夏ちゃんには感謝してもしきれねぇなぁ」
嘯くようにしながら顔を背ける叔父さんを見て、少し笑う。
斜に構えたことを言うようで、自分の言葉通りに本当に涙もろい人なのだ。
『(千夏)お母さんもうちも用意できたよ、というか場所って本当に合ってる? お母さんが当日予約できるような所じゃないんだけどって言ってるんだけど』
『(ハジメ)うん、叔父さんがね。……ほら、軽く話した結果、感謝の気持ちを少しでも表したいみたいで、その、逆に気を遣うと思うんだけどここは我儘を聞いてあげるつもりで来てほしい』
叔父さんが予約してきたのは、東京の郊外にある料亭の一室だった。
何でも以前仕事した関係とかで個人的なコネがあり、通されたのだとのことだが、基本的に一見さんは受け付けない場所らしい。
ちなみに普段は牛丼やカレーのチェーンで済ます事も多い人なので、おそらく本当に張り切っているのではないだろうか。
「叔父さん、千夏たちも用意できたって、僕らも向かおうか」
「あぁ、千夏ちゃん達の家からもそこまで遠くはないだろうし、ちょうど融通が効いてよかったぜ」
そうして、僕は叔父さんと共に、千夏と涼夏さんと夕食を食べに行くために家を出たのだった。
◇◆
少しフォーマルな格好に着替えた千夏と、そして同じくぴしっとした姿の涼夏さんと合流して、ひとまず奥の一室に通される。
着物姿の年配の女将さんが物凄く品のある仕草で案内をしてくれるのだが、慣れていない僕と千夏は緊張し切りだった。
流石に叔父さんと涼夏さんは内心は分からないが堂々とした佇まいで案内されていく。
「……ねぇハジメ、思った以上に格式が高いんだけど」
「大丈夫。大丈夫じゃ全然ないけど僕も結構ビビってる。……涼夏さん凄いね、何か慣れてるのかな」
「どうだろ? ただ、お店の名前で調べもせずに知ってはいたから、仕事とかで知ってるのかも」
僕と千夏が小声でそんな事を言い合いながら大人たちの後をついて部屋に入ると、そこには前菜にしては随分と豪華な品が既に並べられていた。
そして、奥側の席へと涼夏さんと千夏を誘導した後、手前に叔父さんと僕が並んで座る。
何だろう。完全に顔合わせっぽい雰囲気というか、お見合いでもするみたいだ、と僕は思っていた。
向かい側の千夏も同じようなことを考えているのではないだろうか。
「ふふ、急なお話なのに、こんなかしこまった場所にお呼び立てしてしまって申し訳ありません。私、ハジメの叔父で、佐藤翔と申します。お話は伺っておりましたのに、保護者として一度もお会いできていなかったお詫び。そして何より、私の大事な家族がお世話になったお嬢さんとその親御さんへの感謝ということで、少しばかり個人の伝手で場所を取らせていただきました」
そして、叔父さんが改めて涼夏さんへと背筋を伸ばして挨拶をする。
それに答えるようにして、涼夏さんもキリッとした佇まいで挨拶をした。
「こちらこそ、この度はお招き頂いて感謝します。ハジメくんとお付き合いさせていただいている、南野千夏の母、南野涼夏と申します。……ふふ、正直お世話になっているのは私共の方です。ハジメくんは最初に出会った時から驚くほどに礼儀正しい子で、どんな風に育てられたらこんな良い子になるんだろうと思っておりましたので、お会いできて光栄です」
そして、二人共そこまで話した後で、お互いに笑った。叔父さんが口を開く。
「さて、堅苦しい挨拶はここまでにさせて頂きましょうや。正直、もうハジメと千夏ちゃんの仲については、何の反対もないどころか本当に感謝でしかなくてですね。ただせっかくだから美味しいものでも食べながら話させて頂く機会があればと思ったくらいなんですよ」
「ふふ、それはありがたいですね。ええ、私としてももうハジメくんのところに嫁がせたような気持ちでおりますから、是非末永く宜しくさせていただければと。……あ、せっかくなのでお注ぎしますよ」
「あ、こりゃまたすみません。では返杯を、アルコールは大丈夫なお方ですか? 無理はなさらないでくださいね」
「仕事でも飲むこともありますし、嗜み程度には大丈夫です。ありがとうございます」
大人同士、お酒を酌み交わしているが、その中で千夏が言葉尻に顔を少し赤らめて反応する。
「ちょっと! お母さん何言ってるのよ…………その、まだうちら高校一年生だし」
「あら? 私としては気持ちの問題を言ったまでよ。そうねぇ、貴女が愛想つかされちゃう可能性も無いわけではないし、縛るつもりはないんだけど、そうなるといいわねぇと思っているわ」
「はっはっは、千夏ちゃんがハジメの相手になってくれるなら、婿でも嫁でも好きにしたら良いさ。ハジメもいい加減なつもりじゃないんだろう?」
それにからかうように涼夏さんが言葉を発して、叔父さんが追随するように僕にも振ってくる。
会ってすぐなのに、それぞれ自分の甥と娘をからかうのにチームワークが良すぎやしませんかねぇ。
「…………まぁそりゃあ、ずっとこのまま一緒にいれたらいいなと思ってはいるけれど。僕らまだ一年も付き合ってないんだよ?」
「へぇ、自信がねぇってか? それは甥っ子として情けねぇなぁ」
僕がそう煮え切らない返事をすると、叔父さんがふむ、と突っ込んでくる。
いやだってね、そりゃずっとこのまま先も、とは思うし努力もするつもりだけど。
「うぐ……そういう訳じゃなくて一般論としてさ」
そう思って言い訳のような言葉を連ねると。
「こんな時は一般論なんかどうだっていいんだよ。ほれ、隣でちょっと不安げな顔してる彼女に安心させる言葉はねぇのかよ」
あっさりとそう言い負かされて千夏を見ると、顔は赤いままながら少し期待した目でこちらを見ていた。
――――始まりは大人と子供の2対2のやり取りだったのに、千夏がそっちに回ったら3対1では。
「あらあら、千夏貴女もそんな受け身でいいのかしら? 捕まえておくくらいの気概でいなきゃね」
「いや……勿論うちはもうずっと一緒にいるつもりよ? ハジメに嫌って言われないように努力もちゃんとするけど、それ以上に一緒に成長していくもの、どちらが捕まえておくとかじゃないわ」
涼夏さんのからかいに、千夏がそう断言するのを聞いて、僕も少し顔が赤くなるのを感じながら叔父さんを見る。
「僕も…………先のことで絶対なんて言えないけれど、来年も、再来年も、その次も、叔父さんと涼夏さんとこう食事させてもらえるつもりだよ?」
「ふふ……まぁ合格かどうかは俺の判断じゃあないからな。涼夏さん、何にしても、末永く、よろしくお願いしますね」
「ええ、勿論です」
スマホが震える。見ると、目の前の千夏からだった。
聞かれるには恥ずかしいからメッセージで送ることにしたようだ。声の届く位置でスマホのやり取りというのも変だが、僕としても会話だと割り込まれそうで助かる。
『(千夏)うう、お母さんも悪ノリしてごめんねぇ』
『(ハジメ)いや、こっちの叔父さんがでしょ』
『(ハジメ)まぁ仲良くできそうで何よりだけど』
『(千夏)でも、ずっと一緒ってのは本心だからね!』
『(ハジメ)僕もだよ、それに』
『(ハジメ)そういう事を言う時は、ちゃんと二人の時に言うから』
「…………うふふ」
「あらどうしたの千夏、そんなデレデレした顔をして、ハジメくんに嬉しいことでも言われたの?」
「お母さんには内緒」
そんなやり取りをしている親子を見ながら、叔父さんがぽんと肩を叩いていった。
「良かったじゃねぇか…………本当に、な」
「うん、僕もそう思うよ」
その夜は、とても楽しい一日だった。
そして、帰りに千夏と涼夏さんをタクシーで送り届けて、その後久しぶりに家で過ごした叔父さんは、翌朝仏壇に少しばかり長い時間語りかけて。
「じゃあまたな、千夏ちゃんと喧嘩するんじゃねぇぞ」
そう言って颯爽と去っていったのだった。




