第1楽章 21節目
バスケの一試合が終わり、佐藤は南野の元へ、相澤は彼女の元へ、そしてイッチーは藤堂と、となって手持ち無沙汰となった結果、和樹は一人でトイレに行ったのだが。
何故か今、佐藤の叔父という男性にジュースを買ってもらう事となっていた。
尤も、難しい経緯ではなく、トイレに行った際に空いた場所の関係的に隣合って立つこととなり、和樹が何となく気まずい雰囲気を一方的に感じていると佐藤の叔父さんが話しかけてきただけだったのだが。
「確かお前さん、ハジメの友達の子だよな? あいつは、学校ではうまくやっているかい? …………まぁ、あれだけ可愛い彼女がいてうまくいってないなんてこたぁ無いんだろうが」
「そうですね……一言でいうと完全にリア充として見られてますね。今は、ですけど」
学校でうまくやっているかという質問には、今の佐藤と昔の佐藤。そして、昔の自分。それらが連動して和樹の頭の中に浮かび、和樹はその質問にはそう答える。
ただ、答えた後で余計な事を足してしまったとも思った。
「今はってことは、やっぱり昔は違ったのかい?」
案の定、和樹の煮え切らない言葉尻に、佐藤の叔父さんは引っ掛かりを覚えたようだった。
「その…………」
「はは、とは言えここでする話じゃあ無いか。せっかくだ、ちょっと時間あるかい? もう次の試合?」
和樹が何と答えたものかと迷っていると、用を足した叔父さんは手を洗いながらそう聞いてくる。
「いえ、ちょっと休憩しようと思ってたので、大丈夫です」
それに場の流れに流されるように、そう答えた結果、和樹は今こうしていた。
和樹は初めて来る場所だったが、佐藤の叔父さんは慣れているのか、迷うこともなく自動販売機とその前のベンチの元へ向かう。「何飲む?」と聞かれて温かい紅茶をリクエストして、受け取った和樹は改めて話すことになった。
とは言えそこまで長い話にはならない。
話したことは、和樹の少しばかりの後悔の独白と謝罪、そして今となっては尊敬していることくらいだった。
そして――――。
「そういう訳なんで、俺は佐藤の友達だって胸を張れないんですけど……あいつはいいヤツでこうして友達扱いしてくれますし嬉しいと思ってます。とまぁ、そんな事があって、今ではもう、学校でも誰も馬鹿にするようなやつは居ないですね。……勿論南野の彼氏として羨ましがられていることはありますけど、それは仕方ないかなって」
「そうか…………ありがとうなぁ。あまり話したいことでもなかったろうに聞き出しちまってすまんかった」
「いえ、何ていうかその……俺は最近、佐藤みたいな感じになりたいなって思ってるんで、変に嘘つくのもなって」
文句の一つこそ言われても仕方ないが、まさかお礼を言われるとは思わず和樹は頭をかいて少し照れてしまう。
「いやぁ、実際自分でしたことを悔やんで、その後何かをしようと思えてるんだろう? ……大人だってそれができないような奴は沢山いる。お前さんはちゃんと凄いよ」
そう言ってくれるのを聞いて、和樹は、あぁこの人は佐藤と同じで、話す言葉がきちんと重いんだなと思った。
そして嬉しいとも思う。だから何気なく相談のような言葉を和樹は呟いていた。
「でも、何だか俺の言葉って自分でも思うんすけど軽いんですよね。……元々つるんでた奴らといる時は皆そんなもんで、意識したこともなかったんですけど。最近環境変わって一緒にいるやつは何か大人なやつが多くて、凄いって思うと同時に自分が情けなくなることもあるっていうか」
「……へぇ、そんなに急いで大人になりたいのかい? まだ高校一年生だろうに。おっさんからすると大人になんて急いでなるもんでもないぜ?」
「いやぁ、そこまで悩みってほどでも無いんですけど。佐藤とか見てると何だか……勉強とか、部活とか、何を頑張れば重たい言葉をちゃんと言えるやつになれるのかなぁって思うんですよね」
和樹がはは、と苦笑いしながらそう言うと、叔父さんは少し考えるようにして答えてくれた。
「…………ふむ、そうだなぁ。じゃあせっかくの縁だから、一つばかりおっさんからのアドバイスでもあげようか。ふふ、これでも俺のアドバイスってやつは高いんだぜ?」
「え? いいんですか? めっちゃ嬉しいですけど」
「……くく、そうやって言えるお前さんはもう、大丈夫だとは思うが。久しぶりに会った後輩いわく、説教臭いと言われようとも、説教の一つもできないおっさんに魅力は無いらしいからな。重くなる。重くなるか、そうだなぁ」
そう笑う様子は、和樹からみて全くおっさんには見えないのだが。
自分の父親などと比べて、随分とカッコいいよな、と思う。
「まず、さっき勉強って言ってたがなぁ。学生の本分は学校の勉強、なんて言うけどありゃ嘘だ。実際そんな頭で覚えようと思ってした勉強なんてもんのことは、社会人になったら全部忘れてしまうくらいのものさ。ただし、学び方ってやつはちゃんと学んでおくんだぜ? 自分にとって一番いい学び方ってのを知るのが、学生としての大事なことだ。学ぶって事自体は、学生とは関係なく必要な目標に向かって一生やるもんだからな」
「…………」
「でだ、学生の本当の本分は、目一杯青春するって事だ。若いうちから変に斜に構える必要も無い……頭で考えるんじゃなくて、心で感じてちゃんと向き合ったことだけは、本当にずっと残るもんでな。それをどれだけ積み重ねられるかってのがお前さんの言う重さとか、厚みってやつに繋がるんだと俺は思うよ。そして、若いうちに積み重ねた差ってやつはな、大人になったらもう取り戻せない差になるもんだ」
「…………重さで、厚みですか」
和樹は、これまで何かを相談して、それにきちんと言葉で返してもらった経験は無かった。
だから今、答えてくれている言葉は、意外なほどに和樹の中に染み込んでいく。
「…………そうだ。そしてな、今日この瞬間の自分が一番若えんだぜ? 俺みたいなおっさんも、学生のお前さんもな」
「……俺も、何かできますかね?」
「できるさ。世界ってやつは、思ったより自分次第で変わるんだ。……どこにでも行けると思ったら、広いし自由だしな。逆に何処にもいけないとか、何も出来ないとか思ったら、いくらでも狭くて不自由になんだよ」
「確かに……それは少しだけ分かる気がします」
中学の時から、いや、それこそ小学校の頃からか。
和樹はずっと自分に自信が無かった。だから虚勢を張って、人を見下すことで自分が上に立ったように思い込ませていた。
でも、変わりたいと思って、たった一つの謝罪と、それを受け入れてくれた佐藤を見て。
そして中途半端な自分を受け入れてくれ始めているバスケ部という場のお陰で、ここ数週間だけなのに随分と変われた気がしている。
「さっき話してたお前さんの昔じゃないが、別に失敗したって良いんだ。生きてさえいれば、今日駄目でも明日がある、明日駄目でも明後日があるんだからな。大事なのは、昨日より進んだと今の自分が思えることだ…………そのためには失敗しようが成功しようが、何かをしなきゃいけねぇ」
「……何だって良いんですかね? 」
「良いのさ。やってみればやりたいことも出てくるもんだ。それに向かって勉強なり努力なりすればいい。そうして、積み上がった結果の人間味ってのが、魅力ってやつだ。…………それを、俺の甥っ子に感じてくれてるならそれはありがたいことだがな。あいつはあいつで、お前さんはお前さんだろう?」
そう言って、さてそろそろか、と叔父さんは立ち上がった。
もう叔父さんの持っている缶コーヒーの中身は空っぽになっている。
「さて、五分程度のおっさんのアドバイスだったが、ちったぁ役に立ったかい?」
「……うす、ありがとうございます! まだ、じゃあどうすれば良いかはわかんないっすけど。とりあえず誰かと比べたりしないで、一日一日頑張ってみるっす」
「おう、迷え迷え、それが許されるのも学生の特権ってやつだからな」
そう言って、自称おっさんは、積み重ねた結果であろう魅力的な笑みを残して、コートの方に歩いていった。
(……とりあえず、いつかあんな大人になれるように、頑張ってみるかな)
和樹は、何とも言えぬ感覚と共に紅茶を一口飲んで、そう思う。
何となく来た今日だけれど、来てよかったと、そう思った。




