第1楽章 19節目
「なるほど、そういう事か…………櫻井、すまん、俺からも謝る」
「え? …………ううん、そもそもそんなに私も気にしたわけじゃないし」
カナさんに一言二言だけ話を聞いて何やら把握したらしかった相澤くんにそう謝罪されて、優子はそう言って笑みを作った。
実際、言われたことが気にならないかと言えば嘘だが、不快感という意味では全く気にしていない。
謝罪は謝罪として受け取りつつ、それが本心であることも伝わったのか、その後は会話を続けることはなく、相澤くんはカナさんに改めてタオルを貰って汗を拭っていた。
カナさんは少し申し訳無さそうにこちらを見ているが、笑みを向けることで気にしていないことを伝える。
それに、相澤くんが来たということはと思ってコートを見ると、先程の試合は案の定終わったようで、いっくんと早紀の二人を残して、各々休憩に向かっているようだった。
相澤くんも、それで彼女の元に来て、声をかけたのだろう。
残っている二人は、何やら話をしながら、コートとゴールを見ながら並んで話していた。
(あぁ、絵になるなぁ……)
優子はそれに少し見入ってしまう。
早紀の身長は高い。いっくんの肩より少し上に頭があり、美人でモデル体型な早紀が、同じく顔立ちが整っていてモデル体型のいっくんとボールを持ってコートに並んでいると、まるでバスケット漫画の一シーンのようだった。
「なぁ櫻井、この際だから一つだけ聞くが…………お前、その在り方、疲れないのか?」
意識をそちらに向けていたせいか、再び相澤くんにそう声をかけられた時に、優子は止まってしまう。同時に意外だと思った。カナさんの柔らかな雰囲気に対して、相澤くん自体は人に干渉するタイプではないと思っていたから。
「…………」
いや、その感覚自体は正しかったのだろう。
優子の無言を肯定と受け取ったのか、それとも違う納得の仕方をしたのか、相澤は特に興味は無さそうな顔をして、言葉を続けた。
「……まぁ別に、無理にどうこうとは思わんがな。単純に疑問に思っただけだ……こいつがずっと気にしているようだったしな」
その言葉にカナさんを見ると。
「改めてごめんねぇ…………あたしが余計な事言っちゃったばかりに、せっかく楽しくお喋りできそうだったのに」
「いつまでもうじうじとしている場合か、歳上の癖に子供みたいに」
「だってさぁ……高校の時もそれで失敗してるのに、どうしても強く感じたら言葉に出ちゃうっていうか。自己嫌悪にもなるよ」
大人のお姉さんのようにも思ったカナさんのその甘えたような声と、それに対しての言葉とは裏腹な相澤くんの表情の優しさを見て、ふっと優子は笑ってしまう。そして言った。
「意外だね、相澤くんは、そういう事を他人に言わない人な気がしてた。それにカナさんとも思った以上に仲良しなんだね。カナさんも、本当に気にしてませんから、興味はちょっとありますけど。…………ふふ、わかるんですよね?」
「仲良し……? いや、そんなことは無いし、俺が他人に興味が薄いのもお前の見立て通りだが」
「ありがとー優子ちゃん、良い子だねぇ…………それに真司はこんな事言ってるけど、全然そんな事無いんだよ―? こう見えて、物凄い優しいんだから!」
優子の言葉を相澤くんが否定するも、続けてぶんぶんと首を振るようにして、カナさんが被せて言葉を発する。
「何でお前が代わりに答えるんだ…………ったく、何にしても櫻井。お前らの事情について詳しく知っているわけでもない。本当にただ、疲れやしないかと、そう思ったから言っただけだ。気を害したならすまんが流してくれ」
それに呆れたようにして、相澤くんはカナさんを見た後に、ふといっくん達のいるコートに目を向けながら、そう言った。
流石にその視線の意味に気づかないことは無い。
「………………もしかして、バレてる?」
恐る恐る、優子がそう問いかけると、カナさんは首を傾げていたが、相澤くんは軽く肩をすくめるようにして言った。
「櫻井からはわからんが、イッチーはよく見てれば普通にわかるぞ? まぁ、流石にどんな関係なのかまではわからんが、ただの友人に向ける視線ではなさそうに見える…………かと言って恋人同士でもなさそうだ、というのが俺の見立てだ」
「…………まぁ、ただの幼馴染なんだけど」
図星をつかれて、そう何とか答えた優子をカナさんが見て、何かを言いたそうな素振りを見せる。
それに気づいた相澤くんが、カナさんに言った。
「どうだ?」
「うーん、ダウト? でもまるっきり嘘じゃない感じかなぁ」
「っていうことは…………幼馴染は本当で、ただの、ではないってことになるな。…………一度付き合って別れた恋人ってところか、それなら距離感としては納得だな」
「あ…………うん、アタリみたい?」
「……いやいや、本当にどういうことなの!?」
流れるように剥がされていくプライベートもそうだが、二人の会話に優子は我慢できず突っ込んだ。
「え? 何? カナさんほんとにエスパーなの?」
そしてカナさんを唖然としてまじまじと見る優子に、あはは、と笑ってカナさんは首を振る。
「まさかー。あたしは何でかわかんないけど、何となーくわかるだけだよ? 心が読めるわけでもないし、感情が読めるわけでもないし。ただ、嘘なのかなーとか、本当なのかなーっていうのが強い場合は分かる気がするだけ。それにさ、そう感じるだけで正解かどうかなんてわからないからね」
「いや……だけって」
そう言って優子が絶句していると、相澤くんが諦めたような表情で言った。
「まぁ気にするな。俺も原理はわからんが、こいつはそういうものだと思え…………基本的に本人がお人好しではあるから害は無い、今みたいに隠したいことが隠せないことはあるがな……でだ、話は逸れたが別に暴こうとしているわけじゃない、隠しているなら別に広めもしないし、好きにすればいいさ。ただ――――」
「……ただ?」
優子が、ゴクリと唾を飲み込む。
それを見て、相澤くんは先程と同じようにこちらを見て、そして、あくまでもののついでのお節介だがな、と続けた。
「櫻井は、頭もいいし立ち回りも上手いだろうと俺は思う。それに他人の機微にも敏感だろうな。…………ただ、随分窮屈そうだと思ってな」
「それは……」
何がとは言われない、でも、窮屈そうだとという言葉は、しんどくはないかという言葉は、随分と今の優子そのものを表しているようで、優子は何も反論できなかった。
そして、そんな優子を心配そうな顔をして見て、カナさんが言う。
「そうだよ? 抑えてて無くなる程度の気持ちならいいんだけど…………優子ちゃんのさっきの感じは、いつか爆発しちゃうか、いつか棘になっちゃうかもしれないものだと思ったよ? 無理しちゃ、駄目だよ? 愚痴くらいなら聞けるからさ」
「まぁ、こいつの言うことは極端なこともあるし人によっては気に障ることもあるだろうが、本心だ…………だから櫻井にとって不快だと思ったなら言わせないし、悪くないなら、好きに受け取ってやってくれ。俺が言いたいのはこの程度だ」
「……意外だね。ううん違うか、以前のハジメくんとのことを考えると、それが素なのかな」
そういえば、相澤くんはハジメくんと千夏ちゃんの時に、何も言わずにそっと助けに来る男の子だったな、と優子は思った。




