第1楽章 17節目
「何だよ、真司。しかもあっちはハジメまで……お前ら、先輩達の関係者だったのか」
そんな風に真司に声をかけてきたのは、この場所の常連で、真司やハジメともよく会話をする、ゲンさんと呼ばれている男性だった。
先輩達、という言葉に、真司は意外そうな顔をして、ハジメと南野と談笑しているハジメの叔父と、一緒に尋ねてきた知人であるところの、森田司を見る。
「伯父様は、ハジメさんの叔父様とお知り合いだったのですね。それにそちらの方は、確か以前もここでお見かけしましたが……」
真司の隣で、玲奈が不思議そうに言葉を発した。
そう、このハジメ達の方を見て頷きながら微笑んでいる眼鏡の男性は、法乗院家の関係者である。
そして真司の家とも、顧問弁護士としての関わりを持っており、真司もお互いに認識する程度には顔見知りの関係であった。
真司の家とも曽祖父の代から関係の深い法乗院家は、代々法律関連、特に検事・裁判官を数多く輩出している旧家の一つだ。
そしてそこから分家として分かたれているのが森田家、旧称守田家もまた、主に弁護士を数多く輩出している家系である。
本来は、法曹三者は中立であることが好ましいのであろうが、同じ法というものを扱い、また、同じ司法試験を元に資格を得る以上、旧くからある家がそれぞれ関わりを持っているのは自然なことだった。
真司としては、以前ハジメについて少しばかり調べた際に、真司は司とハジメの叔父の関係性は知っていた。むしろそこで関わりがあったからより興味が湧いたといってもいい。
ただ、この何を職業としているのかも調べていない――興味が無い――ゲンさんという気安い大人が、彼らの何かしらの関係者であるのは意外だった。
「おっさんの方こそ、知り合いだったんだな…………司さん、どういったお知り合いなんですか? それに今日は何でまたここに?」
「……真司お前な、同じセリフの中で流れるように人によって扱いを変えるんじゃねぇよ」
「あはは、むしろ僕としては、真司くんがこうも気楽さを出しているのが物珍しくはあるけどねぇ…………まぁ一つ一つ答えていくとね――――」
司が、そんなやり取りを意外そうな顔で見ながら、真司と玲奈に対して説明するのを聞いていると、ハジメ達もこちらに近づいて来る。
「叔父さんと司さんが同級生なのは勿論知ってたけど、ゲンさんも高校の時の後輩って、世間は狭いね…………それに、そんなに前からここのこと知ってたの? 結構来慣れてる雰囲気だったけど」
「ん? そうだな、ここのオーナー、旦那の方とも古い知り合いでなぁ。そもそもこの場所を始める時に手伝ったことがあって、その縁で昔は偶に顔を出してたんだわ。兄貴も来たことあるぜ? 何で引越し先にこの街を選んだかは聞いてないのか?」
「いやー、何か家の見学に行ったと思ったら引っ越すって言われたからその辺は全然……」
「兄貴らしいっちゃ兄貴らしいか。俺もここ二年くらいは海外も多くて全然だったけどな…………まぁ、お前がここにたどり着いたこと自体は偶然だが、縁ってやつかね。この街でストリートバスケに行き始めたって聞いた時にはここだろうなって思ってはいたよ。…………よう! 久しぶりだな、ゲン」
そんな会話をして近づいてくるのを聞くに、あちらも同じような話をしていたのだろう。
そして最後に気安い感じでゲンさんに声をかけ、掛けられたゲンさんはハジメの叔父に対して頭を下げて、それから真司やハジメを見て言った。
「お久しぶりです、一年ぶりくらいですかね。…………司先輩にも言いましたけど、まさかハジメが翔先輩の甥っ子だとは思いませんでしたよ」
「本当に久しぶりだな、ハジメがここに来てるならもしかして顔見知りくらいかとは考えていたんだが、思った以上にハジメが世話になってるみたいで、助かるよ。これからもよろしくしてやってくれ。…………それにしてもお前、相変わらず続けてんだなぁバスケ。嫁さんも娘さんもいるんだろうに」
「いやぁ、俺は先輩達みたいに仕事を趣味にしてるほどのめり込んじゃいませんからね……家族と趣味、程よく仕事ってとこですよ。そっちは今どこにいんすか? 司先輩は知ってますけど、翔先輩は何してんのか意味わかんないっすからね」
そうして、三人で昔話に華を咲かせ始めるのを呆れたように見て、ハジメ呟くのが聞こえた。
「いや、中々意外な関係だ」
それに、真司もふっと笑うようにして相槌を打つ。
「だな……わざわざこんなとこで旧交を温めなくてもいいだろうに」
いつもは大人のくせに大人気ないゲンさんが、後輩ムーブをしているのには随分と違和感がある。
すると、そんな声を耳ざとく聞き取ったのか、ゲンさんがこちらを向いて言った。
「うるせぇよ、お前らにはまだまだわかんないと思うけどな、余程の繋がりや、偶然でもなけりゃ大人は同じとこにも集まれやしないもんなんだよ。いつでも学校に行けば誰か友達がいる環境なんざな、その時は息苦しいこともあるかもしれんが、今のうちだけだぞ? 大事にしろよ?」
「そうだそうだ、お前さんもハジメの友達か? 随分と格好いいあんちゃんだな。ハジメ、彼女もそうだけど、友達も大事にしろよ?」
「……一人でもそうなのに、説教くさいおっさんが増えたな」
「馬鹿野郎。説教の一つもできないおっさんに何の魅力があるってんだ」
はっは、と豪快に笑うおっさん達の言葉に少しばかり納得させられながら、肩をすくめて話を終わらせたところに、コートに向かったイッチーから声がかかる。
「おーい、せっかく来たんだから一勝負やろうぜ。大学生の人たちが相手してくれるってさ!」
声の方を見ると、イッチーに、藤堂、それに何故か一緒に来ている石澤がこちらを見ていた。
まぁ確かに、せっかく来ているのだからおっさんの相手よりは身体を動かしたい。そう思った真司は、ハジメと目配せをして、そちらへと向かうのだった。




