第1楽章 14節目
「そっか……そんな感じだったんだね。でもイッチー、そんなに早く答えを出す必要あるの?」
ハジメの言葉に、俺は頷いた。
俺が相談したかったのは、ホワイトデーまでにきちんと藤堂と向き合って、そして自分の中でも気持ちを整理したいということだった。
後は、まぁただ聞いてほしかったのもある。優子のことも藤堂のことも話せる相手は限られていた。
そして、中学までの事や、高校に入ってからの事、先週のバレンタインデーであったことを話して、ハジメが言った疑問が先程の言葉だった。
「正直さ、藤堂はちゃんと美人だと思うし、好きだって言われて嬉しいって思った。やっぱりドキドキもしたし。後まめに連絡くれるんだけど、趣味も結構合うかも。だからこそ余計にさ、変に引き延ばしたら良くないかなって思う」
「そっかぁ。……聞いてる感じだと悪くなさそうなんだけど、それでも付き合うとはならないんだ?」
「もしかしたら、ずっと一緒にいたら好きっていう気持ちにいつかはなるのかもしれないけど、何ていうんだろう、想像できないんだよね」
「それは、藤堂さんと付き合う自分が?」
「いや、どちらかというと優子以外と付き合うという未来が、かな」
さっきから俺のまとまっていない話を、ハジメは相槌だったり、質問で少しずつ形にしていってくれる。一対一で話したことはそういえば無かったけれど、同世代で真面目な話を聞いてくれる相手というのは意外と少なくて、そのせいか自分の中でも良くわかっていない気持ちも口に出していた。
「……昔からさ、優子のこと憧れてたんだよね。家も近くて家族も仲がいいっていうのもあったけど、この子が彼女だったら良いのになってずっと思ってた。小学校の頃のを恋と呼べるかは正直わからないけど、好きって自覚してからって意味なら、片思い6年、交際期間3年、振られてからまた1年片思いって感じなんだけどさ」
「幼馴染って感覚が僕はあまりわからないんだけど、それは凄いね……要は、そういう感情を覚えて以降、恋愛対象がずっと変わってないってことでしょ?」
「……そう。でさ、こないだ藤堂と、後石澤に言われて思ったんだけど、俺多分他の子の事あまりちゃんと見てなかったんだよね。何ていうか、重い男?」
「まぁ否定はしないけど、別にそれが悪いわけじゃないんじゃない? …………イッチーは知らないけど、僕も大概重い男だと自覚してるよ?」
ハジメはそう言って、キーケースについた翼をそっと指で撫でる。
俺はそれを見て、南野とのお揃いとかなのかな、と思いつつ、でも首を振って言った。
「多分ハジメと南野の場合は、天秤が釣り合ってるんだと思うんだよね…………俺そもそも、優子に疲れたって言われてフラれてるから」
「…………そうなんだ。でもそれは周りの目がとかじゃなくて? 僕も最初そうだったけど」
「俺もそう思ってたんだけどさ。よくよく考えたら、優子ってそういう人目気にしないんだよね。割りと立ち回りも上手だし、何だか、周りの目とかで疲れるイメージが無いというか」
「幼馴染が言うと説得力あるね。確かに僕も、櫻井さんは結構強かなイメージはあるかなぁ……」
どんな場面を思い浮かべているのか分からないが、ハジメが納得したような表情を浮かべている。
「だからさ、多分疲れるっていうのは、人の目にじゃなくて、実は俺に疲れてるんじゃないだろうかと…………言っててちょっと凹んできたけど」
「まぁまぁ、でも普通に出かけてたし、それこそこないだバスケに皆で来てくれた時も普通だったように見えたけど?」
少し沈む俺を浮上させるように、ハジメが少し明るい声色で言う。
確かに普段は、避けられたりもなければかなり普通に対応されていた。それこそ藤堂とも友人なのだから、藤堂の気持ちも知っていただろうし。そう考えるとますます脈なしな気がしてきた。
「そうだよなぁ。普通に見えるんだよ……いやでも普通にされてるって脈もないってことなのかな」
ポツリとそう零す。
「うーん、それならいっそ藤堂さんと付き合ってもいいんじゃなかろうかと」
「いやさ、それって失礼じゃね?」
ハジメがそう言うのに、俺は反射的に答えていた。
「…………さっき想像できないって言ってたけどさ。すぐそう思うってことは、イッチーの中で選択肢には含まれてるんじゃない?」
そして、それに対してハジメが少し考えて言った言葉に、俺は少し止まってしまう。
(そうなのか? でも…………)
「いやまぁ、別に無理にとは言わないよ? ただ僕が感じたまま言うと、イッチーは想像できないんじゃなくて、してないんだと思うんだよね。無意識にしてもさ。だから何ていうのかな、そこまで焦らなくても良い気もしてて…………ホワイトデーってもうすぐだし、後二十日くらいだよ? どっちにしてもお返しはするんでしょ?」
「確かに……ところでこういう時って何返したら良いんだろ? マシュマロとかだっけ? 優子には大体、普段の会話とかで欲しい物がわかったからあげてたんだけど……やばいな、欲しい物がわからない子にあげて嬉しいものってなんだ? メッセージで聞くのも違うし、流石に学校で別のクラスにわざわざ行って聞ける気がしないな」
「大抵は、その欲しい物がわからないからその悩みが普通なんだけどね……後、マシュマロは止めておいたほうが良さそう」
「え? 何で?」
ハジメの言葉に首を傾げると、ほら、とスマホの画面を見せてくれる。
「調べてみたら、マシュマロの意味って、『優しくお断りする』だってさ」
「駄目じゃん! ってか、もしそうだとしてもそうじゃなかったとしても駄目じゃん!?」
「だよね……何でマシュマロのイメージ強いのにこんな意味になってるんだろうね、ということで、色々考えた方が良さそう」
「…………知らないって怖いな。ちなみにハジメは? 参考までに」
俺は、何も知らずに売られているものを買っていたらという想像にすこしゾッとしながら、ふと聞いた。ハジメなら、ちゃんと調べていいお返しをしそうだと思った。
「僕は、真司に紹介してもらったレストラン予約して、一緒に行こうかなって。クリスマスがそう言うのができなかったから」
駄目だった。
全然、これっぽっちも参考にならなかった。
「でも確かに、学外で遊びに行くってのもいいかな、それこそお互いバスケ部だしなぁ。でも二人で、か」
「それなら、この間と同じ感じで行ってみる? あー、ただ、その場合は櫻井さんも一緒にならないと変かな、僕とイッチー、千夏と藤堂さんでもいいけど」
「……いや、藤堂は優子の事知らないから、声掛けないのはそれはそれで、かも? 真司はどうだろ?」
「どうかな? 土曜日とか午後から行けるけど、明日学校で誰か誘ってみる? それでさ、イッチー帰りとか藤堂さん送っていくなりして二人で話をしてみなよ。直接会って、外で話すのもなにか違うかもよ?」
ハジメがそう言ってくれるのに、俺は頷いた。
確かに、いきなりデートみたいにするには勇気も覚悟もちょっと不足しているけど、その感じなら、自然と話もできそうだし、二人で話ももう少ししてみたかった。
「ありがとな、ハジメ。っとそろそろ帰るわ、部活無いとは親に言ってるから、ご飯用意されてるし」
「ううん、全然相談って感じじゃなかったけど、ごめんね」
「何言ってんだよ、こういう話、めっちゃ嬉しいぜ? まぁ、ホワイトデーは参考にならなかったけど」
はは、と笑い合って、荷物を持って玄関に向かう。
「じゃな、お邪魔しました」
「じゃあね、またいつでも来てよ。とりあえず土曜日はそのつもりでいるね」
そして、出ていこうとしたその時――――。
ガチャ。
そんな音と共に鍵が開く音がして、眼の前で玄関が開いた。
「ただいま!」
そんな声とともに当たり前のように入ってくる南野と目が合って――――。
「…………え?」
「あ、千夏おかえり、あれ? メッセージ見てなかったかも」
俺がそんな声を漏らすのに、ハジメが普通の声で出迎えていて。
「あ、イッチーくん帰るとこだった? タイミング悪かったかな、ごめんね!」
そして南野さんも何だかとても普通で。
「いや……大丈夫、じゃあハジメ、南野さんも、お邪魔しました」
俺は、何ともいえない気持ちとともに、何故人の家から帰る時にはそう言うことになっているのか、それを改めて理解しながら帰途につく。
今の話をメッセージで報告したいと思った相手に、過去の自分と違ってもう一人自然と浮かんでいるという変化は、自覚はしないままだった。




