第1楽章 12節目
『(藤堂)えっと、これからよろしく!』
『(佐藤)うん、こちらこそよろしくね』
『(佐藤)藤堂さんもあの映画関連のアイコンなんだ、やっぱバスケ部としては外せないよな』
『(藤堂)うん、そうだよね』
(…………?)
何だか変に間があったような気がしたが、もしかしたら宿題やお風呂など色々あるのだろうし今日は挨拶くらいで、と思った俺はご飯を食べてきます、と打ってスマホを置いた。
正直、優子以外の女子と用事やグループ以外でこうしてメッセージのやり取りをするのは初めての事だった。
そう、初めてだ。
今日あったことを少し思い返してみる。
謝罪を受け取って、バスケ部に入ることになった石澤のことは、思ったより悪いやつじゃない、と思っている程度だった。
まぁ、ハジメや真司のためにもなって、経験者は多くていいよね、と思っていたくらい。
だから、今日は石澤が喋っていた時に言ってくれた言葉には少し驚いた。
俺がああ言う話をすると、大体持つものの悩みと言われたりで、きちんとした答えを返してくれる人間は少ない。相談に乗ってやれないとも言われる。
まぁ正直、告白ばかりされて、一目惚れなんてされても、なんて言うやつが物語で出てきたら、俺自身リア充乙と思うし。いや、中学の途中までは思っていた、と言うべきか。
初めて告白された時、断ることのしんどさを知り、そして知らない相手から告白されることへの違和感が凄いと自分が感じることも知った。確か、その時一緒に帰った優子に心配されたほどだ。
それから、本当に自慢ではないのにそう聞こえるのも自分でわかってしまうのだが、両手で数え切れないほど告白されて、断って。
自分が好きなのはずっと見てきた優子だと思うのに、肝心の相手には振られたままで。
そんなモヤモヤをいつものようにさらっと言ったら、石澤は意外すぎるほど考えて答えてくれた。まぁ、告白されたらまず付き合うっていうのは呆れた目で見てしまったけど。
その後、当たり前のように言われた言葉に、俺が結構衝撃を受けていたことなんて気づいてはいないだろう。
『だってさ、知らないってことはこれから好きになるかもって事じゃん?』
なるほど、と思った。
そう考えると、俺はよく知らない女子を好きになるという経験や、好きになってから知っていくという経験をしたことがない。
一緒に育って、勿論知らないことはあるけれど知っていることの方が多かった。好きだという自覚より先に好きだったのだから。
そして、その後の藤堂さんからの告白も同じくらい衝撃だった。
藤堂さんは美人だと思う。一目惚れなんて、というのを共感してくれる数少ない同士だと思っていた。後は優子の友達、女子バスケ部で人気の子、という程度の認識。
でもそんな彼女に、本当にただ真っ直ぐに好意を伝えられて、一目惚れだけど、チャンスを下さいと言われて。
今日一日で、俺は考えてしまった。自分を見つめてしまった。
正直今でも、優子以外を好きになる自分の未来を想像できない。
でもそれは同時に、視界を閉ざして、優子と優子以外に一括りにしてしまっていただけなんじゃないだろうかと。
――――もしかしたら、俺のその視野の狭さが、疲れたと言わせてしまったのだろうかと。
だから、ちゃんと向き合うことにした。チャンスを貰っているのはきっと俺の方。
それに、ちょっとだけ、答えた時に全身から喜びを表してくれたのを見て、ドキッとした。それは事実だった。
◇◆
(……良かった)
優子は、早紀からのグループへの報告を見て、最初に自分に訪れたのがその感情であったことにホッとしていた。
付き合うわけではなく、振られそうになったところを粘って友達にしてもらった、という言葉では何があったのかきちんとはわからないけれど、少なくとも早紀が前に進んで喜んでいるのは確かだった。
(それにしても、いっくんに女友達か……初めてだよね、多分)
優子が知る限りでは、小学校や中学の最初の方でも、今ほどではないものの、いっくんが女子人気がゼロだったかというとそんなことはなかった。
普通に顔立ちは整っていたし、かっこいいと言われてはいなかったけれど、背が低い時は可愛いと言われてはいたのだから。
でも、そんないっくんが女友達を作る気配はなかった。
中学になってからは、確かに優子と付き合ってはいたけれど、別にそれでも女友達の一人や二人は居てもおかしくはない。でも、多分クラスで、とか、部活で、とか、その単位ではともかく、いっくんが女友達と一対一で話しているのは聞いたことが無かった。
だから、そういう意味でも、良かった、と思えている。
確かに優子達は幼馴染だ。
ずっと一緒にいたし、好意を抱くのも、きっと不自然ではないと思う。家族ぐるみの幼馴染という関係はよほどの事がない限り、疎遠になっても終わりは来ないものだ。
ただ、幼馴染からカップルになった時、同時に終わりの鐘も鳴り始めるという。
いっくんが好きだと言ってくれたのは嬉しかった。
でも段々と、自分で自分に問いかけるようになった。
千夏には、違和感とかそういう事を言ったけれど。何かで擦り切れそうと自分に対しても思ったけれど。何かについては、分かっている。
いっくんはきっと、無自覚で選択をしている。いや、無自覚に選択をしていない。
中学三年生まできちんとした形では気づかなかった。
でもその時が来て、否応無く気づいてしまったことがある。勉強ができる、バスケができる。言葉にすればそれだけだけれど、いっくんの世界は広い。
高校を選ぶ時に、バスケ部が強いところを選ぶ選択肢だってあった。もっといい大学を狙えるより高い偏差値の高校に行く選択肢もあった。本当に、無数の選択肢が提示されていた。
でも、当たり前のようにいっくんは一緒の高校を選んだ。
嬉しい気持ちはある。でも同時に少し思った。幼馴染だからと、縛り付けていていいのだろうか。
――――本当に、偶々隣に産まれた私なんかで良いの?
『幼馴染だからってずるい』
よく言われた言葉だ。それ自体はただのやっかみだし、単体で優子にダメージを与えるものではない。でも一度考え始めてしまった、脳内に生まれてしまったそれは、少しずつ優子を疲弊させる。
――――他の選択肢も無い中で、たった一つしかなかった選択肢を選んだと思っているだけなんじゃないの?
別に卑下しているわけじゃない。
優子だって人と比べることはある。成績は上の下、運動は得意ではなくても、料理は得意。サブカルが好き。そして、可愛い方とは言われてきた。
そして、あの佐藤の彼女で幼馴染だと。
一途で、優しくて、かっこよくて、でもどこか抜けているところもあって、羨ましがられるばかりの彼氏。
昔からずっと好きだったと言ってくれた。そしてその言葉通り、優子以外を視界に入れることはない。
――――でもそれは純愛という名前では無い、一途とも言わない。きっと、盲信と呼ぶのではないだろうか。
違和感という言葉で片付けてしまうこともできる。疲れたという言葉なんかで誤魔化してしまうこともできた。
でも中学生でも高校生でもない空白の期間。学校という環境から解き放たれた僅かな期間でふとその思考にたどり着いた時、優子は思ってしまったのだった。
――――私の想いは、その天秤に釣り合わない。
そして今、優子の中で、どこまでが誤魔化しでどこまでが本音なのかわからぬままに思う。『良かった』と。




