第2楽章 66節目
まるで絵のようだという表現があるが、絵を書いている慎一郎については本当にその通りだと玲奈は考えていた。
真司と似ている。いや、この場合は慎一郎に真司が似ているのか。
だが、同様に整った容姿でも、少し変わるだけで全然違った印象を受ける。
少し野生味というか、どこか斜に構えたようなイメージのある真司に対して、慎一郎のそれは好青年然としていて、そして――――。
(…………)
そう、まるで消えてしまいそうに感じるのだった。
昔からそうだ。
優しさと儚さを同居させたようなこの人は、その儚さからは想像できないほどの生きた絵を描く。
まるで、絵のほうが本物かのように。
『玲奈達の、家の事情っていうものや、こないだ言ってた今は違う、とか事情は私はあまりわからないんだけどさ。玲奈自身はその婚約とかに対して嫌ではないんだよね? それなら友人としてはいいかなって思うんだけどさ…………でもそれはそれとしてからかってくるのはいいかなじゃないからね!』
『ふふ、ありがとうございます』
車の中で、早紀にそう言われたり、途中で起きた千夏に質問されたが、玲奈は未だ『好ましい』と『恋』の違いがわからなかった。
慎一郎を好ましく思っているかというと、間違いなく好ましいと思っている。
真司との婚約を経て、真司に対する好ましさと慎一郎に対するそれは別物だとも感じていた。
でも、それは相手によって、関係性によっても異なるものだし、玲奈には友人達が見せるそれぞれの顔が無い。
早紀が時折みせたような激情や今の穏やかな照れのようなもの。
千夏の真っ直ぐな愛情と、時には独占欲のようなもの。
優子の葛藤や、その後のお互いの尊重に見え隠れする感情。
佳奈の立場の違いに対しての悩みや、その上で全てを包むような覚悟のようなもの。
玲奈にはどの感情も理解はできるものの自分の中に存在するとは思えなかった。
だが、その上で、自分は慎一郎を慕っているのは事実で。
そして、夏の始まりの頃の、隣を歩く真司と佳奈の物語の終わりの裏で祖父に知らされた事柄がより、玲奈の心を分からなくさせていた。
『先方からの正式な謝意と、本人の意思を優先させて欲しいというのは聞いた。何も知らない状態からであればふざけるなと言いたいところでもあったがお前自身からの話もあった事と、それにもう一つ、誠意として話されたことがあってな。呑んだ。…………玲奈、迷ったがお前にだけは話しておく。これは他者に漏らさないという前提だ』
「兄貴が外で描いているのを見るのは久しぶりだが、やっぱ不思議なもんだな……景色を書いてるはずなのに、見えているものよりも綺麗で、どこかリアルだ」
視界には慎一郎を含む風景を入れながら普通に歩いていた玲奈だったが、思考が取り留めもなく心ここにあらずの状態であったことを、真司のそんな呟きで悟りふと立ち止まる。
そんな玲奈には気づかず、真司と佳奈が慎一郎に近づいていき、慎一郎が気配に気づきこちらを振り向いた。
「おや、真司に佳奈さん。それに玲奈もいらっしゃい、無事についたようで何よりだよ。もしかしたら連絡をくれていたかな?」
「あぁ、スマホにメッセージは送ったけど、既読がつかなかったから絵に熱中しているんだろうなとは思ってた」
「お久しぶりです、今日はお招きいただいて改めてありがとうございます。それにしても……すごいですね、あたしはこうして絵の途中っていうのは初めて見たんですけど、何だかもう既に凄いっていうか。語彙がなくてすみません」
「だろう?」
それぞれの挨拶と、真司がどこか誇らしげにしているのに、愛おしさの含む視線で佳奈が見返しているのみて。
慎一郎が、穏やかに微笑むのを、見た。
(…………)
この切なくなる感覚は恋なのだろうか?
わからない。わからなかった。ただ、大事だと思う気持ちはここにある。心配だという気持ちも、慕う気持ちも、ここにあった。
「あれ? 大丈夫? 玲奈ちゃん」
佳奈がそう尋ねてくるのに首を振って玲奈も近づく。
「いえ、すみません。少しだけ風で砂が目に入っちゃたみたいで」
「あぁ、この辺は風の通り道みたいだからねぇ。それにしても流石は避暑地で風も少し涼しいよね。夏だけど油断して風邪とかひかないようにしないと」
「ふふ、そうですね」
そう佳奈と玲奈が話していると、真司もふと気にしたように言った。
「そう言えばこないだ少し体調崩したって言ってたけど、兄貴はもう大丈夫なのか? 元気そうではあるけど、昔から時々寝込んだりはしてたからな」
「……ふふ、真司は心配性だね。うん、僕は大丈夫だよ。さて、皆着いたのなら、ここで区切って戻ることにしようかな? 今日はバーベキューの用意をしてくれているはずだからね」
「あぁ、なら俺も少し運ぼうか」
「そうだね、じゃあこっちの画材を運んでもらってもいいかな、助かるよ」
真司と慎一郎は仲が良い。
そうやり取りしつつ二人で片付けの準備を始めるのを、少し微笑みと共に見つつ玲奈も手伝おうとして、佳奈が少し「あれ?」と言って何かを考えているのに気づいた。
「今度は佳奈さんこそどうかされましたか?」
「……ん? えっとね、ちょっと気になっただけで、何でもないよ」
へらりと笑って、柔らかく微笑む佳奈さんの言葉に少しの違和感を覚えるも、建物に戻る間の会話の間で薄れていき、玲奈の意識にはそのやり取りは特別には残ることはなかった。




