第2楽章 64節目
玲奈の家の使用人である榊さんの運転する車には、早紀を含めた五人が乗っていた。
いつもの黒い車ではなく、今日はシルバーのアルファードである。
その日は生憎の雨模様だったが、車内の空気は旅路の明るい雰囲気に包まれていた。
「実際、こんな風に車で送って頂ける上に、泊まるところも別荘とか、少し贅沢すぎる旅行だねぇ」
「佳奈さんは真司くんと旅行に行ったりはしないんですか?」
最後尾で並んで座っている佳奈さんと優子の会話が聞こえてきて、早紀はふとそちらに意識を向ける。
隣に座る千夏は昨日が遅かったということで、早紀が向こうに着いてもそれだと疲れちゃうから寝るように勧めたところ、「確かにやばいかも、少しだけ寝かせて」と言って眠っていた。
知らなかったが、車の中でもすぐに寝付けるタイプなのか、それとも本当に疲れているのか、良く寝ている。女の自分から見ても綺麗な寝顔だと思った。
というか、日に日に綺麗になっていくと言うべきか。ただでさえそうだったのが最近は益々魅力を増していっている気がしていた。
「千夏ちゃんとハジメくんは春に旅行に行ってきたんだよね。あたしと真司はまだ行ったことはないかなぁ? ちょっと憧れはするけれどね。優子ちゃんこそ、家族ぐるみだったら旅行とかもありそうだけど」
「そうですねぇ。小学生の時にお互いの家族でスキー旅行にいったことはあるんですけど……流石に大学生とかになってからかな?」
「うんうん、行きたいけど冷静な判断は優子ちゃんらしいねぇ」
そもそもとして、高校生の身分で二人で旅行に行った経験があるという方がおかしい。
改めてそんな事を思いながら、早紀は千夏を見てふっと微笑んだ。
「早紀さんは少し雰囲気が変わられましたか……やはりこの年頃の方々は少しお見かけしない間に成長されますね」
「そうなんですよ榊さん。早紀さんは今新しい恋に向けて進んでいるところなのです」
「あらあら、それはそれは。ところでお相手は今回のあちらの車にいらっしゃるのでしょうか?」
「うふふ、それはもち――――」
「玲奈? 後榊さんまでからかわないでくださいね?」
言うなればお嬢様と使用人の関係のこの二人なのだが、歳の離れた姉妹のようにとても仲が良かった。
玲奈は清楚美人ともいえる少女なのに冗談が好きだし、榊さんも見かけは怜悧な美人なのに今のように軽妙なノリで声をかけてくれる。
だが早紀としては、何度か乗せてもらったりもしてお世話になっておりとても好ましく思っているが、今の話の流れは割り込んででも止めるところだった。
「それに、そっちがそうからかってくるなら、私としては玲奈のことも気になるんだけど?」
そして、ここには気心の知れた女子しか居ないしと言うことで、早紀はこの間の絵の展示を見に行ってからも気になっていた事を聞いてみる。
「私ですか?」
それに玲奈は首を傾げるようにして答えた。
決して誤魔化しているという雰囲気ではなく、純粋に言葉通りの意外さを感じているようだ。
勿論元々婚約者が居て、という話は聞いていたのだけれど、あまり玲奈は玲奈自身のそういう気持ちを口にすることはない。
たまにはこちらも攻めなければ、そんな気持ちが無いと言えば嘘にはなる。だが、それ以上に友人のそういう話が気になるのは仕方ないわよね、そう思う早紀だった。
◇◆
和樹達が乗っているバンが何度目かのトンネルを通り抜けている時のこと。
後30分ほどで到着ですと運転手の鹿島さんが告げてくれて、真司がそれにふと思い出したように呟いた。
「そうか、久しぶりだな…………それにしてもお前ら、俺の知らないところで兄貴に会った上に旅行の誘いまで受けて、こうして行くことになるってのも不思議なもんだな」
「あはは、まぁ俺はまだ会えてないけど、ご相伴に与れて嬉しいよ」
真司がそう言うのに、イッチーが続けて笑う。
それに頷いて和樹がハジメに目をやると、ハジメが心外だというように視線に気づいて言った。
「…………え、僕というより和樹でしょ?」
「俺? だってあれじゃねぇのか? ストバスの二人共知り合いなのはハジメの方だし、真司との繋がりもそっちじゃね?」
「まぁ繋がりが早かったのはそうかもしれないけど、真司のお兄さんとは僕も初対面だし、何より絵に一番見入ったのは和樹じゃん。あの後も色々話をしてたよね?」
「そりゃまぁな。でも普通に俺みたいなやつなんかをメインで誘ったりするか?」
「あのね、まさか僕が和樹にこう言う事があるとは思わなかったけど、『なんか』で卑下するのは止めなよ。……っていうかなるほど、確かにこれは少しだけイラッともするかも」
やり取りの中でハジメが和樹にそう言って、ふと気づいたようにぶつぶつと考え込み始める。
「だろ? 人の振り見て我が振り直せってやつじゃね? お、名言を自然と使えると何か理知的な感じだな!」
「……それを言うなら名言じゃなくて格言だ馬鹿。それに和樹、兄貴が言ってたぞ? 全然絵のことを知らないからこそ、真っ直ぐに褒められて嬉しかったってな」
それにイッチーが笑って言った言葉に真司が淡々とツッコミを入れつつ、和樹にもそう告げた。
「え? そうなん? 俺は全然絵のことなんてわかんねぇから失礼がなきゃ良いんだけど」
そして、和樹がその時のことを思い出しながら口にすると、笑ったような気配で真司が続ける。
「人によるらしいが、風景画を見て、写真とも違う美しさって言われるとか、実際にも行ってみたいって思ってもらえるのは嬉しいものらしいぞ?」
「そうなのか? なら良かった……いやでもさ、写真よりもその、質感ってのか、それが凄くてさ……そう思って話してたら、誘ってもらえて嬉しかったっつーか。こんな大掛かりになると思わなかったけど」
「それはちょっとだけ俺のせいでもあるからすまんが。兄貴が元々絵のために行く予定だったらしいんだが、俺の友人ってのにも結構感慨深そうにしててな……」
少しだけ照れたような真司というレアなものを見て、一人っ子の和樹は羨ましくもなりつつ笑った。
「おお! すげぇ綺麗!」
そうしていると、車がトンネルを抜けて、イッチーがそう声を上げる。
和樹も見ると、普段暮らしているところに比べて、随分と山が近かった。
そして、山を越えたからか晴れ間が差し込んで深緑がとても綺麗な景観となっているのが見えている。
青空と、そびえるような雲も夏という感じで、内心が沸き立つのを和樹は感じていた。




