第1楽章 6節目
これは、誰に向けるわけでもない、ただの俺の独り言。
俺の名前は佐藤一。
もう一人、尊敬している同じ年の男子に同姓同名のリア充がいるんだけど、そちらとは全くの別人だ。最近では呼び分けるためにイッチーなんて呼ばれてて、結構気に入ってる。
さて、そんな俺には昔からずっと好きな子がいるんだけど、ここでは俺と好きな子についての、きっと世の中の何処にでもあるんだろう話をしようと思う。
最初に断っておくけど、面白い話じゃないんだ、それはごめんね。
◇◆
その子の名前は櫻井優子といって、物心ついたときから、家の距離も近くて、仕事的な関わりもあることから、家族ぐるみでの付き合いがある同じ年の女の子だった。
物語の中に出てくるような、同じ部屋で寝たりとか、毎日一緒にゲームしてるとか、それほど近い関係の幼馴染ではないけれど、疎遠というわけでもない幼馴染。
きっと、女子と男子の境界が明確になると、疎遠になっていくことが多いのだと思うけど、俺にとっては運のいいことに、親の関係性もあってか、そうはならなかったんだ。
優子の最初の印象は、強い子だった。
もしかしたら女の子に思うイメージとしては良くないのかもしれないけれど、今でも俺の中ではこの最初のイメージが根付いている。
春に生まれて成長も早かったからなのだろう、頭も良くて、比較的体も大きかった優子は、俺と一緒に通う幼稚園の中でもしっかりもののお姉さんの役目だった。
泣いている子がいたら慰めてあげて、先生の話を聞かない子がいたら注意する。
一時期流行っていた戦いごっこだって、優子に敵うものはいなかった。
俺はというと、まだ一人称も僕だった頃で、体も小さくて気が弱かったからよく男の子同士のふざけ合いなどにも巻き込まれては、弾き飛ばされていた。
そんな時に決まって助けてくれる女の子が優子だった。
今にして思えば、あれは人生で初めて受けた嫉妬なんじゃないかと思うけれど、よくいじめに来ていた男の子が、何だよおまえら夫婦かよ、と言って、それに対して優子が、だったら何なのよ文句ある? と返して言葉でも物理でも黙らせていたのは懐かしくも嬉しかった記憶の一つだ。
小学校に上がっても、憧れは変わらなかった。
家が隣なこともあって、当たり前に一緒に学校に行っていた。
そして、学年が上がるごとに、女子は女子、男子は男子でつるむのが当たり前になっていく中でも、俺は彼女にいつも助けてもらっていた。ある時から優子だけがそう言うようになってくれたんだけど、いっくんと呼んでくれる声が好きだった。
そして、何の躊躇いもなく手をつなげていた時代だ。…………我ながらキモい、やっぱ無しで。
クラスや学年で一番とは言えないけれど、優子は静かに人気者だった。「一番可愛い」で名前は出ないのに、「実は好きなんだよね」では上位にランクインする。
贔屓目無しになんて見ることはできないけれど、優子は可愛かったし、だからこそ、お前、幼馴染という立場のおかげで気にかけてもらえてラッキーだよな、という声も高学年になるほど増えていった。
だから俺はずっと焦っていた。
俺は運動も決して苦手なわけではなかったけれど、小学校の頃の立ち位置で重要な足の速さも、休み時間のサッカーも、体格の良さこそが威力を発揮する。筋力もリーチも足りない割には頑張れていたとは思うけれど、それだと目立つこともできなかった俺は、仕方なく勉強を頑張ることにしていた。
そのおかげもあって、クラスで一番勉強ができるようになった俺は、先生受けも良くなっていじめられたりも無くなって、少しずつ自分の中で、優子と一緒にいても良い自信を育てていった。
まぁ、優子はいつも自然体だったから、そんな俺の気持ちには全然気づいてなかったと思うけれど。
それで、中学に上がる時――本当はもっと早くても良かったのだけど、中々身長が追い抜けなかったのだ――に、人生で一番の勇気を出して告白というものをして、あっさり受け入れられた時は人生で最高かと思うほどに嬉しかった。
彼氏と彼女っていう関係になって、世界がものすごく変わるのかと思ったけど、そんなことはなかった。中学に入ってから、何ていうか幼馴染の彼女持ちっていうだけで色々邪推されることもあったけれど、かなりプラトニックな関係だったからね。
近すぎたのもあるし、中学生だったのもあるし、お互いに結構照れ屋だったのもある。
でも一番は、俺が変に安心しちゃったからかもしれなかった。
終わりってものが来るなんて思ってなかったから。どんなにゆっくりでも良いと思ってた。
多分、何か転換点ってものを挙げるなら、中学二年で、同じ名前の男子が活躍しているのを見て、完全に影響されて入ったバスケ部。
優子もマネージャーで入部してくれて、凄い応援してくれていたし、そのおかげもあってか、俺はどんどんとバスケにのめり込んでいった。身長もびっくりするくらいに一年半で伸びて、いろんな人に容姿とか含めて褒められたり羨ましがられるようになった。
人って意外と、外見で判断するんだなって思う。
そして、試合とかで他校に行ったら、告白なんてものもされるようになった。初めて呼び出された時はびっくりしたよね。
正直、一目惚れってやつはよくわからないんだ。話したこともないのに、一瞬で何がわかるんだろう、と思うし。
告白は、自分が勇気を出した時の経験があるから、変に誤魔化したりしないできちんと聞いてお断りはしてるけど。
俺はずっと、ただ一人の女の子が好きで、成長するにつれてもっと好きになって。
後輩の女の子とかにも、好みの女の子はどんな子ですか? とか聞かれるようになったけれど、そもそも俺の外見の好みって多分後付けだと思う。
優子を好きになったから、その容姿が好みになったのだ。だってさ、物心ついたときから、好きって気持ちを知らないうちから、ずっと見てたんだ。仕方ないよね。
とまぁ、そんな風に、俺はいつの間にか優子の彼氏としてではなくて俺単独で人に羨ましがられたりするようになっていって。自信っていうやつもついて。
――――そして代わりに、誰よりも大事だった彼女が離れていった。
『もう彼氏彼女は無理。疲れた』
どうして? と聞いて帰ってきた答えに、嫌われたわけじゃないことにホッとしつつ、でも、そう言われて、俺は何も言えなくなってしまった。
強いって思ってた、いつまでも俺にとって憧れの女の子。
そんな優子が、本当に辛そうな顔で、疲れた、って言った言葉が、突き刺さるように俺の心の中を貫いた。
『勝手に好きなままでいるのは別にいいよな?』
そんな、どこの諦めの悪い男だよって格好悪いセリフを吐いて、高校では距離を開けられつつも、幼馴染にしがみついている。
だからさ、バレンタインデーだって優子の性格的にも今の状態で絶対くれないだろうなって、わかってるのにちょっと期待して自分で品物を届けに行ったりして。
例え、ついでであっても、チョコを出してもらったら凄い嬉しいと思ってしまう自分がいるんだよ。
俺は好きな子に、疲れたなんて言わせて、二度とあんなしんどそうな顔をさせたくはない。
でも同時に、好きな子に好きって言いたいし、言ってほしい。そう思う心はいつも俺の中にいる。
諦める? 新しい恋?
それは、どうやったらできるんだろう?
こんなに近い距離にだっているのに。外堀なんてものがあるなら、埋め立てられて堀の形なんてしていないのにさ、何だってこんなに遠くなっちゃったんだろう。
困らせたいわけじゃないんだ。ただ、どうしようもなくて。
誰か、どうしたらいいか教えてくれよ。
なんてね。
時々夜寝る前に、急にそんなことを言いたくなるんだ。
勿論答えが返ってくることもない。だから、これは俺の独り言。




