宰相の次男の話。
僕の がいなくなった。
きっと彼女は神に愛されすぎていたんだ。
それほどに愛らしかった。
彼女はとても愛らしくて、純粋で、いつも笑顔を絶やさない子だった。
僕はその笑顔に救われていた。
兄は優秀だった。僕より5歳も上で父さんの後を継ぐのは兄で間違いないだろうと言われていた。
僕にその重圧がかかることはなかったけれど、いつも兄と比べられていた。
平気だと思っていたけどどこか無理をして我慢していたんだろう。
そんな気持ちを和らげてくれていたのが彼女だった。
兄にはいつも
「自分をしっかり持て。」
「多少身分はどうであれ、次男のお前の結婚にとやかく言うつもりはないよ。でもあの子はいけない。」
「貴族としてきちんとわきまえろ。」
そんなことばかり言う。
でも彼女はそんな僕に
「貴族になったら好きな人と結婚できないの?貴方と一緒にいられるならそれだけでいいのに。」
「私は貴方がいればそれだけでいい。貴方はそうじゃないの?」
「貴方は自分の考えをきちんともっていて素敵ね。」
彼女の言葉はいつも優しかった。
彼女といられるなら爵位なんていらない。そう思っていた。
そんな僕の甘い考えを諭してくれたのも彼女だった。
「確かに私は平民よ?でも生まれたころから貴族の貴方に本当に耐えられるの?それよりも貴方は貴族らしく今の生活を維持するほうが向いていると思う。…私?私はこれまでにいろいろなところで働いた経験もあるのよ!力になれるわ!…え?平民じゃこれくらい当たり前よ!」
僕は彼女との今後の生活の為にもこれまで以上に勉強をした。
兄はいつも何とも言えない顔で「きっかけがどうであれお前が頑張っているようでうれしいよ。」と言ってくれた。
彼女と僕が一緒にいることをよく思わない連中によくない噂を流されることが多かった。
僕のことではなく、彼女のことで。
彼女は高貴な身分の人にばかり色目を使っているとか
彼女は人によって言うことを変えているとか
女性の前ではとても性格が悪いとか
根も葉もない噂ばかりに辟易とした。
確かに彼女はいつも僕の隣にいるから周りにいる殿下や公爵令息とも顔を合わせることはあるけれど、僕だけの彼女なのにおかしなことをいう。
…はぁ、もう少しで彼女とのことを家族にも認めてもらえると思ったのに。
彼女は神様に愛されるほどの容姿だったから、彼女の亡骸は顔が分からない程になっていた。
その亡骸が彼女のものと判断できたのは、いつも彼女が身に着けていた制服とお母さんの形見だと言っていたブローチが襟元についていたからだ。
それ以外で彼女を判別する方法がないほどだった。
…だから僕はあれに彼女特有のほくろがなかったことに気が付いている。
僕しか知らない位置にあるあのほくろ。それがないあれが彼女であるはずがないんだ。
…彼女は今どこにいるのかな。すぐに追いかけるからね。