先輩
由利と宗久は久しぶりに二人で出かける事にした。真名と拓斗は由利の両親が面倒を見る。子供たちも祖父母に欲しい物をねだるつもりで楽しそうにしていて〈パパ、ママ、いってらっしゃい。〉と送り出してくれた。
車を運転している宗久が口を開いた。
「どうして由利が興梠修一郎の校閲するようになったのか詳しく聞いてなかったな。」
「え、突然って言うか今更何。」
最初のデートで話したじゃないと由利は呆れたを通り越して怒りの感情が湧いてきた。今日はどうしたのだろう、今までに宗久にこんな感情を抱いたことはない。胸の奥にドス黒い水が溜まりその上には濃く黒い煙が漂っているような感情だ。
「初めて会った時に言ったでしょ。忘れたの、聞いてなかったの。最低。」
宗久の言葉にイラつき、突然由利の脳裏を元カレの姿が横切った。
由利は大学時代以降、男友達は結構居たのだか付き合った男性は一人だけだ。大学の先輩で留年していて卒業は由利と同じ年になった。その先輩が留年した原因は由利にもあり申し訳無く思っている。
由利は入学してバイト先で興梠修一郎と藤川弥生と知り合った。これがきっかけとなり卒論のテーマを〔孝謙天皇と弓削道鏡〕と決めた。この話を先輩の鏡 孝太郎に話した。
孝太郎は
「ぴったりだね。吉備由利さん。」
と当然の如く答えた。
「でしょう。でも私は吉野由利だよ。」
由利は笑って返した。それから由利は孝謙天皇と道鏡を、孝太郎は長屋王を由利のアパートか孝太郎の実家で調べるようになった。孝太郎は由利のために孝謙天皇が重祚して称徳天皇となった資料を探したり弓削道鏡の実像を調べた。熱中し過ぎた孝太郎は必修科目の試験の日に寝坊したのだった。
「具合悪いのか、怖い顔したかと思えば苦しそうな表情になったり。」
ふと宗久の声が耳に届いた。
「蟹沢さんを思い出したのならごめんな。それと蟹沢さんから校閲引き継いだ話は二回目のとき。最初は社交辞令の会話ばかりで最後に〈また会って貰えますか。〉って言ったんだ。」
宗久が付け加えた。
「蟹さんの話、覚えてたんだね。」
〈また会って貰えますか。〉と言われた瞬間に当時の鮮明な記憶が蘇り一瞬で由利の胸の中のモヤモヤは消えた。そうだった、蟹沢さんから私引き継いだのよね。大ちゃんはその経緯を聞きたいんだ。
「弥生さん、蟹さんと先生の悪口で盛り上がっているかな。」
早とちりで頭が混乱していた由利は照れ隠しに弥生と蟹沢を出して話を振った。
「大ちゃん、当たっちゃってごめん。大ちゃんとの二回目のデート、私にとっては人生の分岐点だった。私に言ったことも覚えてる。」
由利は宗久が蟹沢を覚えていてくれたのも嬉しい。そこで更に突っ込んだ。
「勿論さ。〈親に気を使ってるならハッキリ断って。〉って言った。」
「あの時、嬉しかったな。可愛いとかスタイルいいとか言われたら〔また〕とか〔やっぱり〕で作り笑いが大変。私から断りにくい状況だったし。」
「だろうね。だけど僕は由利と付き合いたかった。モーターショーの素敵な女の子にソックリだったもん。で、やっぱり顔もスタイルも自信あったんだ。」
「その話。後付けじゃないよね。弥生さんと会ったときはモーターショーと繋がらなかったでしょ。それと最後は余計、ムカついた。」
「あの時の弥生さんは髪短かったしTシャツだったろ。モーターショーでは髪長くてジャケット羽織ってた。綺麗だけど僕の中では別人だったよ。」
「どんなふうに。」
由利はまたも突っ込む。
「モーターショーの由利と弥生さんはキャンギャルとコンパニオン、異世界の人。由利と一緒に会った弥生さんは由利のお姉さんって感じだったよ。」
「結局、弥生さんもしっかり見てたんだ。それで私はキャンギャル、弥生さんはコンパニオンか。教養の差がある訳ね、答えて。」
「誘導尋問か。黙秘します。」
「あは、只の法学部卒さん。何言ってんの。」
「被告人は何故興梠修一郎氏の校正校閲をしようと決心したのですか。答えて下さい。」
「乗り過ぎ、法学部卒さん。」
モーターショーの女の子が由利だと判ってからの宗久は由利の心に踏み込んで来る。信じられないとイラつく反面、自分も気持ちを吐き出すとその後の爽快感が心地よい。由利は宗久同様に遠慮していない自分が嬉しい。




