被害者Xの献身〔15〕
鈴木蓮は目の前で喋っている東郷やよいの姿を見ると嬉しくて仕方ない。〔くノ一〕のコンサートでは見せたことがない活き活きと輝いている表情だ。こんなやよいを始めて見た。
連はやよいの様々な表情を残して置きたくて最高級機種の超高速カメラと超高画質のカメラを購入した。その東郷やよいを撮影する機会はもう二度と無いだろうと諦めていたのに、その夢があっけなく叶ってしまった。
蓮は最初に氷山耕介と話しているやよいを撮影することにした。
「それでは試し撮りで氷山先生と東郷やよいさんを撮影してみますね。画像はタブレットで見ましょう。」
蓮はバッグから超高画質カメラとタブレットを出して二台とも首に掛ける。
「それじゃあ、お二人さん。自然に喋ってください。」
蓮が言うと氷山は
「何を喋ればいいんだい。」
と問い掛けて来た。
「そうですね、カメラには音声が入らないので〈今日はいい天気ですね。お嬢さん。〉ぐらいでいいんじゃないですか。」
蓮が喋り終わると氷山の横でやよいがプッと吹き出して、
「氷山先生、今日の昼は何食べたんですか。」
と言った。氷山はキョトンとした表情で、
「ついさっき学食で一緒に食べたじゃないか。キミはヘルシー・セットで僕が日替りの並だったろ。」
「そんなにムキにならなくてもいいじゃない。」
東郷やよいは笑顔で氷山に話し掛ける。蓮は日常の動きなので超高画質のカメラで撮影していたが、やよいの微妙な表情の変化を秒刻みで画像に残したくなり秒16コマのカメラで撮影する事にした。
「そのまま会話を続けてくださぁい。今度はカメラを変えます。」
蓮が超高画質カメラをバッグにしまい秒16コマのカメラを取り出すと、氷山は
「それ、宜しければ後から僕にも見せてもらえませんか。」
と興味津々だ。蓮は
「構いませんよ。取り敢えず試し撮りするんて会話をお願いできますか。」
と氷山に言う。やよいは氷山が自分よりカメラに興味を示しているので不満そうな表情をしている。そんなやよいも魅力的だなと蓮はカメラをやよいに向ける。ファインダーの中ではやよいの顔がアップになっている。撮影ボタンを押すと機銃の発射音みたいな音が響く。やよいはカメラが自分に向いているのを見て蓮に向かって話しかけた。
「鈴木さんはお昼に何食べたんですか。」
「〈大森〉で〔いつものランチ〕を買って食べてからこちらに来ました。」
蓮が答えると、やよいは蓮が聡美の訃報を知ったのがその時だったと気付き一瞬顔を曇らせた。カメラはやよいのそんな表情も見逃さない。
陸上部の部員たちが集まってきた。
「やよい先輩、氷山先生の前だと別人だよね。」
「笑顔が違う。」
「はっきり好きって言っちゃえば。」
女子生徒たちが好き勝手に喋っている。
「冗談でもそんなこと言ったら、氷山先生が迷惑でしょ。」
「鈴木さんに撮影した画像を見せてもらおうか。」
氷山は女子生徒の言葉を上手に躱した。
あっという間に数百枚の写真が撮れた。写真を見ながら女子生徒たちはまたあれこれと喋り始めた。
「やよい先輩ってこんなに色んな表情をするんだ。」
「ホントすごいね。やよい先輩の魔力かもしれない。」
「悲しそうな顔してる時って、きっと氷山先生が傷つくこと言ったんだよ。先生は人の心より現象重視の理論派だもの。ダメだよ、先生。」
「これなんか凄く悲しそう。」
その写真を見た蓮はハッとした。生徒が指差した写真は蓮が午前中に弁当屋大森に寄った話しをして顔を曇らせた瞬間の一枚だった。




