被害者Xの献身〔14〕
谷中は電話で
〈こちら警視庁秋葉原署生活安全部の谷中と言いますが、鈴木蓮さんの携帯ですか。〉
と言ってきた。
蓮は谷中と話す気になどなれない。
〈僕と話をしたかったら逮捕状を用意して逮捕してからにした方がいいですよ。あなたみたいな人間とは話す気もしない。そうだ、あなたが警察官様を辞めたら幾らでも話し相手になってやるよ。〉
そう言って電話を切った。どうせ聞かれることは解っていた。〈昨夜の8時頃、あなたはどこに居て何をしていましたか。〉に始まり、その時の状況を尋ねられるに決まっている。そうなれば蓮は喧嘩腰で谷中に〈自分の後方で鈍い音がして、振り返ると握馬聡美さんが車に撥ねられたようでした。だけど僕は秋葉原署の谷中と言う頭の可笑しい警官から「握馬さんには一切関わってはならない。」と言われていたので仕方なく彼女を放置して帰宅しました。〉と答えるだろう。あまりにも馬鹿げている。そんな言葉は口にしたくはなかった。
幸いにもその後は谷中から電話は掛かってこなかった。
蓮は気持ちを切り替えた。今日は新規の顧客となった学校法人と契約をする。そこは女子校なので蓮は緊張していた。どこで情報を得たのか知らないが、蓮が聡美を撮影して掲載したブログを見た学生が〈ブログも部活動の写真もこのブロガーに依頼したい。〉と言ったのが発端らしい。蓮には一つ気がかりな事があった。なぜ、聡美のブログを閉鎖したのか尋ねられた時には何て答えよう。正直に言っていいのだろうかと悩んだ。
その日の午後、蓮は女子校に出掛けた。蓮はあまりの意外さに驚いた。蓮に依頼をしたのは〔くノ一〕を卒業した〔東郷やよい〕だった。陸上部が練習しているフィールドまで行くと、やよいの方から蓮に声を掛けてきた。
「鈴木蓮さんですか。私、東郷やよいと言います。私のことを覚えていらっしゃいますか。鈴木さんは聡美ちゃんのファンでしたよね。その聡美ちゃんが昨日あんな風になってしまって、今日は大丈夫ですか。」
「握馬聡美さんがメジャーデビューしてから僕も会ってなかったので、さっき弁当屋大森で訃報に接しました。」
蓮がやよいと話していると若い男が一人歩いてきた。蓮が羨ましくなるくらいのイケメンだった。
「丁度良かった。氷山先生、こちらが以前からお話ししていた鈴木蓮さんです。写真がものすごく上手で鈴木さんの撮影した女の子は凄く生き生きと撮れているんです。」
男性は名前を氷山耕介と言い物理学の教師であり陸上部の顧問でもあった。
「氷山耕介です。宜しく。僕もカメラが好きなんですよ。貴方の最高級機種にも興味があります。」
蓮は嬉しくなった。顧客ではなく新しい友達ができた気分だ。女神が幸運を運んできた。女神とは言うまでもなく東郷やよいだ。




