宮崎ラーメン
ジャスミンティーを少しずつ口に含む修一郎に由利は問い掛ける。
「そのお店は有名なの。」
「それがよく分からないんだ。もう一度行こうと思ったけど初めて行った土地で土地勘もなかったから分からず仕舞いだ。そしたらね、住んでいるアパートの道路向かいに小さなラーメン屋があって、開店前から行列ができるんだ。都心にある店じゃないから行列ったって十人とか二十人ぐらいだけどね。それで並んで食べてみたら、ここは旨かったんだよ。美味しいとしか表現の仕様がないな。それから時間がある時は昼でも夜でも通った。おまけに値段も安かったからね。道路の斜め向かいにはもう一軒ラーメン屋があったんだけどこっちは結構ガラガラで昼はチャーハン、夜は餃子を肴に一杯飲むお客さんがポツリポツリだった。人間の舌は正直なんだな。」
修一郎の話をここまで聞いた由利は携帯で 竹岡式ラーメンの検索をした。
「シンプルなラーメンなのね。薬味は玉ねぎか。」
由利が言うと修一郎は
「そう、玉ねぎが特徴。そう言えば小さな定食屋でカツオのたたきを食べたら薬味はニンニクとショウガじゃなくて大量の玉ねぎだった。房総半島の食文化で調べると面白いかもしれない。竹岡式はテレビでも一時期話題になったみたいだし、ラーメンを題材にしたコミックでも取り上げられたことがあるかな。」
修一郎は一息ついて由利に尋ねた。
「このままラーメンの話を続けるか夢に戻るか、どっちだ。」
由利は
「先生に任せます。ラーメンの話を続けるなら弥生さんと行った時のことが聞きたい。」と言う。修一郎は弥生と行った時の事を話し始めた。
「〈房総半島までラーメン食べに行こうか。〉って言うと〈いいよ。〉ってね。食べ終わって店を出ると〈どんなラーメンかと思ったらあんまりシンプルな醤油ラーメンでびっくりした。〉って。〈 美味しいラーメンだけど、たったこれだけのために100キロも走るってやっぱりあなた変よ。〉って言ってたな。」
過去に弥生を誘った男性の殆んどは値段も高くお洒落な雰囲気の店を選んだ。女性が喜びそうな定番中の定番の店だ。一方、修一郎だけが自分が感動した店に弥生を連れて行く。でも弥生にしてみれば修一郎と一緒の時間を過ごす方がより重要なんだと痛い位に解る。
弥生の事を思い出して由利が沈黙していると修一郎が話し始めた。
「竹岡式ラーメンは蟹沢とよく 食べ歩きをしたんだ。」
蟹沢は普通に会社員をしていたが小説家志望でもあった。ただ自分に文才がないと思っているらしく、修一郎の文章の校正校閲を引き受けていた。修一郎は話を続ける。
「蟹沢と食べ歩きをしながら〈竹岡式ってどうしてこんなにシンプルに醤油の味が出るんだ。〉って言ったら、あいつは〈お前、考え過ぎなんだよ。醤油しか使ってないんだろ。〉って笑ってたな。弥生にその話をしたら〈相対性屁理屈論の修一郎〉って笑ってたよ。蟹沢は茨城の農家出身だし子供の頃は忙しい時に醤油ラーメンじゃなくて醤油飯ってのをよく食べたって言ってた。お米に醤油を入れて炊くだけ。房総半島って醤油の食文化があるのかな。」
「銚子はお醤油が有名よね。先生なら[醤油と玉葱]でエッセイが書けるんじゃない。」
由利は簡潔に答えた。
「それで竹岡ラーメンなんだけど外房でも食べたことあるし、大学時代地学の実習で伊豆大島に行った時のラーメン屋も竹岡式のラーメンだった。」
「先生の学生時代って、時代はいつ頃なの。」
「昭和の後期だ。」
「その頃にはもう竹岡式はあったのね。」
「伊豆大島は味だけじゃなくて作り方もだ。一杯ずつ鍋で麺を茹でて醤油を入れた丼に返す。もともとは家庭料理で漁から帰った夫に妻が手っ取り早く作れる料理が竹岡式のラーメンだって聞いた記憶がある。茨城と言うか蟹沢の醤油飯も同類かな。」
夢から次第に逸れていく修一郎の話を由利は楽しそうに聞いている。
「なんか先生らしいって言えば先生らしい。ラーメンの切り口って普通は醤油・味噌・塩・豚骨でしょ。竹岡式を徹底的に追いかけるってとこが先生らしいかな。それで先生、話は変わるけど宮崎ラーメンは好き。」
由利が宮崎ラーメンを引き合いに出してきた。
「好きだよ。」
修一郎は即答した。
「良かった。宮崎は嫌いでも宮崎ラーメンは好きなんだ。」
由利は少し皮肉っぽく修一郎に言ったものの修一郎はあまり気にする様子もなく宮崎ラーメンの話をした。
「食べ方次第だ、淡い感じの豚骨スープを個性が弱いって言う人もいるけど、それがいいんだよ。それとニンニク醤油は必須かな。トッピングのもやしに適量のニンニク醤油を掛けてもやしから食べるのが俺流ってやつ。」
「そっか、その手があるよね。今度大ちゃんと宮崎ラーメン食べに行った時はそれ言ってみる。大ちゃんは濃いめのニューウェーブ宮崎ラーメンが好きだって言ってるけど伝統型の宮崎ラーメンもその食べ方で食べさせてみようかと思う 。」
修一郎と由利は暫くラーメンの話を続けていた。




