テクニク・テクニカ・シャランラ
今夜の宗久はいつになく饒舌だ。そして論理的な話をする。由利は仕事中の宗久が理路整然と物事を進めるのは知っていたが、家では〈あぁ、やっぱり。〉と思わせるくらい〈うだうだのぐでぐで〉だ。そこを何とかするのが自分の務めだとは解っていたがやはりイラっとくる時もあった。それが今夜の宗久は自ら口にした〈覚醒〉という言葉に相応しい行動を取っている。同時に家庭内では手のかかる今までの宗久の方がしっくりとくるような気もする。
「弥生さんは単純に先生と内広さんを近づけようとして実体化したのかな。」
宗久が言うと由利は
「ちょっと違うような気がする。だって弥生さんはめちゃくちゃ自己中だもん。世の中は自分のためにあると思ってるから。でも先生といる時は先生がいて自分もいるみたいに変わっちゃうのよ。そのギャップが弥生さんの不思議な魅力かな。」
由利は弥生の霊が近くにいたらちょっとヤバイかもと少々ゾクッとしながら喋った。
「由利から見ると弥生さんは等身大なのか。僕には弥生さんが卑弥呼や北条政子のように感じ取れるんだ。」
「ずいぶん大きく例えたわね。日本を動かした女性二人よ。」
由利が言うと宗久は説明する。
「卑弥呼は倭のクニの小国同士のいざこざを鬼道で治めただろう。北条政子だって鎌倉のいざこざを事得る事に丸く治めてその積み重ねが朝廷をも超える力を獲得したんだ。僕が気になるのは先生が言っていた弥生さんの〈由利みたいな女の子が欲しかった〉って言葉。五月さんとさつきちゃんが弥生さんの実態化した姿で、姪のやよいちゃんも絡んで内広さんの過去が暴かれたのも、モーターショーの女の子と由利が繋がったのも弥生さんの鬼道に思えてきた。先生と由利に伝えたい何かがありそうだ。弥生さんが鬼道を使えば簡単なことかも。」
弥生は確かに少しだけ日本の歴史を変えたのかもしれない。それは埋もれた秘話でもあり由利はその事を知っているが口には出さなかった。
「宗久は弥生さんを魔女から鬼にしちゃったの。」
「由利は鬼が悪者だって決めつけてないか。」
宗久に言われて文学部史学科卒の由利は少しムッときた。鬼の知識は由利の方が絶対に多い。宗久が一般論として日本の鬼を悪者扱いしたのは解っているが話を逸らした。
「それじゃあモーターショーの私と今の私が同時に存在したらどっちを選ぶの。」
「決まってるだろうモーターショーの…じゃなくて今の由利な。」
宗久は〈モーターショーの…〉と口にした瞬間ニヤリとして次の言葉に繋いだ。由利も宗久の頬をひっぱたこうと思って手を振りかざしたのだが宗久はいとも簡単に由利の手首を握りしめて言った。
「由利らしいな。その反応の速さ、頭の回転の速さが僕は好きだ。」
宗久は笑っている。宗久は本当に覚醒したのではと思えるほど行動も言葉遣いも大人になった。
由利は今しがた宗久が言った言葉を校閲する。
「弥生さんが使ったのは鬼道じゃなくて魔法だよ。先生がモーターショーの出来事を朗読してるときにテクニク・テクニカ・シャランラ〉っていう呪文は聞こえなかった。」
「なんだよ、それ。」
宗久が由利に聞き返す。
「先生が一番好きなアニメキャラの魔女。」
由利の頭の中では修一郎と弥生のじゃれあう光景が浮かんでいた。〈弥生さんなら掌で叩かずに跳び掛かって膝蹴りを入れるかな。そして先生は避けないで受け止める。それが先生と弥生さんの一番近くなる瞬間。〉。
考え込んでいる由利の肩に宗久が無言で手を回した。
「今日の大ちゃん、やっぱり別人みたい。」




