最強呪文〈バカァ〉
宗久は子供達が眠っているのを再度確認すると由利を抱き上げてソファーに寝かせた。そしてモーターショーの光景を思い浮かべ由利のTシャツをめくり上げる。由利は宗久から顔をそむけて無言だ。
そんな由利に宗久は話しかけた。
「五月さんがもしも弥生さんの幽霊なら、あれだけ綺麗な人なんだから内広さんに正面切って何か言いそうだ。伝説の名台詞〈私の方が全然可愛いけど。〉とか言っても不思議じゃないような気がする。」
そんな宗久に由利が答えた。
「逆よ、弥生さんの幽霊なら言わない。〈私の方が全然可愛いけど。〉は先生が人生で一番引いた言葉なの。こんな女なのかって。それが弥生さんの心に残っていたら絶対に言わない。それで二番目に引いたのは内広さんが身体を擦り寄せながら耳元で言った〈お客様、私のレジへどうぞ。〉なの。美人局かって気味が悪かったって。」
「〈私が誰より一番〉とかそんな単純なもんじゃないんだ。」
「宗久なんにも解ってないな。デート中はアイドル歌手がいても興味持っちゃだめ。」
「確かにそうだけど、男には無理かもしれない。努力はするけどね。女の子が話題提供で切り出してきた時は。」
「それでもダメ。」
宗久はやはり馬鹿正直だ。由利は宗久に鎌を掛けた。
「モーターショーの日、大ちゃんは弥生さんと私とどっちが気になっていたの。」
「言ったら由利は絶対怒る。」
思った通りの返事だった。〈もちろん由利だよ。〉と言わないところが宗久らしい。由利はかなりイラつくと同時にどこまで馬鹿正直なんだろうと呆れた。
「今、怒ってるよ。でも言ったら許す。」
少し間を置いて宗久は言う。
「首から上が弥生さんで、首から下が由利だったら最高だと思った。」
ここまで言われるともう笑うしかない。由利は吹き出してしまった。
「大ちゃん、本当に先生と同じようなこと言う。だから弥生さんの気持ちもよく解るの。バカァ。」
宗久は由利の腰に手を回し思いっきり力を入れて抱きしめた。
「弥生さんの幽霊が現れてから、由利は〈バカ〉じゃなくて〈バカァ〉って言うようになったろ。それすごく可愛い。」
宗久が言うと由利は言い返した。
「だから私のことだけ考えろ。バカァ。」
宗久は抱きしめている手に更に力を込めた。




