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シロクロイロ  作者: 双葉ゆず
第四幕
60/60

知らない顔

「皆さん、シートベルトは締めました?」

ルームミラーに映る瑜伊紀に返事代わりの視線を送る。意を汲み取った彼はひとり頷いて、車のエンジンをかけた。

「IC通過後は外してくださいね。いつ襲撃されるか分からないので」

真剣な面持ちで私たちが首肯すると、瑜伊紀は振り返って「それから」と言葉を続けた。

「奴らが表に出て来るまでの間ですけど、私の愚痴、聞いてくれませんか?」


……この状況で?

流文も俊祐も私と同じく、そう考えたことだろう。しかし眼前の眩しい笑顔の圧に私たちは顔を見合わせることすら叶わず、ただただ頷くばかりだった。一方の瑜伊紀は「ありがとうございます」と今度は爽やかな笑顔で言うと前に向き直り、車がゆっくりと動き出した。



悪魔による奇襲が起きたのは辰巳JCTから葛西JCTを結ぶ高速道路のみ。今日は悪魔出没までこの区間を巡回することになっている――のだけれど。


「とにかく、私は早くお嬢様の所に帰りたいんですよ!」


ハンドルをこれでもかと握り締める瑜伊紀。既に区間巡回も二周目に突入しているが、彼の口からこの台詞が何度出てきたことか。

愚痴を聞くと同意した――否、させられたものの、こうも長々と『お嬢様』関連の話しかしないとは予想外すぎる。これでは愚痴と言うより自慢話である。



ちなみに瑜伊紀の言う『お嬢様』とは、彼の雇い主のことだ。名を星澤(ほしさわ)羽良(うら)。何でも凪が任命される前の一年間だけ、最年少の十三歳で緊急派遣白天士を務めていた人だそうだ。つまり現在は十五歳。瑜伊紀が言うには彼女は私と同い年のようだが、にわかに信じ難い事実である。それだけの実力を持っていながら、瑜伊紀をボディーガードとして雇っているらしい。


他にも彼女のことを色々と聞かされたが、特に印象に残った話が一つ。


先程とは打って変わって、落ち着いた声調で瑜伊紀は言った。羽良は少々変わった外見をしているけれど、もし会うことがあっても気にしないであげて欲しいと。彼は目を伏せ、更にこう付け加えた。


「僕は綺麗だと思うんですけどね」

その一言には彼の発した言葉の何よりも重みがあり、羽良を想う気持ちの強さが籠っているように感じた。羽良のことを自慢したかった、知って欲しかった。瑜伊紀が愚痴を聞いてくれと頼んだのは、きっとそれだけではなくて。


「……ゆ、瑜伊紀さん、前、来てます!」

俊祐が声を荒らげたことで車内に緊張が走った。しかし前方を見ても変わった様子はない。

「そうは言われましてもね」

冷めた表情で瑜伊紀が言い放つ。『不測の事態が起きない限り一切手を出さない』とは、こういう事らしい。

「チッ、使えねぇな……! 水音、防御出せ!」

「任せて!」

流文は本を、私は弓を一斉に構えた。


書天防術【煉瓦壁(れんがへき)

水天防術【水車転】


二種類の防御スキルがほぼ同時に発動する。煉瓦の高い壁が道路脇に停車したセダンを囲み、その前方に水車が配置され、物凄い速度で回転を始めた。


「流文君。これ、私たち更に外の様子が見えなくなってない?」

「問題ねぇよ。俊祐は視えてる。だろ?」

「煩い黙れ、死にたくなかったら集中させろ」

「……」

目を瞬く。正直、驚いた。穏やかな性格の俊祐がこうも暴言を吐くとは。

それに気になることもある。けれど口を開こうとしてやめた。話を持ちかけたところで今の俊祐にとっては雑音でしかないのだ。


「なっ……術が破られる、二人とも外に出るよ! 瑜伊紀さんは自衛お願いします!」

「はい、勿論です。皆さんもお気をつけて」

ルームミラー越しに笑顔で見送られ、私たちは急いで車を降りた。



外の状況は概ね俊祐の言った通りだった。【水車転】は完全に消滅、【煉瓦壁】は崩壊寸前で、巨大な爪痕が複数残っている。だが周辺に悪魔の姿は見受けられない。魔力の残滓だけが確かに散らばっている。


「俺ら、悪魔に襲撃されたんだよな? 何処に行きやがった」

「そんなに離れてはいなさそうだけど……」

周囲を見回す中で、ふと目に入る。俊祐が軽々とトラックの上に飛び乗る姿が。

「え」

口をぽかんと開いたまま私は俊祐を目で追う。驚異的な跳躍で前を走る自動車やトラックに移り、確実に前進していく。まるで、かの戦の天才――源義経の八艘飛びの如く。

「俊祐のヤツ、忍術齧ってるだけはあるよな」

「そ、そうなんだ……」


初耳だった。同期で歳も近い彼とは交流も少ない訳ではない筈なのに、今日の俊祐は知らない顔、姿ばかりで私は見る度に驚いてしまう。そもそも現代に忍術って存在するんだな、というのが正直な感想である。


「あれなら速いし天力の節約になる。俺らも慣れれば楽勝だろ。よし、行くぞ水音」

「えー……」

それはちょっと、とは言うまでもない反応をすると、流文が眉間に皺を寄せる。

「お前は跳力あるクセに、そんなに嫌かよ。天力多いから移動スキルでいいっていうマウントか?」

「違うよ。私はただ、天力より体力の温存を優先するべきだと思っただけで」

「じゃ、こうすっか」


突然自分の体がふわりと浮いたような感覚に陥る。流文が走り出してから漸く、私は彼に抱き上げられていることを理解した。


「ちょっと流文君、何して……」

「舌噛むなよ」

平然とした顔で流文は高速道路の端を駆ける。

「いくら何でも危険だよ!」

「言い争ってるより、こうした方が早いだろ。水音は軽いし、跳ぶのに支障ねーから安心していいぞ」

「だからってこの抱え方はどうなの――っ!」


流文が勢い良く跳躍し、地面が遠のく。一瞬で軽トラックの荷台に飛び乗った。「なんだ!?」という運転手であろう声が聞こえて、すぐさま荷物の陰に身を隠した。

流文は次に飛び移る車とタイミングを見計らっているようだけれど、この見定めだけでもかなり時間を要するだろう。いま彼が挑んでいるのは、静止した場所から、走行している車に飛び移る――という先程の跳躍よりも困難を極めるもの。慣れれば楽勝だと彼は言ったが、その慣れるまでが長過ぎる。

……それに、だ。


「流文君」

軽トラックの運転手に見つかる万が一を考え、私は小声で話しかける。

「何だよ、今は集中させろっての――」

「空吸、使った方が早くない?」

「……あ」

白天士の超基本と言ってもいい技だが、流文にその発想はなかったようだ。そういう私も俊祐の忍術に気を取られて忘れていたが。

なかなか名案だと思ったのだけれど、流文は「いや」と首を横に振った。


「そりゃ早いだろうが、絶対に一般人に目撃される。もしSNSに拡散されたら大問題だ。政府公認組織とは言え【白天】の認知度は無いに等しいし、広く知られたところで俺たちには無益でしかないだろ」

「言われてみれば確かに。流文君って真面目だよね、意外と」

「一言余計だ」


なんとなく予想できてはいたけど案の定、流文に睨まれた。以前よりずっと親しい仲になれたからって、ちょっと言い過ぎてしまった。


「ごめんごめん。……でも」

流文の手を引いて、私は宙に浮かぶ。周りの目なんて気にしていたら始まらないのだ。

「人の命が最優先、でしょ?」

目を白黒させていた流文は私の言葉を受けて、すぐ真剣な面持ちに変わった。

「それもそうか」

握り返された手には、これからの戦いに向けての彼の決意が篭っているような気がした。

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