お見舞い
治療所に入るとすぐ、ずらりと椅子が並べられた待合室のような場所に着く。見回しても人は誰もおらず、ただ消毒液の臭いが漂う空間と化していた。静かで、どことなく落ち着いた雰囲気だ。
一先ず待機することに決め、適当に受付の側の椅子に座った。
「あら、いらっしゃい」
ドッと心臓が声にならない叫びを上げる。いざ人が来ると驚いてしまって仕方がない。
『スタッフルーム』と書かれた扉から現れたその女性は、見るからに看護師の装いだった。首から提げた名札には『向日』とある。
「もしかして面会希望?」
「は、はい」
ぎこちなく返答する。一方の向日は受付カウンターのタブレット端末を操作し始めた。
「貴方の名前、それから用件を教えてくれる?」
「えっと……佐々木俊祐です。安藤美煉さんの面会に来ました」
「佐々木君ね。面会は可能だけど、念のため本人に確認を取るわね」
「分かりました」
向日は固定電話の受話器を取り、番号を入力する。電話は難なく繋がったようだった。
「もしもし、安藤さん? 佐々木君が面会したいって……」
『ええっ、本当ですかっ!?』
僕まで届いた叫び声は、あまりの大音量だったらしい。向日は即座に耳元から受話器を離した。
「病室では静かにね。……そう、なら今から連れて行くけど………病室で暴れるのは止して。それは双ヶ丘先生も流石に怒る案件よ。……ええ、また後で」
病室で暴れるって、どんな会話したらそんな物騒なワードが出てくるんだ?
残念ながら、その真相が解明される時は永遠に来ない。
向日に連れられて、安藤の病室に到着した。扉横に『安藤美煉』と書かれた名札がある。……何故だろう、変に緊張してきた。
「入るわよ、安藤さん」
「どうぞー!」
向日が一応入室を断ると、扉越しに明快な返事が飛んできた。病人とは思えない溌剌さだ。
「佐々木君。面会時間に制限はないから、ゆっくりしていってね」
「あ、はい。ありがとうございます」
僕のお礼を聞いてすぐ、向日は駆け足で仕事に戻った。患者が増えるのは午後以降にしても、治療所の職員は多忙のようだ。
……気を取り直して、僕は面会に臨まなければならない。桜咲に言われ、向日に案内を受けて、此処まで来たのだ。にも拘わらず逃げ帰るなんて、みっともない行動を取るつもりは更々ない。
それなのに足が竦んだ。額に冷や汗が滲む。扉の取っ手に手をかけて躊躇う。自分でも原因は解らないけれど、何かに怯えるように全身が強ばっている。緊張を通り越して恐怖を感じている、みたいな。
「しっかりしろよ……」
そう、自分自身に言い聞かせる。
安藤とは気さくに話せる関係だった筈だ。心配だから会いに来た癖に何を今更、僕は彼女と関わっていいのだろうかと疑念を抱く?
「………くん、佐々木君」
頭上から降ってきた声で我に返った。無意識のうちに扉の前でしゃがんで縮こまっていたことに漸く気が付く。途端に羞恥の念に駆られ、両手で顔を覆い隠した。
「なかなか部屋に入ってくれないから心配で。お迎え、と言うほど遠くはないけど来ちゃった。大丈夫?」
指の隙間から安藤が見えた。なんか近い。
「いやいやいや、安藤こそ立ち歩いていいの? 体に障るんじゃ……」
「これくらいは問題なしっ! さあ入って入って。一緒にプリン食べよ!」
「えっ、僕お見舞いに来ただけなんだけど、だあっ! ちょっと待って安藤、そこ引っ張らないで首があああ」
別室に他の患者もいるというのに大変ご迷惑な悲鳴を上げ、僕は引き摺られながら強制的に病室へ連れ込まれた。
「佐々木君、いらっしゃい!」
「お、お邪魔します……」
ベッドの横に置かれた椅子に腰掛けて、ほっと息をつく。今に至るまで一悶着あり、おかげさまで酷い緊張も解けた。一方の安藤は冷蔵庫の中を漁っている。お見舞いに貰った品でいっぱいの状態になっているようだ。
「昨日貰ったプリン、何処に……あった。佐々木君、これ食べたことある?」
「うーん……多分?」
安藤の手に握られている、プリンがぎっしり詰まった瓶には見覚えがあった。お土産の一つとして埼玉で有名だったような気がしなくもない。
「このプリン美味しいよねえ。テストでいい点数を取れた時にご褒美で貰って、おねえちゃんと半分こしたの、懐かしいなあ……」
プリンを見つめて微笑む安藤が、僕の目には不思議と悲しそうに映った。
彼女は偶に遠方を見据えるような、虚ろな瞳を見せることがある。それは大抵『おねえちゃん』を話題に出した時だ。
「普通のと川越いもがあるけど、佐々木君はどっちがいい?」
「先に安藤が選びなよ。僕は余った方で構わないから」
「そう? じゃあ、どうしよっかなあ」
僕が譲歩すると、安藤は二種類を見比べ始めた。迷いに迷って数分経過し、こちらの顔色を窺う。
「どうした、安藤?」
「あ、あのね。やっぱり半分ずつにして食べたいなって思って」
どちらも捨て難くて、一つを選ぶことは出来なかったらしい。
「いいよ。プリンは僕が分けるから、安藤はベッドに戻って」
「で、でも佐々木君がお客さんなのに」
「怪我、まだ完治してないんだろ? 多少は安静にしてなきゃ駄目だ」
「うっ……分かった」
安藤は渋々ベッドに戻る。布団に入っても横にならなかった。
気を取り直して、僕は二種類のプリンを半分ずつ皿に出した。瓶に残す方と皿に盛る方とで均等になるよう意識したつもりだが、正直なところ上手く出来ていない。最初から完璧に等分するという考えは無かったけれど、何と言うか……ひとつまみの悔しさがある。
「安藤、これでいい? 自分から分けるって言っておいて下手かもしれないんだけど」
「大体でいいよ。ありがとう!」
瓶を一個、皿を一枚受け取った安藤は、瓶の方から早速食べ始める。確か味は普通のだった筈だ。
「やっぱり美味しい!」
そう言う安藤の笑顔を見届けて、僕もプリンを口に運んだ。滑らかな舌触りと同時に懐かしい甘味が口腔に広がり、食道を伝って流れ込んでいく。
「佐々木君、お味は?」
「うん、美味しい」
「良かった! 無理して食べてたらどうしようと思ってたから」
「……プリン苦手だったら食べてないよ」
「それは嘘。佐々木君なら好き嫌い関係なく食べるでしょ」
安藤と視線がかち合う。自分の身体を射抜かれたような気分に陥った。
「なんで、そう思う?」
「佐々木君は優しいから。それだけだよ」
またプリンを口に含んで、安藤は頬を膨らませる。彼女の笑う表情はいつだって眩しくて、更に後ろめたさを感じる。
僕は安藤が言うほど優しい人間ではない。ただお節介なだけだ。
「ねえ、佐々木君。今日はどうして面会に来てくれたの?」
「どうして、って……桜咲と不知火に言われたから、かな」
「そっか」
安藤はそう言って目を伏せたかと思うと、ベッドを降りて窓を開けた。瞬間、病室に爽やかな空気が流れ込む。艶のある焦げ茶色の髪が靡き、日光を反射して煌めいた。
───その後ろ姿に重なる、かつての記憶。
『佐々木会長。良かったらですけど、これ半分貰って欲しくて』
放課後の生徒会室で偶然出くわした彼女は、もう居ない。この世界の何処にも。
「佐々木君?」
「……ああ、悪い」
「今日は考え事が多いね。何かあった?」
「それが、もうすぐ仕事なんだ」
原因は他にあるけれど、言い難くて咄嗟に嘘をついてしまった、が。
「へえ、何処の?」
安藤はあっさりと信じた。
「首都高なんだけど、分かるかな」
「もちろん! 東京の高速道路だよね」
ベッドに上がった安藤が僕の方に身を乗り出す。自分の仕事でもないのに興味津々だ。
「其処で奇襲事件が多発しているみたいでさ。もしかしたら凄惨な現場を目の当たりにするかもしれない」
……事実、今回の資料を読んだ時、初仕事の自分には荷が重いものだと思った。
悪魔に殺された人もいれば、それにより無人になった自動車やトラックが暴走した結果、事故死した人もいる。奇襲を受けなかった人間までもが巻き込まれ犠牲となってしまう、非常に珍しいケースだ。つまり僕らの仕事は元凶の討伐のみならず、被害を最小限に抑えることも範疇にある訳だ。人を守りながらの戦闘───そう簡単に出来ないだろう。
「大丈夫だよ」
「……え」
「佐々木君、強いでしょ」
自信に満ち溢れた顔に、ふっと笑ってしまう。
「まあね」
自己肯定感の低さ故に、彼女のたった一言で、少しだけ認められたような気がした。
更新遅くなってしまい申し訳ないです。
多忙なので……すみません。
今後ともお付き合いください。




