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シロクロイロ  作者: 双葉ゆず
第三幕 鏡に映る理想郷
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今起きたことが、理解できなかった。

ミーユ――もとい華煉に飛びつこうと絨毯から降りた途端、何者かが槍で彼女を突いた。空中に一人投げ出された私は、すんでのところで彩奈に助けられた。しかし華煉は、そのまま地面に落ちた。


「ぁ――待って、おねえちゃんが」

「駄目だよ、みれー」

星属性の移動スキル【流星】に乗ったまま、彩奈は私の腕を掴んだ。

「で、でもっ」

「どんなに強い悪魔でも悪魔を殺めることはできない。自殺も不可能」

「だからって……!」

抵抗する私を彩奈は離そうとしない。どうして、と思いながら彩奈の顔を見る。彼女の視線の先には弓矢を構える水音と、悪魔が二人いた。


「女王に実力を認められた君がこんなに使えないとは――幻滅したよ」

知っている。あの男、華煉が紹介していた悪魔に違いない。

「タルテー!」

「みれー、なんで知って……」

「ん? ……うわ、まさか派遣された白天士、全員生き延びてるの? しかも誘拐した子供も閉じ込めてるだけ? 何をもったいぶっているんだか」

タルテーが此方を見る。その鋭い視線に思わず目を逸らした。どうやら私は、彼を恐れているらしい。


「タルテー……それが君の名前?」

私の声を聞いた水音が尋ねる。

「ご名答。そう言う君とあっちの星属性の奴は初めましてだね」

悪魔の男は不敵な笑みを浮かべ、名乗りを上げた。

「名をタルテー。女王の臣下、と言えば分かるだろ?」

「……何が言いたいの」

「知らない? 上級と対峙し生き延びた白天士は一人だけって話」

遠回しな言い方だけれど、彼が上級悪魔であることに間違いはなさそうだ。

水音は口を噤む。彼女が思ったであろうことを彩奈は小声で呟いた。


「これは……まずい」

「彩奈?」

「ミーユが領域と結界を展開している限り、私たちは此処に閉じ込められたままになる。逃げ場がない以上、上級悪魔との対戦は避けられない」

彩奈の額には汗の粒が見える。

私は移動スキルの使用で精一杯。水音と彩奈も動きっぱなしだ、そろそろ限界が来る。これは確かに状況が悪い。万全な状態であったとしても、キンハ以下の私たちが上級に敵う訳がない。


それなのに、また今から戦うの?


「みれー。もし戦いになったら移動スキルで距離を取って。理由は……分かるよね」

聞いたこともない彩奈の低い声に、私は頷く他なかった。横腹の怪我は水音が応急処置を施しただけで、本来ならば安静にしていないと命に関わる重傷だ。今の私が戦いに加われば、それこそ足手まといにしかならない。



緊張で空気が凍りつく。勝算もないまま戦えばどうなるか――この場の白天士全員が理解していた。けれど戦う覚悟はあった。

水音は弓矢を、彩奈はステッキを。それぞれが戦闘態勢に移行したのだが。


厳かな雰囲気を濁した者がいた。

「へえ、すごいね。中級を相手に絶体絶命だった癖に、上級と戦う気はあるんだ。……でも残念。今は戦闘の気分じゃないから。もともとミーユの処分に来たんだし。ま、悪魔同士じゃあ殺せないけど」

タルテーはミーユの背中に突き刺さった槍を引き抜く。呻き声が小さく聞こえたと思った瞬間、彩奈が私の耳を塞いだ。


空中で回転させて返り血を吹き飛ばし、ある程度は奇麗になった槍を手に、タルテーはまた口を開く。

「とどめを刺すのは君たちの役目だ。ミーユがどうなろうと関係ないし、今日の自分は中立的な立場だから、好きにしなよ」

吐き捨てるように言って、私たちに背を向けるタルテー。そんな彼を「待って」と呼び止めたのは、水音だった。

「……何?」

足を止め、タルテーが振り向く。汚泥にも似た黒い瞳に見つめられ、水音が固唾を呑んだのが見てとれた。

「最後に一つだけ聞いても?」

「どうぞ」

即答で質問を許したのには驚いたが、水音にそんな素振りも無くこう訊いた。


「この処分は何の為にしたことなの」

「上からの指示だよ。だから処分の目的は自分の知れたことじゃない」

「……そう」

「これで満足? 帰っていい?」

水音が頷きを返すと、タルテーは何も言わず彼女から離れていく。本当に帰るつもりらしい。上級悪魔と戦わずに済むようで、一先ず安心だ。


「そうだ、佐倉水音」

またもや振り向いたタルテーは、笑顔で手を振りながら。

「アルフィアによろしく」

そう言い残し、彼は今度こそ姿を消した。




上級悪魔が去ったところで、この戦いが終わった訳ではない。問題はまだ残っている。


「おねえちゃん!」

彩奈に移動スキルを解除してもらい、私は地面に倒れた華煉の元へ駆け寄った。背中の傷と流れ出る鮮血からは目を逸らしたくて、彼女の体を仰向けに寝かせる。額には脂汗が染みており、明らかに顔色が悪かった。

天術の回復スキルでは悪魔の傷を癒せない。だから私にできる事と言ったら、こうして楽な姿勢にしてあげるくらい。自分の無力さに幾度となく呆れてしまう。


「美煉ちゃん。ミーユの意識は?」

「ない……今のところは」

「そっか」

水音が訊いてきたのはそれだけだった。


けれど、今度は私から離れた所で彩奈と何やら話をしているのが聞こえた。

「やっぱり美煉ちゃんとミーユは姉妹なんだね」

「恐らく。みれーから直接話を聞いたことがあって、名前は華煉、だったかな」


二人はミーユの正体に気付いていながらも、戦っていたんだ。作戦があるからと言って、私が回復するまで時間を稼いでもらったけれど……任せて良かった。襲撃は想定外だったにしろ、華煉の記憶は戻っている。

本当は私が聞いていい会話ではないと分かっていたけど、華煉の容態を確認しつつ耳を傾ける。並の人より優れた聴力がこのタイミングで発揮された。


「彩奈ちゃん。あの子、人間の頃の記憶が戻ったみたいだったよね。この場合、討伐を中止する選択肢はアリなのかな」

唐突にミーユに目を向けた水音と視線が合いかけて瞬時に俯き、やり過ごした。

「特に規定は無いけど、私は倒すべきだと思う。たとえ身内であっても悪魔は悪魔。私たちの脅威に変わりない。とどめを刺す覚悟が美煉にないのなら、私がやる」

「でも、それは……」

「当人たちの意見を聞かず、第三者が討伐する。確かに非人道的かもしれないけど、それが私たちの仕事だから。どんな理由であれ、悪魔を見逃すのは白天士として失格だよ」

二人の言葉を聞いて、目が眩むような思いだった。討伐するか否か――私が一番、考えたくなかったことだ。


記憶の有無に関わらず、ミーユの討伐なんて私にはできない。それは彼女を目にした瞬間から確定していた。

けれど彩奈には立派な覚悟がある。ふわふわしているように見えて、悪魔を倒すという意志は人一倍強い。義兄の指導のお蔭か、知識も豊富で頼りがいがあって。その義兄は現在行方を晦ましているそうだが、もし見つけた時に悪魔に変貌していたら、迷わず心臓を突く、と本人から聞いた。


こういう白天士が将来高みへ登り詰めるのだろう。火事で全てを失い、行くあてもなかったから【白天】に来た。人の役に立ちたい――それだけの理由で悪魔討伐の道を選んだ。こんな意志の欠けた私は、それこそ白天士失格だ。

そうやって自身を追い詰めた……その時。


「……うん、きっと彩奈ちゃんの言った事は白天士として正解。今みたいな事態にも対応できるように第二試験で木織さんの姿の悪魔が現れた訳だし、ミーユは倒さないといけない。だとしても、いざ自分がその立場に立たされた時、正しい行いができるとは限らないでしょ?」

離れていても分かる。彩奈は目を丸くして、水音を見つめていた。

「美煉ちゃんは今まさに、その状態なんだよ。数え切れないほど練習を重ねても、本番になるとできないみたいな、ね。だから私は美煉ちゃんと華煉ちゃん、二人の意思を聞いてから判断するべきだと思う」


二人の意思を聞いてから。

目頭が熱くなる。水音は私だけでなく、華煉の思いにも耳を傾けるべきだと。最終的な判断を白天士として間違っても構わないと言ったのだ。

悪く言えば依怙贔屓だけれど、華煉を特別に扱ってくれるのは嬉しかった。


「み……っ………」

突如、喉から絞り出したような掠れた声。華煉が目覚めたのだと直感した。

「良かった、起きたあ……お、おねえちゃん大丈夫?」

「み、れん……」

苦しそうだが、名前を呼んでくれる。意識については問題なさそうだ。水音と彩奈にも早く教えようと、後方で話している二人を振り返った。




――瞬間。


「わた、しを……ころし、て」


私に縋るような声。


聞き間違いとか、ただの冗談なんじゃないかって、本気で思った。

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