鬩ぎ合い
木杖攻撃・【銀杏舞】
魔術攻撃【手裏鏡】
それらは双方、同時に放たれた。
一方は銀杏の葉が、魚の群れの如く渦を巻き、踊るように敵へと迫る。もう一方は角の鋭い鏡が、手裏剣の如く回転しながら四方八方へ散っていく。
銀杏と鏡は衝突した瞬間に霧散する。どちらか片方が優勢、劣勢とは言い難い。完全なる互角の戦い。ぶつかり合う攻撃の全てが相殺され続けている。
天術と魔術、厳密には天力と魔力。異なる二つの力の鬩ぎ合い。この場に“声”はせず、ただ“音”だけが重なり響く。
ふたりが目指した真剣勝負が、今まさに繰り広げられていた。
――だが、この厳かな雰囲気の中、焦りに焦る者が一人。言うまでもない。
……くそう、何が真剣勝負を教えてあげる、だ! 中級悪魔を相手に本気で戦おうなんて、ホントよく言えたね私! コレ無理だよね、確実に天力切れでバッドエンド行きだよね!?
そう、戦闘中に今更ながら脳内反省会なるもの(たぶん違う)をしている、私である。
現時点で無傷なのはいい。でも、このまま天術を行使し続けると命の危険が伴う。
天力の発生源は心臓、ただ一つだ。断言はできないが、悪魔の持つ魔力も同様だとされている。天力は天術、魔力は魔術。それぞれの能力を発揮するためには、これらの力の消費は免れない。
唯一違うのは量。
天力は有限だ。供給量も少なく、全回復するには一晩を要する。入れる器も鍛錬しなければ広がらない。何より、生命力も同然なのだ、枯渇すると死んでしまう。
魔力はその逆、無限と言える。なんと魔力を使ったそばから回復する。わんこそばが解りやすい喩えだろう。消費しても絶えず供給されるので、器を広げる必要がない。つまり悪魔は皆、容量だけは同じなのだ。
魔術攻撃【黒鏡閃光・曲】
先程の攻撃が消えると、ミーユは瞬時に次の攻撃に移った。私も対抗すべく、ステッキを振る。
木杖攻撃・【水目桜】
弧を描くように伸びてくる黒い閃光。それを、桜に似た葉の結集により生成されたドームが呑み込む。
【水目桜】は【樹海防壁】と酷似したスキルだが、攻撃の吸収はできない。葉のドームで包み、球状になったら即圧縮、そのまま潰して無効化する。立派な攻撃スキルだ。
ドームが球に変形したのを見届けて、私は深呼吸をする。攻撃スキルは使えて二回。生存に必要な天力を残すこと、防御や回避などの攻撃以外のスキルを使用しないことを含めて計算しても、これだ。
ここにきて、自分の力不足を思い知らされた。天術にも動きにも無駄が多い。
私がまだ戦えるうちに、彩奈や水音ちゃんが来てくれたらいいんだけど……。
困った事に、周囲は真っ白。鏡も何も無い、ただの殺風景が広がっている。……いや、いくら心配しても仕方ない。首を左右に振り、気を取り直す。
いつ、どんな時も、自分にできる最善を。そう教えてくれたのは――
「ふふっ、楽しい……すっごく楽しい! 白天士との戦いは今回が初めてだけど、こんな風に相争うのも気持ちがいいわ!」
ミーユが歌うように高らかな笑声を上げる。緊張の糸があっさり切られた。
まさか、この戦いに興奮しているというのか。どこいったんだ、真剣勝負は。私はあまりの驚きに目を見張りながら、次の攻撃に備えてステッキを構える。
魔術攻撃【暗黒鏡弾】
予想通り、すぐに攻撃が来た。黒縁の手鏡が紫色の魔力を帯びた状態で飛んでくる。数も多い。【暗黒魔弾】の応用技のようだ。
木杖攻撃・【紅葉舞】
赤く染まった紅葉が舞う。手鏡に飛びかかり、一つずつ滅していく。
【紅葉舞】は【銀杏舞】より広範囲で、比較的に葉の数が多いのが特長だ。その分、威力が低下してしまうが、【暗黒鏡弾】の対抗策としては有効なはず。
「読みが甘いね、おねえちゃん」
「……!」
ミーユの言ったことは、この後すぐに理解できた。【紅葉舞】では捌き切れなかったのだろう。【暗黒鏡弾】の手鏡が数枚、此方に迫って来たのである。
目には目を、歯には歯を、数には数を……と思って【紅葉舞】を発動させたのが裏目に出てしまった。数少ない敵の残機に、貴重なリソースを割くのは控えたいところだ。
ここは、回避スキルを……!
ステッキに天力を流し込むも、私はふと思いとどまった。回避スキルを行使したら、残り一回の攻撃に使う天力が不足する。
こうなったら、今こそ攻撃スキルでミーユに損傷を与えるべきだ。――でも、あの子を傷付けるなんて私にはできない。攻撃を当てることは可能でも、きっと全力は出せない。
それなら、空吸と自分の身体能力で回避するのはどうだろう。――ただ、避け切れる自信はない。
私は後者を選んだ。一瞬にも満たぬ内に息を吸い、空中へ跳躍した。
……だが、時すでに遅し。攻撃スキルを使うか否か、その気の迷いが命取りになったのだろう。
バキッ……!
その不気味な音に、驚く暇もなかった。
「っ、……はぁ、ふ……は」
瞼が重い。息が荒い。横腹が痛い。口の中が不味い。
正直に言うと、何が起きたのか、自分は今どうなっているのかさえ分からなかった。推測するに、選択を間違えたのだろう。【暗黒鏡弾】を空吸で避け切れず直撃した。横腹の鈍痛は、多分その所為だ。恐らく骨も折れている。骨が内臓に刺さっていないことを祈るばかりだ。
「痛みはどう、おねえちゃん?」
鈴を転がすような、可愛らしいミーユの声が聞こえてきた。私は仕方なく無視する形を取った。生憎、荒々しく息を吸って吐く事しかできないのだ。
「あーあ。折角、面白くなってきてたのに残念ね。……ううん。最初から、この子と戦うと決めた時から間違えていたわ。新米白天士なんて、わたしには到底及ばないもの」
つまらない、と皮肉を言うミーユ。戦いを心から楽しみ、笑顔を見せていた先程の彼女とは大違いだ。
「この勝負、わたしの勝ちね。約束通り、鏡にいる人間は殺しちゃう……あ、できるだけ優しく殺してあげるから、心配しないで」
「な……何が……」
優しく殺してあげる、だ。
そう言い返すつもりだったけれど、ミーユが制した。
「静かにして。死にかけのあなたに発言権は無いんだから」
冷たい声が突き刺さる。『死にかけ』という言葉で、更なる絶望が襲ってきた。
「災難だったね、おねえちゃん。わたしが止めを刺さないから、苦痛を味わいながら死ぬことになって。わたしの魔術領域を荒らした罪、精々償ってちょうだい」
バチンッ!
いっそ気持ちいいと言ってもいい程に音を響かせて、ミーユが私の額を弾いた。数秒で痺れるような痛みが走る。
コツコツという音が、段々と遠ざかっていく。ミーユが私の傍を離れて行っているのだろう。
ミーユの言う通り、今は苦痛でしかなかった。炎に包まれた、あの時よりもずっと。何倍、何十倍も。叫ぶ事もできないくらいに、痛かった。
藻掻くのは気持ち悪いのでやめた。蹲って、必死に耐えるだけ。
どうしたら、よかったのかなあ。
後悔に、涙が溢れる。死んでしまったら、取り返しがつかない。それくらいは判っていたつもりだったのに。最も重要な局面で、私は判断を誤った。それ以前に、結論を出すのが遅かった。だから回避できなかったのだ。白天士として不甲斐ない。
このまま、しぬのかなあ。
こんなにも痛いのに。神経も思考も、働くのを止めてくれない。“死”は意外と呆気ないんだなと、死に際でもマイペースに、平常運転で私は思っている。
死因は何になるんだろう。出血多量? 骨折で内臓が駄目になったとか? そういうのって、何か名前ついてたっけ。……ていうか何でこんな、どうでもいいことを考える余裕があるんだろ、私――
「宇宙を駆けて、【一番星】」
希望の“音”が、聞こえた。
PV2000、ユニーク900突破ありがとうございます!
今後も執筆活動に励んでいきます。




