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シロクロイロ  作者: 双葉ゆず
第三幕 鏡に映る理想郷
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真剣勝負

目が覚めると、私の視界は純白に埋め尽くされていた。


夢を見ていたのだろうか。ずっと思い描いていた未来。絶対に叶わない日常。鏡を見る瞬間までは幸せだったのに、唐突に突き付けられた過去。

フラッシュバックのお陰で今、現実に戻って来れた訳だけど、精神的苦痛は僅かに残っている。


取り敢えず上半身を起こしてみて、気付く。眼前に置かれたアンティーク風の姿見。中心からひび割れてはいるものの、鏡としての機能は失われていないようだ。そこに映るのは、いつにも増して青白い顔をした自分。そして、目を見開いたまま微動だにせず立っている、まだ幼い男女。正直なところ、気になるのは後者の方だ。


少年の方はスーツ、少女の方はドレス。ふたり揃った黒い洋装に目を瞬く。何かの間違いでなければ、彼らは人外――悪魔だろう。

起きた直後に気付いた、体にのしかかるような重い空気は、恐らく魔力の気配だ。これを肌で感じるのは初めてではない。だからこそ解る。


……あのふたりは、只者じゃない。


きっと、試験で遭遇した悪魔よりも遥かに強いだろう。

更に絶望的なのが、この状況。周辺を見渡さずとも理解できる。水音も彩奈も此処にはいない。推測するに、此処は魔術領域の中なので、何処かにいる可能性はある。

だからと言って、たった一人で悪魔二体と真面に戦えば、勝算は無いに等しい。


けど、それは戦わない理由にはならないよね。


覚悟を決めて立ち上がると、背後から少女の声が飛んできた。

「目が覚めたみたいね、おねえちゃん」

「―――――」

腕時計の武器ポケットに伸ばした手が止まる。振り向かずとも、確信してしまった。


私は、この悪魔の少女を倒せない。



「はじめまして。わたしの名前はミーユ。こっちは友達のタルテー」

「……なんで紹介した」

意気揚々と話す少女――ミーユに、タルテーと呼ばれる少年が小声で口を挟む。


「別にいいでしょう? 名前が【白天】に漏洩しても、大した情報にはならないんだから」

「そう? 用心するに越した事はないと思うけどね。……で、どうするんだっけ?」

「愚問ね。殺す以外の選択肢なんて初めから存在しないわ。あなたの名前と違って、理想鏡界の情報漏洩は困るもの」


口封じの為だけに殺すって嘘でしょ!?


危うく、そう口走りかけた。思った事をすぐ口にする悪い癖だ。もしかすると瞬殺されていたところだった。

運のいいことに、悪魔は会話に気を取られているようだ。小さく安堵の息を吐いてから、音を立てないよう注意し、今度こそ武器ポケットからステッキを取り出す。


「へぇ、ひとりで殺る気なんだ?」

腕を組んだタルテーが、不敵な笑みを浮かべる。逆にミーユは真剣な表情で、淡々と答えた。

「勿論。自分のテリトリーくらい、自力で守り抜くわ」

「それはそれは。実に君らしい、自信満々な回答だ。じゃ、取り敢えず自分は退場する。吉報を待っているよ、ミーユ」

ミーユの返答は聞かず、タルテーは足元の黒い渦に飲み込まれていく。初めて見た現象だったが、あの渦こそ悪魔の移動手段であり、異空間と繋がっているのかもしれない。


私はタルテーを追わなかった。一人で無理に戦って死ぬより、敵を逃がした方が断然いいからだ。

ただ、敵が減ったからと言って安心している場合ではない。ミーユは一歩こちらに歩み出ると、にこりと作り笑いを浮かべた。


「では改めて。はじめまして、おねえちゃん。まさか理想鏡界を脱出するなんて、流石は白天士さん。普通の人間とは精神力が段違いね」

「理想、きょうかい?」

私が首を傾げると、敵の立場にありながら親切に、ミーユが解説してくれた。

「そう。鏡に入った人間の理想そのものを具現化する――つまりは、自分だけの理想郷を体感できる、鏡の中の世界」

それが理想鏡界なるものだと、彼女は言っている。


……どうしよう、説明聞いても全然分かんない。理想の具現化? 理想郷を体感できる? そもそも理想郷ってなに、美味しいの?


あまりの情報量に、私の脳はキャパオーバー寸前だった。今なら頭が大爆発を起こしてもおかしくない程度には。


そんな私を察したらしく、ミーユは呼吸するように溜め息をつく。

「別に、分からなくていいよ。おねえちゃんは今から殺されるんだから、理解しても意味ないもの」

「……そうかな」

「そうよ」

当たり前だ、と言うように肯定したミーユから、冷ややかな眼差しを向けられた。その表情に、私は反論を口にする。


「この世に意味のないことなんて、一つも無いと思うけどなぁ。その時は不必要だと感じていても、いつか生かせる瞬間があるかもしれないし」

「……それは、未来ある人間に限った話でしょう」

「そんな事ないよ。死に際まで何が起きるか分からない、想定し得ないのが人生なんだから」

「知ったような口を利くのね」

ミーユこそ偉そうな物言いだ。けれど、それも正論である。


「うん。だってこれは、あなたが――おねえちゃんが私に教えてくれた言葉だから」

そう言い切った瞬間だった。

「…………っ!」

ミーユの貼り付けていた笑顔が剥がれた。頭を抱えたと思えば、その場で屈み込んだ。私のフラッシュバックと似た状態に陥った様子である。


……でも。

「今のそれ、ものすごく癪に障るわ。二度と言わないで」

怒りを募らせたミーユが、私を睨み付ける。

「……ごめんなさい」

反射的に謝ると、ミーユは眉を顰めた。

「敵に謝罪なんて……ほんっと、理解できない精神構造ね」

敵。その言葉を聞くと、息が詰まる。



講義で聞いていた通りだ。悪魔は人間時の記憶を丸ごと忘却している。その理由は、悪魔にとって都合が悪いという一点に尽きる。何かの拍子に思い出すケースもあるらしいが、相当厳しいだろう。それでも今の反応を見るに、少なからず希望はありそうだ。


彼女の名は――安藤華煉。以前まで、私の姉にあたる人間だった。

“あの事件”によって亡くなったとされていたが、現在は悪魔に変貌しているようだ。


自身の姉を、自分の手で殺めたくはない。それに、今のような場合を想定し、第二試験のステージⅡにて木織を模倣した悪魔がいたのは知っている。けれど、いざとなると『倒さないと』ではなく『無理だ』という気持ちの方が大きい。

それ故、この戦いを平和的に終結させるには、どうにか人間時の記憶を蘇らせるしか方法は無いと思う。



「ごめんなさい、おねえちゃん。何かお話しながら戦うつもりだったけど、気が変わったわ。できる限り苦しめた後、死んでもらうね」

ミーユが右手を前に出す。魔術の構えだ。

「な……っ、待ってよ! 一人で勝手に喋っておいて、何で戦闘態勢になってるの! 思い出してよ、おねえちゃん!」

「うるさい! ()()なんて知らないわ、大人しく死になさい!」


いま、何て……?


驚くのも束の間、ミーユの全身から魔力が溢れ出る。

「【魔術結界、型式消去(タイプクリア)。鏡界迷路へ変更(チェンジ)。再構築、開始(スタート)。――完了(セット)】」

聞いたこともない詠唱の後、一瞬で周囲の景色が変わった。


私たちを囲うように展開された鏡のドーム。何十枚、何百枚とある鏡が隙間なく埋め尽くされている。中には水音や彩奈、私の友だち、他にも複数の子供が映っているものもあった。


「閉じ込められてる……?」

見たままの感想が口をついて出た。

「ええ、そうね。どちらかと言えば人質だけど、その辺りの位置付けは何でもいいわ」

そう答えつつ左手を掲げたミーユが、手のひらに魔力の弾丸を精製する。


来る!

即座に反応し、手に持っていたステッキに天力を注ぎ込む。


「それじゃあ、真剣勝負をはじめましょう」

ミーユのかけ声によって、本格的な戦闘が幕を開けた。

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