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シロクロイロ  作者: 双葉ゆず
第三幕 鏡に映る理想郷
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理想鏡界

連載再開いたしました!

途中で視点が変わりますので、ご注意を。

目が覚めると、私の視界は純白に埋め尽くされていた。

上半身を起こしてみると分かる。起きた直後で視界がぼやけている訳ではない。座る地も、空も、辺りの景色も、見渡す限りの白。まるで銀世界のような、幻想的な場所。


そもそも私、何してたんだっけ?


……そうだ。四十四分になった瞬間、踊り場の大鏡が激光を放った。目を閉じたら意識が落ちて、気付けば此処にいたのだ。

もしかすると、私たちは鏡に吸い込まれたのだろうか。見たところ、美煉と彩奈の姿はない。此処が悪魔の魔術領域なら、白天士三人を別々にするというのも有り得る。

試しに腕時計を起動してみたが、呼びかけても依雲は出てこない。案の定、美煉や彩奈にも、【白天】にも連絡できなかった。


取り敢えず、周辺の探索から始めよう。


いつでも弓矢を取り出せるよう構えながら、私はその場から立ち上がった。

それを見計らったように、聞こえてくるのは小さな足音。


「はじめまして、おねえちゃん。此処に直接来てくれたヒトは、あなたが初めてね」

「……!」


黒のパーティードレスを身に纏った少女が、首を傾けて微笑みを向ける。焦茶色の髪がサラリと揺れた。

強力な魔力の気配を感じ取り、私は思わず後退る。目の前に立つ少女は、紛れもない悪魔だ。近距離では弓矢が扱いづらいので、どっちみち少女と離れた方がいいだろう。


「あれ、もしかして白天士さん?」

「…………」

悪魔の質問に口で答える気はない。私は腕時計のポケットから静かに武器を取り出した。


「剥き出しの敵意……アタリみたいね。折角だから、誰よりも特別なおねえちゃんに、わたしの名前、教えてあげる」

名前のある悪魔は、中級以上だ。あの斎藤ですら名前は無かったのだ。彼よりも厄介かもしれない。警戒を強め、弓に矢を番える。


その刹那。

「わたしはミーユ。改めて、どうぞよろしくね、おねえちゃん」

耳元でそう囁かれたと思うと、彼女の手のひらが私の腹に直撃していた。気付いた時には、もう遅い。

突き飛ばされ、壁に背中を打ちつける。

「げほっ……」

立ち上がった途端、口から出た赤い液体が地面に飛び散る。目を見開く。その時、私は人生で初めて吐血したのだ。


「ふふっ、びっくりした? わたしは強いけど、これでも中級なの」

悪魔の少女――ミーユは、愉しそうに笑っている。圧倒的な強さを見せつけられ、混乱している事は否定できない。少しでも油断したら殺されるのだと、肌で実感してしまった。


そんな危機的状況に立たされた今、一つだけ、明らかにしておきたい事があった。

「……あなたの目的は何。皆は何処?」

私の質問に、ミーユが目を丸くする。

「正直なんだね。わたし以外の悪魔だったら、即刻殺されてたかもしれないよ?」

先程の表情は無かったかの如く笑顔を浮かべるミーユは、更に言う。

「運がいいね、おねえちゃん。わたしは優しいから、ちゃんと質問に答えてあげる」


ゴゴゴゴゴ……


地面に木霊する轟音と共に、何十枚もの鏡が下から出てきた。私とミーユのいる空間が、大量の鏡に囲まれたことになる。

よく見ると、鏡には美煉や彩奈を含め、たくさんの子供たちが映っていた。……いや、中に閉じ込められている、と言った方が正しいかもしれない。皆、揃って目を閉じている。


「わたしはね、子供たちを鏡の中に誘って、悪魔の適性がある子に黒い絵の具をプレゼントしているの」

「何で、そんなこと……」

「決まっているでしょう? 同族(トモダチ)を増やすためだよ」


聞くまでもなかった。思えば、それは当然だった。悪魔の最大の目的は、同族を増やすこと。悪魔になるにも適性がなければならず、適性の無い人間は大抵、証拠隠滅のために殺される。


「おねえちゃんは知らないかもしれないけど……過去に辛い思いをした経験が多いヒトほど、悪魔の適性があるの」

そう言いつつ、ミーユは歩いて私との距離を詰めてきた。私はまた後退するつもりだったが、不思議なことに、足が微塵も動かない。弓矢を構えようとしても、腕が上がらない。声も出ない。瞬き一つ不可能。何が起こっているのか、まるで理解できなかった。



ミーユが口を開けた瞬間、“私”は私に警鐘を鳴らした。


逃げろ―――!



「おねえちゃんも、今まで大変だったみたいだね」


その言葉が、ミーユの声が、私の鼓膜を揺らし――プツリと、頭の中で()()が切れる音がした――



心臓が、ばくんと鳴り響いて。

手に握り締めていた筈の弓矢が、するりと落ちる。


「友達ができなくて、ずっと独りぼっちで」


奮い立たせていた足が、どっと崩れて。

膝が、どんと地面に着く。


「家族だけが、おねえちゃんの味方で」


全身の力が、だんだん抜けて。

脳内の思考回路が、ぴたりと停止する。


「それなのに、皆いなくなっちゃって」


つい先程まで冴えていた頭が、ぐらぐらと左右に揺れて。

瞼が、ゆっくり閉じていく。


「寂しいよね、辛いよね、苦しいよね」


私が、ばたんと地面に倒れて。

私が、ずぶずぶと鏡の中に堕ちていく。


「でもね、もう大丈夫。きっと鏡の中で、おねえちゃんの思い描く夢の世界……理想郷が、あなたを待っているから」


ミーユが、わらう。

わたしが、おちていく。


「ようこそ、特別なおきゃくさま。わたしの魔術領域――理想鏡界へ」





「ふふっ、ふふふ……」

鈴を転がすように嗤うは悪魔の少女、ミーユ。周囲に並べられた十数枚の鏡には、人それぞれの理想郷が映っている。


彼女はこれまで、子供を自身の魔術領域に引き入れては、小中学校を転々としていた。適当に学校を選んでいた訳ではない。人が入れる大きさの鏡がある場所でなければ、彼女の魔術領域は展開できないからだ。


今日に至り、遂に白天士が動き出したが、入って来た三人は思いの外弱かった。二人は鏡に入った瞬間に仕掛けていた魔術にかかり、理想鏡界行き。

そして、最後の一人は――


「しぶとかったなあ、あのおねえちゃん。催眠魔術ですぐ倒れちゃったけど、精神面は史上最強だったかもね……ふふ」


澄んだ青空に似た髪色の白天士。見たところ、まだ悪魔討伐に不慣れな新米。彼女の眼は催眠魔術をかけられる瞬間まで、ミーユを射抜くような視線を向けていた。不意打ちの攻撃を受けてもなお真っ直ぐで、一時も揺らがない。そんな眼を見たのは、彼女にとって初めてだった。


だから、動揺した。思わず催眠魔術を発動させてしまった。最初はシンプルに魔術の撃ち合いでもしようかと思っていたけれど、やはり柄ではなかったのだろう。ミーユは自分の強さに自信こそあったが、白天士を前にして敗北を恐れたのである。


「おねえちゃんには悪いけど、ちょっとズルしちゃった。やっぱり、真っ向勝負は向いてなかったのよね」



「ま、結果オーライってヤツじゃない?」


ミーユの独り言に、割って入った少年が一人。外見は13歳近くの人間だが、その正体は悪魔である。彼はミーユの顔を覗き込んで、にこやかな笑みを浮かべていた。


「……タルテー、何の前触れもなく此処に来るのは止してって言ったでしょう?」

「えーっと……なんだっけ、ポイントカード、いやトリートメント?」

タルテーと呼ばれた悪魔の少年が小首を傾げる。

どちらも人間が使う道具なのだが、本気で言っているのだろうか。そう思いながら、ミーユは呆れ顔で正解を話す。

「アポイントメント。会うなら事前に連絡してね、分かった?」

「ん、了解」

タルテーの適当な返事に、ミーユは溜め息を吐く。この軽い感じ、絶対分かっていない。


魔術結界は同族に対して効果を発揮しない。故に透明の壁と化す。どうせ、またアポ無しで魔術領域に入り込んで来るのだろう。


悪魔の地位はタルテーの方が高いし、年齢的に考えても彼はミーユより二つ三つ年上。その筈なのだが……世話が焼ける上に何処か幼いので、まるで弟のようだった。しかしながら、姉弟に近い関係、という訳でもない。タルテーが一方的にミーユを頼り、時に甘えるだけである。


「そういえば、ミーユ。白天士が三人ほど来たようだけど、誰か殺したの?」


タルテーのような上位の悪魔は、天力の気配を感じ取ることができる。しかも人数まで把握可能という正確さに、ミーユはいつも驚かされた。流石は上級、と思わざるを得ない。


タルテーの問いに、ミーユは首を振った。

「誰も。……というか、タルテーが殺さないでって言ったんじゃない。何か目的があるんでしょう?」

「勿論あるよ。ほら、コルス様が始末したい白天士。ミーユも聞いてるだろ? 名前は知っているから、顔を見てみたいなと思ってさ」

その白天士については、ミーユも悪魔国の集会で聞いていた。


彼女は無言で一枚の鏡を宙に浮かせ、自ら引き寄せる。そこに映るのは、つい先程ミーユが催眠魔術をかけ、理想鏡界に入った白天士だ。

「この子だよ」

「ふぅん……分かるの?」

鏡をまじまじと見つめ、タルテーはそう尋ねる。

「うん。理想鏡界はわたしの管轄だから、入った人間の個人情報くらい、見ようと思えばね」

「成程ね。それなら相手の弱点を突くのも容易って訳か。……じゃあ、この白天士の名前は勿論、生年月日、経歴、天術の技量、その他諸々の情報を隅々まで見る事も可能だ、と?」


ミーユの能力について確認を取ろうとするタルテーは、含みのある笑みを見せる。……何か企んでいるのかもしれない。それにはミーユも気が付いていた。

「そうね。でも同族とはいえ、簡単に情報を提供する訳にはいかないわ」

これ以上、己の能力に探りを入れられないよう、ミーユは曖昧な返答をする。しかし、その言葉の言い回しはタルテーには通用しなかった。

「けど、それ相応の()()があれば話は変わる。……そうだろ、ミーユ」

タルテーの笑みが深まる。やけに名前を強調する言い方に違和感を覚えながら、ミーユは顔を顰めた。


目の前に立つ彼は、悪魔国に君臨する女王――コルス直属の配下だ。立場上は味方、或いは上司だが、全てにおいて信用してはいない。ただ一つの自分の目的を果たすため、ミーユは他者に対する警戒心を緩めないのである。その『他者』というのが同族であれ、自分を慕う者であれ、何であれ、彼女にとっては関係ないのだ。


「どういうつもりなの、タルテー」

目を細めて睨むミーユに、タルテーは困ったように笑って「相変わらず固いな……」と呟いた後、こう続けた。

「勘違いしてるのか何なのか知らないけど、自分はただの好奇心で、この白天士――佐倉水音の情報が欲しいだけだよ。ミーユは勿論、君の()への干渉も興味無いし、佐倉水音を殺す気はない。報酬も君が決めてくれれば、それでいいし……この交渉、受ける?」


話を聞いた直後、ミーユは何と言ったらいいか分からなかった。悪巧みを疑っていたけれど、思い過ごしだったようだ。興味本位で動く。それがタルテーの行動理念なのだろう。

「―――――」

その場で黙ったまま、ミーユは思考する。正直、悩み所ではある。会う時はいつも笑顔を絶やさないタルテーは、何を考えているのか判りづらい節があった。けれど今の話で、彼の目的は粗方はっきりした。嘘をついている様子もない。……ならば。


「……報酬は前払いでお願い」

「よし、いいだろう」

この瞬間、ふたりの交渉は成立した。

「何をご所望かな」

「一応訊くけど、一つだけよね?」

「ああ、それはそうだね」

「それなら……」



バリンッ!


それは余りにも突然だった。

ミーユの答えの代わり、とでもいうように。氷が砕けたような、食器が割れたような、崩壊の音が鳴り響いた。

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