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シロクロイロ  作者: 双葉ゆず
第三幕 鏡に映る理想郷
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作戦

久々の更新、解説多めです。

今回はちょっと面白くないかも……

四月末とはいえ肌寒い夜。今宵の空には薄い三日月が浮かんでいる。長袖のセーラー服を着てきたのに、意外と空気が冷たい。一枚だけでも上着を羽織ってくるべきだった。そう思いつつ街灯に照らされた石畳の道を歩いていると、数歩先に人影を見つけた。彼女が身に纏うセーラー服は、私の中学校の制服と同じ紺色ではあるものの、色合いが若干違う。そして、ふわっと緩めに結んだ三つ編みには見覚えがあった。


「彩奈ちゃん!」

三つ編みの少女の名前を呼ぶと、彼女はゆっくりと振り向いた。

「あ、みーちゃん。こんばんわ」

「こんばんは。こんな暗い中どうしたの? 何か用事?」

「そう。織火さまにお呼ばれしちゃって」

へらりと笑う彩奈。一体一で話すのは久方振りだが、以前と変わらず落ち着いた佇まいである。

「私も同じだよ。もしかして、私たち二人で一緒に仕事するのかな」

「たしかに、そうかも。もし本当だったら、その時はよろしくね」

目の前に彩奈の右手が差し出される。勿論、私はそれを左手で握って「こちらこそ」と返した。


彩奈と共に屋敷を訪ねると、約束の時間ぴったりで織火が玄関先へ出て来た。

「いらっしゃい。お、二人で来たのか」

ブレザー姿の織火は、珍しいとでも言いたげな驚いた表情をしている。そういえば彼女は私たちのように現役の学生だった、と今更ながら思う。

「てっきり彩奈は遅刻するかと思ったよ」

「……ちょっと酷くないですか、織火さま」

「それは悪かった。方向音痴も少しは直ったんだな。これなら仕事も安心だ。じゃ、遠慮せず入ってくれ」

「お邪魔します」と一言告げ、私たちは靴を脱いで玄関に上がる。下靴はきちんと揃えて玄関に並べ、廊下を進む織火の後に続いた。



彼女の部屋を訪れるのも、悪魔討伐の報告以来、実に数週間振りのことである。織火が開けた扉の奥に入ると、ほうじ茶の香りが鼻を擽った。テーブルの上にはお茶請けが置かれている。事前に準備してくれていたらしい。至る所にある赤系統のインテリア、隅々まで整理整頓されたこの部屋は、織火の嗜好や几帳面な性格が際立って見えた。


「二人とも、そこのソファに座って」

言われるがままに、私と彩奈は横並びで二人がけのソファに腰掛けると、対面にある一人がけソファに織火が座る。マグカップに淹れたほうじ茶を一口啜り、私たちにお茶を勧めた。前回ここに来た時にもあったが、毒は無いという意思表示だろう。無意識に彩奈と目を合わせつつ、マグカップに口をつけた。香ばしい茶葉の匂いが、緊張感を帯びた心身を落ち着かせてくれる。


「さて、本題といこうか。実は昨夜……いや、厳密に言うと今日の早朝か。美煉から悪魔が出没したとの報告を受けた。場所は美煉の通う小学校。友達と肝試しに学校へ来たところ、階段の踊り場の大鏡に吸い込まれてしまったそうだ」


私は思わず目を見開いた。つい今朝、学校の七不思議について陽夏と話したばかりである。しかも、階段の踊り場の大鏡だなんて。あまりの偶然に驚くしかない。

そんな私を他所に、織火は話を続ける。


「魔力を感知した美煉は既の所で【白天】へ逃げてきたが、友達二人は現在も鏡の中だと思われる。そこで、水音と彩奈の力を借りたい。人命救助を最優先に、美煉と三人で悪魔討伐を頼む」

仕事の依頼を断るつもりも理由も無いので、私は迷わず「分かりました」と返答した。釣られるように彩奈も何度か頷く。


「うん。流石はキンハ最有力候補、即答だな。それじゃあ早速、私と美煉で立てた作戦を説明するよ」

私には『キンハ最有力候補』という、また新しい肩書きが付いていた。料理といい悪魔討伐といい、褒めてもらえるのは光栄だけど、大きな期待に応えられる自信は無い。でも頑張らなくちゃと心に決めて、織火の説明に耳を傾けた。



明日の夕方四時から、三人で現場の張り込みを行う。四十四分、大鏡に変化がないかを確認する。何かあった場合は、誰か一人で構わないので【白天】へ即連絡、全員で大鏡の中に入る。何もない場合は、継続して大鏡の様子を見ておく。


早朝の四時四十四分になれば、ほぼ確実に大鏡の中へ入れるだろう、というのが織火の見解だった。それも大鏡の七不思議においての時刻と、美煉の友達が被害に遭った時刻が一致しているからである。この時刻を迎えて変化があった場合も、同様に【白天】へ連絡し、全員で大鏡に入るのが決まりだ。


織火によると、本当は水音と彩奈も含めた三人で話し合ってもらうつもりだったらしい。美煉が肝試しから一睡も出来ないまま報告に来たため、作戦だけ立てた後、寮に帰して寝させたという。

明日は徹夜で仕事になるかもしれないのだ。織火の判断は正しかっただろう。


「これは憶測だが、大鏡に入れば連絡が途絶えるだろうし、悪魔を倒すまで脱出も不可能になると思う」

一通りの説明を終えた後、織火がそう言う。すると私が口を開く前に、彩奈が「どうしてですか?」とすぐに尋ねた。

「魔術領域と魔術結界――この二つは講義で習った筈だが、覚えているか?」

これは二人同時に頷いた。



どちらもその名の通り、悪魔の行使する魔術によって展開される。魔力供給が常に必要なので、限りがある天力では不可能。私たち人間からしたら未知のスキルである。


一つ目の魔術領域は、実在しない有り得ざる場所――いわば異空間だ。未だ所在不明の悪魔国もその一つとされている。一応、人間も入る事は可能らしい。……ただ、そこは魔力で生成された領域。つまり悪魔の所有地も同然であり、足を踏み入れたら最後、何をされるか分からない。


二つ目の魔術結界は、外部からの魔術領域への侵入を防ぐ役割を担う。物理的なものであれば、城壁がその類いだ。こちらは魔力消費が少なく、下級悪魔でも行使する者がいる。ただし、結界の強度を上げたり、侵入者の制限対象を増やしたりすると、その分しっかり魔力量も上乗せされる。

天術でも同じように結界を張れるけれど、魔術の方が精度が高い。実際に、第一試験の場となった孤島にて、悪魔の手で天術結界を破られている。



「美煉の報告から考えるに、大鏡の中は確実に魔術領域だ。それは本来ならば存在しない空間――つまり、通信エラーの発生は当然と言っても過言ではない。魔術結界が張られている場合は更に厄介事になる」

「……私たち白天士も結界に阻まれる可能性がある、という事ですね」

私が口を挟むと、織火は首肯する。


「その通り。可能性としては低いし仮説ではあるけど、実際、美煉は大鏡に吸い込まれていないからな。……とにかく、何かあれば連絡を頼むよ」

その一言を最後に織火の話は終わった……筈だったのだが。私はそのまま部屋に残るよう命じられた。何故に。




私と織火の間に沈黙が流れる。周囲の冷たい空気感に、きっちりと床につけて揃えていた両足が震えた。わざわざ彩奈を退室させたことを踏まえても、真剣な話に違いない。身構える私を前に、織火が口を開いた。

「話したいことは二つある。一つは、水音の街で起きた連続殺人事件についてだ」

桜咲家での任務前、私は楓季に聞いた事件の話から悪魔の関与を疑い、依雲に織火へ情報の通達を頼んでいた。そういえば、と今更ながらに思い出す。


「あれは水音の予想通り悪魔が引き起こした事件だったんだが、楓季は仕事が速くてな。念のため警察に外出自粛のアナウンスをかけてもらうよう依頼して、安全に討伐を済ませたと報告を受けたよ」

……それで街に人がいなかったんだ。織火に無言で相槌を返しつつ納得する。


「あと、斎藤さんの事で一つ。舞花と美里は一度伝えた時に難しそうな顔をしていたから、水音も理解が追い付かないかもしれないが……取り敢えず聞いて欲しい」

「はい」

先程と同様、真剣な話題が続くようだ。別に崩れていた訳でもないけれど、背筋を伸ばし聞く体勢を整えた。


「実は今、斎藤さんの遺体は防腐の天術をかけた状態で研究所で保管されている」

織火の言う研究所は【白天】の敷地内――治療所の南側にある。此処では専門学者たちが最新技術を行使して、武器や天術、悪魔の研究が進められている。そう講義で聞いただけで、実際に研究所に出入りしたことのある白天士は少ないだろう。


「本来なら小規模でも葬式をするし墓も作るんだが、今回は訳が違う。斎藤さんはあまりにも特殊な悪魔だった。だから、魔力解析をする事になったんだ」

魔力は微細な粒子の集まり。人間でいう血液と同様に、心臓の働きによって体内を循環し、各器官へと供給される仕組みだ。また、遺伝子のような役割もある。粒子の一つ一つが、能力から記憶まで詰め込まれた情報量の塊なのだ。何がともあれ、魔力を微量でも解析することが、悪魔の根絶に繋がる……と、これも講義で習った。


「魔力の残滓を解析して、延命措置のメカニズムが解ればいいんだけど」

「難しいんですか?」

「まあな。彼は異例中の異例だったし、何らかの方法で秘匿されている可能性が充分にある。だから解析だけでも時間を要するだろうが、終わったら葬式をする予定だ。水音も来てくれるか?」

その答えは一つだけだ。

「勿論です!」

「うん、その返事を待っていたよ。詳しい事が解れば、美里と舞花も一緒に呼ぶから――それまでは、死なないでくれよ」

そう話す織火の声は段々と小さくなっていた。真っ直ぐな赤の瞳に、悲しみの感情が秘められているようにも見えた。

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