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シロクロイロ  作者: 双葉ゆず
第三幕 鏡に映る理想郷
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仕事のはじまり

第三幕、開幕です!

水音視点となっております。

最近の朝は早い。五時に起床し、【白天】の敷地内を軽く一周走った後、私は食堂の厨房に入った。何故こんな事をしているのか――時は約三週間前に遡る。




「次の仕事は五月になる。それまでは訓練の継続と……ひとつ、頼みたいんだが」

今回の悪魔討伐(具体的に言うと、斎藤との戦いについて)の報告を終えた私に、織火は躊躇いながらもそう切り出した。水羊羹を食べようとしていた手を止め、私は首を傾げる。【白天】の当主である彼女から頼み事とは、その内容も想像がつかない。


「白天士寮の食堂で調理を手伝って欲しい」

「調理、ですか?」

私が聞き返すと、織火は「そうだ」と肯定した。

「寮の食堂では、白天士が毎日三食の調理をしてくれてる。今は十五人が朝昼晩の三つのグループに分かれての当番制なんだが、朝担当の一人が緊急派遣白天士に昇格する関係で、人が足りなくてな……」

「なるほど……事情は分かりましたけど、どうして私なんです?」

料理上手な人は他にも居そうだが、今回はよりによって私が選ばれている。理由があるのならば、是非とも聞きたいところだ。


「きみの姉――花彩の推薦だよ。佐倉家で一番の料理上手、と太鼓判を押していた」

織火がにこやかに言う。

なんてことだ。知らぬ間に推薦されてハードルも上げられていた。私の脳内にいる姉が、小さく舌を出して笑っている。


お姉ちゃんって、すぐ口を滑らせるんだよね……。可愛く謝っても許さないよ?


次に会った時には必ずデコピンしよう、と地味な説教法を思い付いた後、織火の提案に話を戻した。

確かに料理は好きだけど、あくまで趣味の範囲内だ。家族以外に作った料理を食べてもらった経験はゼロ。即ち、味に自信がないのである。


「水音。強制はしたくないし、他を当たるから、断ってもらっても構わないよ」

そう安心させるような言葉を織火はかけてくれたが、私としては受けざるを得ない状況に運ばれている。性格上、依頼を断るのは申し訳なくて難しかった。

折角自分を頼ってくれたのだから、引き受ける以外に選択肢はない。そんな思考が念頭に置かれていた私に断れる筈もなく、朝の調理を担当する事になった。




……という訳で、私は今日も食堂の厨房に来ている。

かれこれ三週間も経ったと思うと感慨深い。そう思いつつ、厨房の奥にある更衣室でエプロンを着て、三角巾の裾を結んだ。このエプロンと三角巾は織火が支給してくれた。どちらも藍色の布に水色のリボンをあしらった、シンプルで可愛いデザインだ。


さっと身なりを整え、個人ロッカーに鍵をかける。私は更衣室を出て、ゆっくりと厨房の扉を開けた。

「おはようございます」

既に下準備を始めている朝担当のメンバー達が、一斉に私の方を向く。軽くお辞儀を返して済ませる人が四人。作業関係の話以外した事がない人ばかりだから、仕方ないところはある。

もともと人望無いしなぁ、私。


そんな中、一人だけ挨拶をしてくれた。

「おはよー、水音」

一つに束ねた胡桃色の髪を揺らしながら、爽やかな笑顔を浮かべている――彼女の名前は川崎(かわさき)陽夏(ひな)。朝担当のリーダーであり、年齢的にも白天士としても一つ上の先輩だ。



誰にでもフレンドリーに接する彼女は、食堂の厨房で出会った時から、私のことを『水音』と呼んでくれている。歳の近い人に呼び捨てされるのは初めてで、あまり慣れない。


そして、彼女は初対面でこう言った。

「ひーは確かに先輩だけど、身分的なものを気にするの苦手なんだよね。だから敬語とか、さん付けとかしなくていいよ」


これを聞いた私は、僭越ながら『陽夏ちゃん』と呼ばせてもらっている。これも違和感が拭えなかった。彼女が何と言おうと、やっぱり相手は年上なので。



「来てもらって早速で悪いんだけど……今日も野菜切るの頼んでいい?」

「もちろん!」

まな板と包丁、数種類の野菜を受け取り、私は作業を始めた。この仕事のお蔭で、姉の花彩と共に母の家事を毎日のように手伝っていた経験が役に立った。隣でプロ並みの包丁捌きを見せる陽夏ほど上手ではないが、それなりに貢献できていると思う。



「昨日ね、学校の友達と七不思議の話で盛り上がったんだ」

作業をする傍ら、陽夏が話題を持ちかけた。


七不思議。その怖い噂話の数々は、学校で一度は耳にするものだ。事実かどうか定かではないが、七不思議の最後の一つを知ると呪われる……という話もある。学校の図書室の本に、そのような記載があった気がする。実際に七不思議に遭遇したことはないけれど、本当にあるのだろうか。


私は手元の包丁から目を離さないよう注意して、「七不思議と言うと、トイレの花子さんとか?」と言葉を返す。すると「そうそう」という相槌の返事が飛んできた。


「階段の踊り場にある大鏡の話、知ってる?」

「うん。記憶は曖昧だけど……四時四十四分に踊り場の大鏡を見ると、中に引き摺り込まれる、みたいな話だったよね」

「正解! 水音、詳しいね」

「そんなことは……」

私は首を横に振り、否定の意を示す。

小学生の頃から休み時間を一人で過ごしていた私にとって、図書館は唯一の居場所だった。そこで本を棚の端から端まで読み漁った結果、七不思議も色々と見て覚えていた。最近の休み時間は楓季との雑談で時間を潰していて、図書室には殆ど行っていない。そもそも読書もしていないに等しい。


「それで、友達が『興味はあるけど、うちの高校の階段に踊り場の大鏡なんて無いよね』って話してて。水音の学校にはある?」

陽夏の問いに、私は自身の通う中学校の階段を思い出した。

「……多分ないと思う。でも、小学校にはあった気がするよ」

「あー、やっぱり? ひーも同じだよ。七不思議と言えば小学校、みたいなイメージが定着してるし……大鏡がある中学校、高校は割と数少ないのかも」


うんうん、と一人納得している陽夏。相変わらず、包丁を動かす手は止まっていない。流石は朝担当のリーダーだと感心しつつも、彼女の背後に立つ少年が気になって仕方がなかった。話を聞いていると何故か相手の表情が見たくなってしまい、無意識の内に手を止めて陽夏の方に頭を動かしたら、自然と視界に入ったのだった。



まるで背後霊のように気配を掻き消している彼を、私は知っている。知り合ったのはつい数週間前で、一応面識はあった。別に彼が嫌いな訳でも、差別的な目で見ている訳でもないけれど、青く短い髪を後頭部の低い位置で束ねている――というのは、やはり男の子では珍しい。


私が作業を止めたのに気付いたらしく、陽夏が「どうしたの?」と尋ねてきた。言うべきか判断もつかぬまま、私は背後霊(?)に視線を向け続けた。首を傾げながらも、彼女は私の視線の先を見る。次の瞬間「うわっ」と小さく驚き、少し怒った顔をした。


「いつから居たの、セナ」

「サキがサクに、学校に大鏡はあるかって訊いた辺りからかな。……ま、それはそれとして。おはよ、サク」

「あ、おはよう」

突然挨拶され、私は咄嗟に返した。

名字から取って『サク』と呼ばれるのは、まるで他人の名前のようで耳が慣れない。花彩も名字を取ると同様に『サク』になってしまうのだが、これを本人に言ってしまえば終わりだ。口を慎んでおこう。


彼は潮瀬(しおせ)(なぎ)。元朝担当のリーダー。明日から緊急派遣白天士に昇格する、陽夏の同期だ。彼のように、約一年でキンハまで上り詰めた白天士は少ない。歳は花彩と同じだと本人から聞いたが、仲に関してはよく知らない。

私が朝担当として調理を始めて以降、凪はアドバイスや調理の手伝いをしてくれている。それも今朝が最後なのだけど、こうして堂々と遅刻して来るのも、逆に凄いと思ってしまう。毎朝のように陽夏の(ちょっと優しめの)説教を食らっているにも拘わらず、この少年は中々懲りない性分だった。

以前は副リーダーを務めていた陽夏曰く、常日頃より態度が大きい彼が、何故これまでリーダーを任されていたのか理解できない、という。それは私も同意見である。


「最終日なのに遅刻なんて、本当によくできるよね……どうせ寝坊とか、言い訳にもならない理由でしょ?」

「そんな、まさか。大体、サキはオレのこと何だと思って」

「可愛くて純粋な後輩ちゃんに悪い手本を見せつける最低やr……」

陽夏の口から出た強烈な言葉の羅列は、凪の心に充分刺さったらしい。彼は彼女の話を遮り、「ごめんって」と両手を合わせて謝罪した。しかし陽夏は険しい顔を崩さない。依然として、喧嘩は続いているようだ。


この数週間見ていても、二人は結構、言い争いが多かった。下手すると毎日、何かしら揉めていた。けれど、陽夏は凪の名字の末尾と名前の頭文字を取り『セナ』と、凪は陽夏の名字の後ろ二文字を取り『サキ』と、アダ名でお互いを呼ぶくらいには仲がいい。

私からすれば些細な言い合い程度、舞花と美里の揶揄い合いを見ている時と同じで微笑ましいものだ。それと同時に、羨ましくもある。素直に自分の思いをぶつけられる存在が身近にいない私だからこそ、そういう思考が働くのかもしれない。


「確かに寝坊したのは認めるけど、歴とした理由もあるんだよ」

凪は寝坊した事を流して仔細を述べようとする。一方で、陽夏は「じゃあ野菜茹でるのよろしくセナ」と言って、切った野菜入りのボウルを差し出す。澄ました顔で凪の話を無視している。恐らく内心は現在進行形で怒っている状態なのだろう。

「話、聞いて?」

ぽつりと言った凪の少し悲しげな表情は、ちょっと可愛かった。それに陽夏は面食らったようで、「ごめんごめん」と慌てて謝ると、こう続ける。

「もしかして仕事関連?」

「そ。オレらは関係ないけどね。カミサマから、サクに伝えるよう頼まれたんだ」

「私?」

私は自分の口元を指さして聞き返すと、凪が軽く頷いた。


彼の言う『カミサマ』は織火を指すアダ名だ。これもまた、彼女の名字である神栖かみすから取ったもので、本人からも許可を得ているらしい(織火と区別するよう、木織のことは『スキサマ』と呼んでいるのだとか)。相手は【白天】の当主という上の立場なので、『サマ』を付けて敬意を表しているという。呼称に厳しそうな印象のある織火から許しを貰えたとは、一体どんな風に話をしたのか気になるところである。


「カミサマが言うには『今夜の夕食の後、仕事の話があるから屋敷に来て欲しい』と。明日から五月だし、本格的に悪魔討伐が始まるってことだろ」

早速、仕事の依頼のようだが、明日は普通に学校がある。午後の授業は休む必要があるかもしれない。……そう思考を巡らせている内に、陽夏が口を開いた。

「仕事と言えば、水音は数週間前が初だったんだよね。どうだった?」


数週間前の初仕事――斎藤との戦い。思い返してみると、桜咲家にあった通信阻害の原因である悪魔の討伐直後から、私は殆ど寝ていただけだった。神社の楼門の辺りで夢から醒めて、いざ拝殿の方を見てみたら、壮絶な戦いが繰り広げられていた――そこで咄嗟に助太刀を入れ、舞花の術によって討伐は成功。本当に何もしていない。


僅かな時間で回顧し、私は返答をまとめた。

「えっと……悪魔をひとり倒して、移送を使って眠って……起きたのが数時間後で……」

思ったように言葉にできず唸る私に、二人は目を白黒させていた。

「は?」

「水音、本気……?」

どうやら移送という単語に引っかかったらしい。これは予想通りの反応だった。


あの戦いを終え【白天】に帰還後、織火に直接聞いた話では、移送は当主や緊急派遣白天士といった悪魔討伐の精鋭たちしか使わないらしい。それも、手順は簡単でも天力消費が激しいから、というのが理由だった。


「やっぱり、陽夏ちゃんと凪君も移送は使ったことないの?」

「今のところは無いよ。いずれ使う機会はありそうだけど」

そう話す凪の横で、陽夏が首肯する。

「水音が移送を使ったのは、依雲ちゃんに指示を受けたからだよね?」

「うん」

「あー……肝心な時に抜けてるよな、あのAI」

私と似たような経験があるらしく、凪は納得したように呟いた。依雲にアダ名は無いようだ。AIと呼んでいることには少々驚いた。


「そうだ。サキとサクは二人で何の話をし「すいませーん、時間ないので調理進めてくださーい」

朝担当の一人が、凪の発言に被せて声をかけてきた。食堂を開ける時間まで一時間半もないが、私たちは未だに野菜を切っただけ。少し焦る必要がありそうだ。仕方なく雑談は途中で切り上げ、私、陽夏、凪の三人はアイランドキッチンで横に並び、黙々と調理を再開した。


本日、連載開始から一年が経過いたしました。

ここまで頑張って書くことができたのも、読者の皆様のお蔭があってのことです。

未だ終わりの見えないシロクロイロですが、今後ともよろしくお願いいたします。

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