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シロクロイロ  作者: 双葉ゆず
第二幕 呪われた街
37/60

帰路

美里視点・続。

気持ち悪い寒気に襲われ、重い瞼を開く。目覚めて間もなく朦朧とした視界に、人影のようなものが映り込んだ。

「やあ、お目覚めかな?」

囁くような温和な声が聞こえるけれど、ぼんやりとしていて声の主も分からない。目を擦りながら、柔らかい敷き布団のようなモノから体を起こす。筋肉痛に近い痛みが全身に走り、「……っ」と唸り声にもならない弱々しい息が零れた。思わず瞼を閉じる。


「おっと……想定以上に重症だ。水音君、今から絨毯を拡大させる。水龍から一旦こっちに移って回復を頼むよ。舞花君もおいで」

「分かった。舞花ちゃん、動ける?」

「うん!」

先程も聞いた男の人と、聞き慣れた二人の声が耳に届く。何処からか湧く安心感に、少しだけ痛みが和らいだ……ような気がした。


ガサガサと何やら立て込む音が響くうち、やっと周囲の光景がハッキリと見えてきた。その時、ちょうど水音が私の顔を覗いた。透き通った水色の瞳が至近距離に迫っては、青空に似た色合いの髪が頬を撫でてくる。むず痒さに耐えられず指で払うと、「あ、ごめんね」と唐突に謝罪が飛んできた。水音はパッと私から距離を取る。

そんな極端に離れなくてもいいのに。そう言おうと口を開いたが、声は出ない。そこで初めて、自分の身に起きた異常に気付いた。


「慌てなくても大丈夫。天力を大量消費した時の反動で話せなくなってるだけだから。回復天術をかければ治るよ」

今度は木織に似た深みのある緑の髪色をした少年が、私の顔を見てきた。安心させようと笑いかけてくれているようだが、声が出ない影響で困惑した表情しかできない。


そもそも誰この人。見た事ないよ?


天力消費で話せないなんて嫌なペナルティだな、と考えていると、水音と視線がかち合った。ナイスタイミング。試しに彼女と少年に交互に目線を移し、「この人は誰なの」と訴えてみる。すると水音がこくりと頷き、少年に話しかけた。


「楓季君、美里ちゃんとは初対面でしょう? 自己紹介してあげて」

「え? ……あぁ、そうだった。僕は秦野楓季。緊急派遣白天士をやってるよ。水音君とは同じクラスでね、仲は良い方なんだ」

「言い方……」


微笑みを浮かべ名乗る楓季に、水音が顔を顰める。『仲は良い方』と言うと、いい意味にも悪い意味にも受け取れるが、この二人は多分、友好関係にあるのだろう。短い間のやり取りしか知らないけれど、なんとなく距離感が友人以上に見える。


「まあ、いいや……それで、この子が不知火美里ちゃん。私の同期だよ」

「へぇ……どうぞよろしく、美里君。呼び方が嫌なら教えてね」

こちらこそ、よろしくお願いします。そう返す代わりに、私は楓季に軽く頭を下げた。君付けで名前を呼ばれるのは人生初の経験。多少の違和感はあるものの、新鮮だった。


「水音ちゃん、そろそろ天術かけてあげた方がいいんじゃない? 美里も黙ったままは辛いだろうし……」

水音の背後から舞花がひょこっと現れた。戦いの後だからか、疲れが溜まっているような表情だ。

舞花の提案に「そうだね」と同意を示した水音は、私の手を優しく握る。包み込む手のひらは人肌の温もりがあった。


「回復・水【癒雫(いやしずく)】」


水音の天力――もとい一粒の雫が零れ落ち、波紋のように広がっては身に染みていく。あまりの心地良さに目を閉じて、水の檻に入れられたような不思議な感覚に囚われる。喉が潤った、そんな気がする。

「……あ」

己の意思で話せなかった不快感は知らぬ間に消え失せ、自分の喉から出している声にちょっと驚いた。


「良かった……上手くできたみたい」

回復スキルをかけてくれた水音が、ホッと胸を撫で下ろす。ありがとう、とお礼をすると、照れ臭そうに口角を緩めた。

「美里、体調はどう?」

「うーん、端的に言えば疲れてる……かな」

「分かる。私もすごく疲れた。早く寝たい」

細々と本音を洩らす舞花に、私は思わず笑ってしまう。いつもの彼女だ。夢の中にいた昔の彼女ではない、素直で元気な可愛い親友。


やっぱり舞花はこうでなきゃ。


「そうだ。美里君、今の状況は周りを見て何となく分かるかな?」

「いま……」

楓季の言葉に周囲を見回すと、そこは何処かの街の上空だった。自分たちが腰掛けているのは植物の葉で出来た絨毯。とっくに日が暮れているので、天力で少し発光している。見るからに楓季の移動スキルによるものだろう。私の記憶が正しければ、木属性の天術にこんなスキルがあった筈だ。


「【白天】への帰還途中、ですか?」

「ご名答。美里君が気を失っている間、水音君が【白天】に支援要請を送って来たんだ。天力不足で身動きが取れない、って。ちょうど僕の手が空いていたから駆けつけたんだけど、見る限り討伐に結構苦労したみたいだね。三人とも、お疲れ様」

ここまでの経緯と共に労われ、私たちは顔を見合わせて得意気に笑った。天力量の多い水音ですら不足に陥っていたとは、あの悪魔も大したものだ。


意識を失う直前。最後の最後で、我が身に残された天力を舞花に託した事に後悔はない。あの判断は間違えていない。私自身もそう思っているけれど、逆に戦った二人の負担が大きくなってしまったのは申し訳なかった。


「楓季君もありがとう。お蔭で天力も回復したし、助かったよ」

「いや、僕は迎えに来ただけだよ?」

「それは嘘。さっきは私と舞花に回復スキルを使って、現在進行形で絨毯に乗せてくれてるんだから」

「私からも、ありがとうございました!」

水音に合わせ、舞花がお礼を述べる。

「あ、ありがとうございました!」

私も釣られて感謝を告げると、水音が流れに乗り「ほら、お礼の一つや二つ、素直に受け取って」と催促する。それを聞いた楓季は、諦めたように溜め息を吐いて言った。

「どういたしまして」



他愛のないやり取りを繰り返している間に、私たちは【白天】に通じる森に到着していた。地面から数センチの高さまで下降した絨毯から下りる。

「水音君はいいとして……二人は【白天】まで歩けそう?」


私は地に立たせた自分の足を見る。無傷ではあるものの、疲労しているのは事実。歩くこと自体は可能だが、果たして【白天】まで耐えられるかどうか。生い茂る木の狭間を抜けなければならない森の中では、無論、移動スキルが使用不可というのも不便なものだ。でも無理して歩いたら皆に怒られるしな〜、と思考を巡らせる。

どうしたものかと辺りに視線を彷徨わせ、同じ質問を投げかけられた舞花を見やった。目が合った一瞬、びくりと肩を震わせた舞花に、私の方が驚いてしまった。あちら側も同じ事を考えていたに違いない。

視線だけで何となく意思疎通した私たちは、躊躇いがちに「長い距離を歩くのは厳しそうです」と楓季に伝えた。


「じゃあ、背負って行こうか。水音君、舞花君を頼んでもいいかな?」

言うまでもない。水音は楓季の頼みを快く引き受けた。彼女だって疲れているだろうに、それらを一切感じさせない余裕の表情をして舞花を背負い、トコトコと森の奥へと前進する。私は二人に遅れまいとして、「お願いします」の一言の後、楓季に身を預けた。


水音と同学年――中学三年生と言えど、緊急派遣白天士という名高い強者の称号を持つ人なだけあって、やや筋肉質で当たる肌も硬い。日頃から鍛錬を積み重ねてきた、浮ついた性格とは対称的な男らしい体つきだ。それなのに汗臭さは微塵もなく、頭上でふわりと揺れる千歳緑の癖毛からは、シャンプーか何かのいい匂いが漂っている。


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何故かそう思いに耽ける自分が脳内に現れた直後、我ながら何を訳の分からない事を、と首を左右に振る。背負ってもらう行為も久方振りだから、誰かの背中にしがみつく感覚に懐しさを覚えた……それだけの話。楓季は無関係だ。胸の内でそう断言し、気の所為だったという事にして処理する。


「美里君、一つ聞きたいんだけど」

「……何でしょう?」

「きみは火属性だったよね。あの光に見覚えはある?」

此方に向けられていた松葉色の瞳は進行方向に移動していく。その動きを追ってみると、眼前には明るい灯火が浮かんでいた。これは正しく、火属性の攻撃スキルの一つ。

「【燈光】です」

このスキルは単純に激光を放ち、敵の目眩しに使う。光度を調節し、周辺に点在している仲間へ支援を要請する事もできる。今のように案内役も務めてくれるなど、使い(みち)は様々。非常に有用である。


「織火君の魔力を感じたと思えば、やっぱり火属性のスキルなのか……初めて見たけど、興味深いね」

「……?」

今の説明で何に興味を唆られたのだろう。当主の織火を堂々と君付けで呼称する楓季を、変わった人だなあ、なんて思いながら、私は首を傾げて見詰めた。

背後からの視線を察した彼は、少し距離を置いて歩く水音と舞花に聞こえないように、ぼそっと呟く。


「あの火は木々を燃やしたりしないんだなって……元々スキルは天力の塊だから当然なんだけど、見た目は何の変哲もない灯火だろ? だから少し不思議に思っただけ。まぁ、別に深い意味はないさ」

気にするな、と口で言われてもないのに、そう念を押されたような気分になる。私からすれば【燈光】より楓季の方が不思議に思うけれど、などといった反論は頭の隅に追いやり、「はあ……」と曖昧に返す。楓季の思考回路は、私には理解し難いものだった。



誰もが沈黙し静寂に包まれた空気と、固い土や雑草を不規則に踏む音は、意外と眠気を誘ってくる。更に人の体温と心地よい揺れを全身で感じている今の状態は、睡眠にうってつけの環境と言えた。

もうすぐ【白天】に到着する。それは何となく分かってはいたが、疲弊した体を襲う眠気に勝つなど不可能に等しい。着くまでは我慢したかったけれど無理だった。いつの間にか楓季の肩に顔を載せ、私は船を漕いでいた。

虚ろな意識の中で、子守歌のような優しい声が耳に入ってくる。


「……あ、眠ってくれて大丈夫だよ。着いたら寮に運んで、そのまま寝かせることも出来るし、少しでも疲れが取れれば万々歳だ。舞花君もとっくに爆睡してるから、安心しなよ」

「……はい。じゃあ……」

失礼して。最後に言いかけた言葉は、落ちる意識に呑み込まれて消えてしまう。




目が覚めたら寮のベッドの上にいて。

もう二日後の朝だった、なんて。

この時の私は、想像の一つもしていなかっただろう。

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