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シロクロイロ  作者: 双葉ゆず
第二幕 呪われた街
35/60

【朧桜】

刀が悪魔の急所を貫通する。舞花がそれを素早く引き抜くと同時に、斎藤は倒れた。悪魔特有の黒い血が石造りの参道に広がっていく。それが、この戦いの終わりの合図だった。


「舞花ちゃん!」

「舞花様、斎藤さん!」

私と沖田総司に似た人は、名前を呼びながら二人の元へ駆け寄った。

舞花は地面に刀を放り投げ、しゃがんだ状態で息を荒らげている。一方で、必殺技を喰らった斎藤は、仰向けに横たわっているものの、まだ生きていた。しかし、攻撃を仕掛けてくる様子は全くない。


「舞花ちゃん、大丈夫?」

「うん……酸素不足な、だけ」

舞花は息を整えている最中だったようで、少し安心した。怪我も複数見られるが、いずれも切り傷や、かすり傷などの軽傷なので、救護要請の必要もなさそうだ。

「沖田さまは……」

「心配ご無用です。私はもう、この世の者ではありませんから、怪我をしても痛みはないので」

舞花と剣士は声をかけあい、お互いに微笑んでいる。


この剣士さん、一瞬コスプレイヤーかと思ったけど、違う気がする。でも新撰組は江戸時代の幕末に活躍した組織だから、どう考えても年が合わないよね。そもそも新撰組の沖田といえば沖田総司さんで、彼は確か病気で早死にしたのだと夢で見たような……。


「沖田さん!?」

「はい、沖田総司と申します」

名前を叫んだせいで突然名乗られ、頭を下げられてしまった。私も彼に合わせて小さくお辞儀を返す。

通常の息に戻った舞花は「水音ちゃん、美里と似たような反応してる」と言いながら笑っている。

沖田に気付いた美里は、どんな反応をしたのだろう。私と似ていると言うが、ちょっと見てみたい気もする。


「……良かったですね、思い通りに事が進んで」

斎藤の声だ。まだ意識はあるけれど、悪魔の黒い爪が徐々に消え、人間の丸い爪が表れる。皮膚にもところどころ皺がある。悪魔になった時の姿に戻されている証拠だ。

「別に、思い通りにいった訳じゃないよ」

舞花はそう返すと、立ち上がって斎藤の傍まで歩いていく。私と沖田も目を見合わせ、ついて行くことにした。

「最後に一つ、訊きたいんだけど」

そこまで言ってから、舞花は話すことを躊躇し、一旦唇を噤んだ。


「どうしました? 貴女のご家族なら、拝殿の中にいますけど……」

斎藤が話した後、境内に生えた木々が、風に煽られて揺れる音が響いた。それは、まるで発言しない舞花に、自然そのものが僅かな猶予を与えているようだった。

夕暮れに吹く肌寒い風が収まった瞬間、舞花はやっと口を開いた。


「貴方が魔術を使わなかったのは、延命のためだったんでしょ?」

斎藤は頷かない。

延命――寿命の引き延ばしを、魔術の使用不可と引き換えに選んだ。夢の中の彼も、同じような事を言っていたと思う。けれども、どうして彼は、限りある命を超えて生き続けたのだろう。その真意は分からないままだった。


舞花は彼に構わず続ける。

「悪魔になる事も、寿命が尽きて死ぬ事も、本当は望んでなかったんでしょ?」

再びの強風で舞花の声が掻き消される。暫しの沈黙が流れ、ついに斎藤が話し始めた。

「その通りですよ。詳しいことは拝殿内にありますから、どうぞお好きに見ていってください」

斎藤は、はぁ、と大きく溜め息を吐いた。一方、舞花は彼の投げやりな態度に納得いかないようで、表情を歪ませる。

しかし、それも一時のこと。彼女の表情は穏やかな笑顔に変わった。


「本当に、お世話になりました。心より感謝しております。………斎藤さま。今はどうか、安らかに」


その笑顔と丁寧な口調に、少し違和感があった。舞花が自分の口で喋っているのを実際に見た筈なのに、まるで別人のようで、目の前にいる少女は誰なのか、と錯覚する。それが私には信じられず、一度だけ瞼を閉じて開いてみると、視界が霞んだほんの一瞬、舞花が清楚な着物姿の少女――あの幼き舞衣に見えた気がした。

舞花の言葉を受けた斎藤は、釣られるように微笑んで言った。


「こちらこそ、ありがとうございました。舞衣様も、どうかお元気で」

「……舞花です。桜咲舞花。それが今の、私の名前です」

その舞花の言葉を聞いた時、斎藤がちょっと寂しそうな顔をしたのは気の所為だったかもしれない。

「沖田さんも」

「ええ。またいつか、斎藤さんの好きな焼酎を呑みましょう」

斎藤と沖田が握手を交わす。力強い二つの手は、あの夢と変わらなかった。


「それから、貴女は――」

斎藤と視線がかち合う。私の名前を知らないのだと今更ながら気付いた。

「佐倉水音です」

「……水音様。やっぱりそうですか」

まるで以前から私を知っていたような顔をする斎藤に、私は首を傾げる。やっぱりって何だ。確かに斎藤の夢を見てはいたが、本人と干渉はしていない筈だ。


「貴女は悪魔国の女王に命を狙われています。御法度なので仔細は話せませんが、気を付けてください」

「……はい」

弱々しく返事をする。相手が悪魔だから聞けた新しい情報だ。彼には感謝しかないけれど、具体的にどう気を付けたらいいのか分からない。白天士は【白天】にいる限りは安全だが、出た瞬間に命すら危険となる。織火や依雲からも、そう教えられてきた。


「そこまで警戒する必要も無いですよ。女王自ら出向くことは有り得ないので。もし大事に至る事があれば、()()()()()()()()()()()()()()()。僕は貴女に救われた一人ですから。その時が来たら、また会いましょう」


不意にあの夢が蘇る。どうか、僕を――その続きは『解放して欲しい』。つまり『倒してほしい』という言葉の遠回しだったのではないか。あの場あの状況で、SOSを出して届けられるのは私だけだったのではないか。結果的には舞花が討伐した訳だけど、それも彼の本意だったのではないか。

それ以上、考えるのはやめにした。


「ご忠告、感謝します。またお会いできた時には、どうぞよろしくお願いします」

「こちらこそ――では、また今度」

「はい」

三人の返事が自然と揃う。斎藤は老体に変わり、この世の者ではなくなってしまった。私が斎藤と面と向かって話したのは今さっきが初めての筈なのに、場に流れる静寂の空気と胸が締め付けられる思いに苦しくなる。それを断ち切ったのは、舞花だった。


「拝殿に行こう。みんなが待ってる。美里を迎えに行ってから、だけど」

美里は今も楼門の傍で眠っているだろう。勿論、置いて行くのは時間的にまだ危険があるし、無理やり起こすのも困難なので、私たちの誰かが運ぶ必要がある。


「私が美里ちゃんを背負うよ。舞花ちゃん、疲れてるでしょ」

「……じゃあ、水音ちゃんに頼むね」

普段の舞花なら「私が背負う!」と強気に言っているだろうけど、今日は違った。天力量がギリギリなのか、顔色が悪い。

「それでは斎藤さんは私が背負います。この地を踏める時間も残り僅かですが、出来る限り手伝いますので」

沖田が斎藤の遺体を、私が寝ている美里を背中に抱え、私たちは舞花を先頭にして拝殿の中へ向かった。



入った時の第一印象は、薄暗くて少し埃っぽいことだった。両手をロープで縛られた十数人の人が、眠った状態で真ん中に寄せ集まって座っている。催眠術か何かを斎藤にかけられたのだろう。目覚めるには暫くかかるかもしれない。

「舞花ちゃん、この人達は……」

「うん、桜咲家(うち)の人だよ。全員無事みたいで良かった」

舞花は「足も縛られてたら大変だったな」と微笑して言いながら、一人ずつ丁寧にロープを解く。斎藤が考慮したのか結び目は緩めになっており、作業は舞花の手ひとつで直ぐに終わった。


「後は此処の探索だけど、具体的に何を探せばいいのかな?」

辺りを見回す舞花を見て、私は斎藤の拝殿に関する言葉を思い出した。

「詳しいことは拝殿内にある、だったよね」

「うん」

「あっ、ありました!」


自由に拝殿内を歩き回っていた沖田が驚いたような声を上げる。私と舞花が沖田の傍に寄ると、棚に入った巻物の束を発見した。その数、約二十。読み切るには長い時間が必要だ。題名は全ての巻物に『記録 斎藤一』とシンプルに書かれていた。

中の文章は行書で書き崩してあり、言葉も現代に比べ難しかった。沖田は難なく解読できるようだが、このスピードだと夜になってしまう。悩んでいた最中、私の腕時計の画面に依雲が出てきた。


「でしたら私にお任せを。腕時計のカメラ機能で巻物の文章を撮影して、データを私に送ってください。解読します」

「ホントに!?」

「はい。依雲のAI機能の一つに翻訳を搭載していますので、ある程度は可能です」


私と舞花は手分けして巻物の文章を写真に撮り、データを纏めて送信した。すると一分足らずで現代語に翻訳された文章のデータが依雲から送られてきた。フォントもゴシック体で読みやすい。

「えっ、すごい! 水音ちゃん、これなら私たちでも読めるよ!」

「うん! 翻訳ありがとう、依雲ちゃん」

「お安い御用です」

依雲は得意気に返事をすると、腕時計の画面から消えてしまった。後は文章を読むだけである。なんだかんだで読む過程に時間がかかるので、重要だと思う部分を除いて他はサラッと流すことにした。


巻物に遺されていた『記録』は、私が長い夢で見た事を具体的に記したものだった。悪魔になる直前の話まで書かれている、という事は、この『記録』は悪魔になった後も書いていたことになる。しかし、悪魔になった後の話は無かったので、詳細は不明である。

沖田と斎藤の世間話のくだりも当然あった。その部分を繰り返し読んでいるのか、沖田は「懐かしいですね」と何度も独り言を呟いて笑っていた。

一方で、舞花は血相を変えて読んでいた。桜舞の儀式の辺りだろうか。彼女からは特に何も聞いていないが、あの儀式が現代も継続されているとしたら、どれ程の人が亡くなってしまったのか分からない。呪いという名の噂を信じ、人の命を儀式に必要だからという理由で奪ったのだから、今すぐにでも止めるべきだろう。


空がすっかり藍色に染まった頃、私たちは巻物を読み終わった。拝殿の蝋燭に灯りを点け、薄暗い中で感想を言い合う。

「私は……そうですね、懐かしいと感じる出来事ばかりでした。斎藤さんも独りで色々と抱えていた事も知れましたし、良い機会だったと思います。また会えた時には、お酒をご馳走しなければ」

私と舞花は目を見合わせて頷いた。斎藤を想う沖田の瞳は、優しい光に包まれていた。


次は私の番だ。

「私は、眠っていた時に見た夢と同じ内容だったなと感じた。あの時は映像みたいになっていて現実的だったけど、文章で読むと他人事のような気がして不思議だったよ」

「そんな夢見てたの?」

初耳だ、と言うような表情の舞花に私は同意する。ここまで誰にも話していなかったのだから、当たり前ではある。


最後は舞花だ。

「えっと、私は腑に落ちたというか、あの座敷牢みたいな部屋に入れられていた理由が分かったと思う。物心ついた時から私は桜咲家の後継者であること、誇張された【朧桜】の物語を何度も聞かされた。兄弟も何人かいたけど病気で亡くなったんだって言ってた。でも、あれは嘘だったんだね。儀式の所為で、皆いなくなっちゃったんだよね。私は後継者だから、儀式の存在を知ったら逃げるだろうから、余計な知識を入れまいとした。学校に行く以外の自由は許されなかった。だから善良の木陰路があって、お蔭で美里と会う事が出来た。元から大人達の手の平の上で転がされてただけで、私自身が大切にされた事なんて一度も……」

「舞花様」


段々と感情的になっていく舞花を抑えようと沖田が前に出た。彼女の手を握り締め、力強い言葉を紡ぐ。

「そんな事はありません。私も、美里様も、水音様も、貴女が大切だから此処にいるのです。そうでなければ、とっくに見捨てています。戦いの援護もしなかったでしょう」

沖田の姿が徐々に薄くなっているのに、私は気付いていた。幽霊として居られるのも、ここまでという事だろう。


「貴女なら大丈夫。前を向いて、一歩一歩を確実に。たとえ血染めの刀であろうとも、関係ないのです。私の【朧桜】は貴女を支える糧となるでしょう。舞衣様、そして舞花様。貴女に逢えた事に感謝を。いずれまた、お逢いできますように。そして、あなた方の未来に大いなる幸福がありますよう」


祈りを捧げた沖田は、物音も無く静かに消えた。これを霊の成仏というのだろう。

「……沖田さま」

喪失感に囚われた舞花の行き場のない手を、今度は私が取る。

「大丈夫だよ、舞花ちゃん。心配しないでって言われたでしょう?」

「……うん、分かってる。けどね、やっぱり寂しいんだよ。私だけじゃなくて前の私も」


目映い月明かりが拝殿を照らす。それは私たちを見守る誰かのように、優しい光だった。


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